第16章―9
そうブルターニュ地方の蕎麦料理というと、(現在の)日本でも知られているガレットが基本になる、と言っても過言ではない。
更に言えば、フランスでは蕎麦の麺料理は無いし、欧州でも蕎麦の麺料理は極めて乏しいのだ。
(私なりに調べる限りですが、北イタリアのロンバルディア州の北部になるヴァルテッリーナ地域に、ピッツォッケリという蕎麦の麺、パスタがある位のようです。
他に欧州で蕎麦の麺料理を知っている方がいれば、御教示願います)
その一方で、米内久子は地元の料理と言える、かっけを知っていたことから、ガレットに親しみをそれなりに覚えることになり、暇な合間を縫って、様々なアレンジを加えて、ガレット(?)を作ることになった。
そして、それは徐々に久子の周りの女性補助部隊の面々に広まることになり、そういったことが、この後のことを招くことになった。
さて、アンネ・フランクを始めとするユダヤ人難民(尚、その多くがドイツ系)だが、いわゆる難民キャンプで、無為徒食生活をそう長く送る訳には行かなかった。
難民キャンプの多く、というより殆どが、従前からの住民に白眼視される存在になるのは、ある意味ではやむを得ない話ではある。
何しろ見知らぬ人間が大量に住みつくことになるのだ。
更に言えば、生活に困窮する事態が多発し、それによって犯罪に手を染める人間がそれなりに出る。
そうなると、益々、従前からの住民から敵意を難民は向けられ、それによって孤立した難民が、更に犯罪に手を染めて、の悪循環になる事態が多発するのだ。
そういった事態を少しでも防ごう、と正統フランス政府は、ユダヤ人難民に職を斡旋して働かせることで、難民の生活困窮を防ごうと図ることになった。
更に言えば、この当時のブルターニュ半島では、多くの若い男性を中心とする住民がフランス軍に志願する事態が起きており、農地の手入れについては、人手不足に頭を抱えることになっていた。
そうした事態が相まったことから。
「蕎麦の収穫は、こんな風にやるの。蕎麦の実が熟しているのか否か、キチンと見極めなさい」
「はい」
アンネ・フランクを始めとするフランク一家は、とあるブルターニュ地方の大地主に雇われて、蕎麦の収穫等に従事することになっていた。
フランク一家にしてみれば、生きるために仕方のない事態とはいえ、色々とつらいことだった。
これまで都市の住民として過ごしており、農業に従事する等、考えたことさえ無かったのだ。
だから、色々な意味でフランク一家の面々は苦労することになり、雇い主から叱声というより、罵声を浴びる事態が多発することになっていた。
アンネは、日記の一節で次のように記している。
「蕎麦の収穫が、こんなに大変なこととは。両親を含む自分の家族は、誰も知らないことだった。だから、仕方のないことだ、と言いたいが、雇い主はそんなことは無視して、罵声を浴びせて来る。言葉がそう分からないので、罵声と言う事しか分からないのが、却って有難く感じてしまう」
そんな日々を送る中、アンネと久子は知り合うことになった。
アンネらが蕎麦粉を運ぶ仕事をするのを見かけた久子らが、アンネらに同情したのだ。
アンネは藤子の1歳年下であり、久子(やその周囲)は自分の子弟たちを思い起こしたのだ。
そうしたことから。
「はい。口に合わなかったからごめんね」
「これが、日本の蕎麦麺。こんな料理があるなんて」
「どうかしら」
「少し食べづらいです」
「そうね。お箸はここには無いものね。フォークで食べるにしても、色々大変ね」
そんな会話を、久子らとアンネらは交わすことになった。
久子は想った。
夫に叱られて、子どものことを深く想うようになるとは。
かっけと言うと脚気で、料理名ではないのでは、と言われそうですが。
私なりに調べる限りですが、この当時から(蕎麦)かっけ、という蕎麦料理が、岩手県にはあったようで、それに基づく描写になります。
とはいえ、かっけはガレットとは全く違う、というツッコミの嵐が起きますが。
其処は緩く見て下されば、幸いです。
これで、第16章を終えて、次話から新章になります。
ご感想等をお待ちしています。




