第18章―8
そんな様々な思惑が絡み合った結果として、米内久子は(自分個人としては)不本意極まりない敬礼を、カテリーナ・メンデスにする羽目に陥っていた。
「此度、英領パレスチナの航空部隊の整備を行なうように分遣されました。よろしくお願いします」
「丁寧なご挨拶、痛み入ります。こちらこそ、宜しく願います」
久子は、(細かいことを言えば)英領パレスチナの航空部隊の現地整備を行なう女性補助部隊の分遣隊の一員として派遣されることになり、他の面々と共に挨拶をしつつ、英領パレスチナの航空部隊の面々に敬礼していた。
それに対して、英領パレスチナの航空部隊の面々も答礼を返しているのだが、英領パレスチナの航空部隊の一員として、日本語通訳の任務を務めているのが、カテリーナであるのに、久子は気づいた。
(ユダヤ人女性の戦闘機パイロットが、この地に来ることが、日本海軍の女性補助部隊内で既に話題になっており、更にどんな女性が来るのか、顔写真付きで名前等が知られる事態が起きていたのだ)
更に言えば、事前に夫の米内洋六から聞かされていたので、衝撃はまだ少ないと言えたが。
カテリーナが少尉であるのに対し、自らは(海軍航空)軍曹に過ぎない以上、先にカテリーナに自分は敬礼せざるを得ない。
何で夫の愛人疑惑のある女性に、正妻の自分は敬礼せざるを得ないのか。
更に言えば、カテリーナに暴行を加えるようなことを、自分がしては、それこそ下士官の身で士官に暴行を加えたことになるし、日英間の国際問題にもなりかねない。
そして、自分が米内首相の遠縁になることまでも考えれば、尚更に我慢せざるを得ない。
久子は改めて、自らのはらわたが煮えくり返る想いがしたが。
その一方で、カテリーナが自分の顔を知らない筈なのを、思い起こしていた。
自分とカテリーナは直に会ったことが無い。
だから、自分が素知らぬ顔をして軍務に精励すれば、カテリーナは自分に気付かずに済むだろう。
カテリーナも一々、応援の日本海軍所属の女性整備部隊の名前等、確認しないだろう。
久子は、そう考えることで、何とか自分自身の気持ちを落ち着けた。
だが、実はカテリーナの方も、久子の存在に気付いていた。
(既述だが)カテリーナは、それなりに日本海軍の動向に気を配って、自分の下に情報が入るように努めてきた事情がある。
そうした情報網から得た情報により、久子がこの地に女性補助部隊の一員として赴いてきたことに、カテリーナは気付いていたのだ。
カテリーナは、外見上の年齢や階級章等から、久子を見抜いた後で(内心で)考えに耽った。
久子に自分は気付いていないようにするのが、お互いにとってベストでしょうね。
それにしても、洋六がいない場で、正妻の久子に自分が逢うとは、思いも寄らないことだった。
下手に自分が気付いたように振る舞っては、久子も自分が気付いたことを感づくだろう。
そうなったら、喧嘩が起きかねず、それはお互いに良くないだろう。
自分としては、洋六を取り合うつもりはない以上、久子に触れるべきではない。
そう思いながら、カテリーナは禁断の想いが、どうにも浮かんでならなかった。
洋六は、久子が死んだら、どう行動するだろうか。
妻と死別して独身に戻ったら、洋六が自分の求愛を受け入れて、ユダヤ教徒に改宗して、自分と結婚するようなことは、本当にないだろうか。
でも、そんなことになったら、宗教の違いから、洋六の子ども達、藤子らと洋六は断絶する事態が起きかねないだろう。
子ども想いの洋六が、其処までの決断を自分の為にしてくれるとは、どうにも考えられない。
頭の良すぎるカテリーナは、其処まで考えを進めてしまい、改めて洋六への想いを諦めた。
ご感想等をお待ちしています。




