第18章―4
そうしたことが、加藤建夫少佐率いる飛行第64戦隊が、ブレスト(近郊)の飛行場にたどり着いた初日に起きることになり、加藤少佐達は、海軍所属の女性補助部隊の歓迎に心から満足することになった。
その一方、ほぼ同じ頃の海軍所属の女性補助部隊の身に、何が起きていたのか、というと。
「一応、予備の部品等も併せて届いてはいるけど、これは大変ね」
「新型機なら付き物とはいっても、故障しがちで、稼働率確保が大変そう」
「本当にどっちがボロなのか。百式戦闘機の方が、B-18よりボロの名にふさわしい気が」
加藤少佐達がこの地に搭乗して持参してきた百式戦闘機の整備に、早速、米内久子以下の女性の整備部隊の面々は、そのように零しながら、頭を痛めることになっていた。
久子は考えた。
旧式機だ、と上の方の評判は悪いが、B-18の整備は、自分達が行ってきた97式飛行艇の整備より遥かに容易な代物だった。
そして、基本的に人間というのは、楽を覚えると、元に戻るのに苦痛を更に感じてしまうモノなのだ。
そんな感じで、百式戦闘機の整備は、大変なことになりそうな気がする。
ここ欧州に派遣されて、色々と痛感したことだが、日本の工業力は本当に酷いモノだ。
米国製の軍用機は、本当に整備がしやすく、更に予備の部品等も潤沢にあるようだ。
勿論、日本と欧州の距離は遠く離れており、それを想えば、部品等が中々届かないのは仕方がない。
だが、それにしても、日本製の軍用機は整備が本当に大変で、稼働させるのが大変だ。
そして、更に考えを進めるならば、質的に劣る上に、量、生産力に至っては米国と、今の日本では10倍余りの差があるのだ。
こんなに質量共に劣るのに、対米戦を行なう気に日本海軍上層部はなっていたとは。
久子やその周囲は、憑き物が落ちたような想いまでもしながら、これは悪戦苦闘することになりそうだ、と覚悟を決めて、百式戦闘機の整備を行なう事態が引き起こされていたのだ。
だが、これは久子達にしてみれば、悪戦苦闘の始まりに過ぎなかった。
「えっ、他の機種も整備しないといけないのですか」
「ああ、無理を頼む」
更に数日後、久子達はそんなやり取りを上官とする羽目になっていた。
「取り敢えず、米国製のP-39、F2A、英国製のスピットファイア、ハリケーン」
「更に4種類の戦闘機を整備しろってことなの」
「取り敢えずと言うことは、更に戦闘機等の種類が増える可能性が」
「現場に無理を押し付けすぎよ」
「全面ストライキものよ」
「いえ、暴動を起こしても良い気さえするわね」
久子達、現場の整備員の面々は、物騒極まりない話を内々でする程に鬱憤を溜めることになった。
久子は内心で考えた。
確かに理屈は分かる。
日本陸軍が、米軍戦闘機の導入までも視野に入れており、更には百式戦闘機の性能が、世界に通じるモノなのかを、ここで試したいと言うのは。
ソ連が順調に工業化を推進しているらしい、との噂が漏れ聞こえてくるのだ。
そして、万が一、日ソ戦になった際、日本陸軍としては、制空権確保は至上命題といってよい。
何しろ陸軍の質はまだ何とかなるだろうが、量に関しては絶望的だ。
ソ連陸軍は平時でも約200個師団もいるらしいが、日本陸軍は懸命に師団数を増やしているが、平時21個師団、戦時42個師団が精一杯な現実がある。
つまり日ソ間には10倍近い兵力差があるのだ。
こうした状況を補う為に満州国軍が編制されつつあるが、ユダヤ人を中心とする外人部隊まで入れても満州国軍は6個師団がやっとだとか。
満蒙を護れ、と言う日本国内の声は強いが、それが現実に可能か、と言われると。
久子の目からは難しいとしか、言いようが無いのが現実だった。
時代的には、全面ストライキではなく、全面同盟罷業と書くのが相当かもしれませんが、私の書きやすさ、又、読者の分かりやすさ優先ということで、平に緩く見て下さい。
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