第16章―7
「カテリーナ・メンデス少尉が、敵のドイツ機を撃ち落としたのですか」
カテリーナの方が上官になるという現実に驚愕したこともあって、米内久子は夫の米内洋六に、丁寧に問いかけるような口調になった。
妻の機微を何処まで察したのか、洋六は何とも感情をうかがわせない口調で話を続けた。
「カテリーナが手紙の中では具体的に書いていないので、何処までが本当かは分からない。
だが、英本土からブルターニュ橋頭堡へと戦闘機等を運ぶフェリー任務は、表向きは後方任務なのだが、実際にはドイツ機と遭遇することが珍しくなく、空戦を回避するように命令が出てはいるが、そうは言っても、戦場だからな。
フェリー任務機とドイツ機が空戦をすることも稀ではない。
そうしたことから、カテリーナはドイツ機と空戦を行い、1機撃墜という戦果を挙げたらしい。
勿論、これは軍命違反だ。
だから、称賛されるどころか、叱責されて、暫く謹慎したらしい。
カテリーナの手紙の中では、想わぬことがあって、暫く謹慎することになりました。
戦場を知り、私は処女を捨てた気がします。としか、書いていなかったが」
洋六は少し長い一人語りをした。
実際、洋六としても、そこまで語るのが精一杯だった。
それこそカテリーナの手紙の内容に驚愕し、それなりに裏の方法まで使って、何があったのか、を自分なりに調べようとしたのだが、詳細はどうにも不明な状況だったのだ。
(これはある意味では当然で、カテリーナのやったことは軍命違反である以上、それこそ厳重に処罰されて当然なのだ。
だが、現実的観点から、内々で何とか済んではいる。
そうは言っても、軍命違反という現実の前に、関係者の口が重い事態が引き起こされてもいるのだ)
久子は、夫の言葉を聞いて、少し考えこんだ。
処女を捨てた、というのは、人を殺したという暗喩だろう。
戦闘機に搭乗し、ドイツ機を攻撃して、人を殺すまでの覚悟を、カテリーナは持っていなかったのか。
そんなことを妻が考えているのを、洋六は何処まで察したのか。
久子に対して、少し強い口調で言った。
「此処まで来た以上、自分も人殺しをする覚悟をしているのだろうな」
「えっ」
夫の言葉に、久子は絶句した。
「私は女性補助部隊の一員で、軍用機の整備をするだけです」
久子は思わず反論したが、夫の言葉は冷徹だった。
「自分が整備した爆撃機が、敵地を爆撃するのだ。当然にそれによって、爆撃被害を受けた軍人は死傷するだろう。それなのに、自分は敵の軍人を殺していない、と言えるのか」
夫の追い討ちの言葉に、久子は無言で唇を嚙みしめるしかなかった。
洋六は、敢えて妻の久子を追い詰めていた。
子どもの藤子や仁からの手紙、更にこれまでの久子からの手紙を読む限り、久子が女性補助部隊に志願したのは、夫がカテリーナを愛人にして、自分を捨てるのでは、と邪推したのが最大の原因のようにしか、洋六には考えられなかったのだ。
そして、女性補助部隊のことを、久子は余りにも軽く考えているようにしか、洋六は考えられなかった。
そうしたことが、洋六が妻を追い詰める事態を引き起こしていた。
久子は改めて夫の言葉に現実を突きつけられ、返す言葉が無かった。
確かに夫が言う通りだ。
自分は人殺しにならざるを得ないのだ。
そして、血に塗れた手で、我が子を抱かざるを得ないのだ。
我が子は、そんな自分を素直に抱き返してくれるだろうか。
其処まで考えずに、自分は女性補助部隊に志願してしまったのだ。
「もう、取り返しがつかないことだ」
「はい」
洋六は、そう肩を落として言い、久子は短く返した。
「共に生きて、子どもらの下に帰ろう」
「はい」
夫婦はそれ以上は語らず、暫くの間、寄り添った。
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