第18章―9
そんなお互いに知らぬ顔をし合った女の戦いが、陰であったのだが。
改めて考えれば、お互いにそれどころではない、というのが、本当のところだった。
まずは米内久子の方を描くならば。
「これがハリケーン戦闘機のエンジンなの。液冷のマーリンエンジンを搭載しているなんて」
「液冷エンジンの整備は初めてやるわ」
「でも、やるしかないのよ」
「説明書が英語なのよ。私には、ほぼ分からないわ」
「言わないで、私も全く同じよ」
そんな会話を、日本海軍の女性補助部隊の整備員はする羽目に陥った。
久子も他の面々と同じ考えをせざるを得なかった。
せめて、説明書が真っ当に読めれば、と考えるが。
ハリケーン戦闘機のエンジン等の説明書は英語のみだ。
それこそ英和辞典等を駆使して、説明書を翻訳と言うより、解読して、自分達はエンジン等の整備をするしかないのが、酷い話だが、現実なのだ。
とはいえ、流石に無理を現場に押し付けるにも程がある、と日本海軍の上層部は考えたし、更に英空軍も、それなりの配慮をしてくれたことから。
文字通りに怪しい会話を行ない、又、身振り、手振りまで駆使して、お互いの意思疎通が図られることにはなったが、そうは言っても、お互いに整備員同士である。
何とかなった末の果てではあるが。
「派遣された英空軍の古参整備員が、それなりに指導してくれて、本当に助かったわ」
「これで、何とかなった、と言えるのかしら」
「深く考えてはダメ。ともかく自分や周囲の腕を信じて、更に腕を磨くしかないの」
「その通りよ」
そんな会話を、1月余り掛けた末の事にはなるが、久子とその周囲は交わすことになった。
そう様々な指導を受けて、更に悪戦苦闘の果てではあるが、久子らは英領パレスチナの航空部隊の軍用機であるハリケーン戦闘機の整備を、ほぼ完ぺきに行うことができるようになっていた。
それこそ初期の頃は、パイロット自らの点検でダメだしされることさえ、稀では無かったが。
英空軍から派遣された複数の古参整備員の指導を受け、更には懸命に説明書を日本語に翻訳して、自家薬籠中の物にしようと努めた果てに、ハリケーン戦闘機の整備が、ほぼできるように久子達はなったのだ。
更に言えば、他の日本海軍の女性補助部隊の整備員達も、似たような状況になっていた。
英空軍の古参整備員の指導を受けたり、又、米国製の軍用機の場合は、それなりに軍用機整備の経験がある米国人を招聘して、その指導を受けたり等々、その果てに何とかなったのだ。
だが、その一方で、久子を始めとする一部の整備員達には、このような状況に何とかなった原因というよりも、真因が何となく垣間見える気がしてならなかった。
「俺の背中を見て、技術を覚えろ、という(日本の)やり方は本当におかしいわね」
「今まで、それが当たり前と想っていたけど、間違った考えに染まっていたのね」
そんな会話を、久子達、一部の整備員達は交わすようになっていた。
英空軍の古参整備員や米国人等の指導、更には説明書等は、久子達にしてみれば、目から鱗の代物としか、言いようが無かった。
それこそ素人に毛が生えたような人間でも、容易に様々な整備が出来るように指導され、説明書等もそう言った前提で作成されていたのだ。
更に様々な予備の部品等も、潤沢に整えられている現実がある。
勿論、こうなっているのは、米英と日本の技術のすそ野の違いから来るモノ(それこそ大量の人員が、そういったことに米英では軍人になる前から慣れ親しんでいる)が極めて大きい以上、止むを得ないことなのだが。
そうは言っても、という想いを久子らはすることになり、自らの考えを周囲に訴えるようになり、それは周囲に響いていった。
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