表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

188/355

第16章―7

「カテリーナ・メンデス少尉が、敵のドイツ機を撃ち落としたのですか」

 カテリーナの方が上官になるという現実に驚愕したこともあって、米内久子は夫の米内洋六に、丁寧に問いかけるような口調になった。


 妻の機微を何処まで察したのか、洋六は何とも感情をうかがわせない口調で話を続けた。

「カテリーナが手紙の中では具体的に書いていないので、何処までが本当かは分からない。

 だが、英本土からブルターニュ橋頭堡へと戦闘機等を運ぶフェリー任務は、表向きは後方任務なのだが、実際にはドイツ機と遭遇することが珍しくなく、空戦を回避するように命令が出てはいるが、そうは言っても、戦場だからな。


 フェリー任務機とドイツ機が空戦をすることも稀ではない。

 そうしたことから、カテリーナはドイツ機と空戦を行い、1機撃墜という戦果を挙げたらしい。

 勿論、これは軍命違反だ。

 だから、称賛されるどころか、叱責されて、暫く謹慎したらしい。


 カテリーナの手紙の中では、想わぬことがあって、暫く謹慎することになりました。

 戦場を知り、私は処女を捨てた気がします。としか、書いていなかったが」


 洋六は少し長い一人語りをした。

 実際、洋六としても、そこまで語るのが精一杯だった。

 それこそカテリーナの手紙の内容に驚愕し、それなりに裏の方法まで使って、何があったのか、を自分なりに調べようとしたのだが、詳細はどうにも不明な状況だったのだ。


(これはある意味では当然で、カテリーナのやったことは軍命違反である以上、それこそ厳重に処罰されて当然なのだ。

 だが、現実的観点から、内々で何とか済んではいる。

 そうは言っても、軍命違反という現実の前に、関係者の口が重い事態が引き起こされてもいるのだ)


 久子は、夫の言葉を聞いて、少し考えこんだ。

 処女を捨てた、というのは、人を殺したという暗喩だろう。

 戦闘機に搭乗し、ドイツ機を攻撃して、人を殺すまでの覚悟を、カテリーナは持っていなかったのか。


 そんなことを妻が考えているのを、洋六は何処まで察したのか。

 久子に対して、少し強い口調で言った。

「此処まで来た以上、自分も人殺しをする覚悟をしているのだろうな」

「えっ」

 夫の言葉に、久子は絶句した。


「私は女性補助部隊の一員で、軍用機の整備をするだけです」

 久子は思わず反論したが、夫の言葉は冷徹だった。

「自分が整備した爆撃機が、敵地を爆撃するのだ。当然にそれによって、爆撃被害を受けた軍人は死傷するだろう。それなのに、自分は敵の軍人を殺していない、と言えるのか」

 夫の追い討ちの言葉に、久子は無言で唇を嚙みしめるしかなかった。


 洋六は、敢えて妻の久子を追い詰めていた。

 子どもの藤子や仁からの手紙、更にこれまでの久子からの手紙を読む限り、久子が女性補助部隊に志願したのは、夫がカテリーナを愛人にして、自分を捨てるのでは、と邪推したのが最大の原因のようにしか、洋六には考えられなかったのだ。

 そして、女性補助部隊のことを、久子は余りにも軽く考えているようにしか、洋六は考えられなかった。


 そうしたことが、洋六が妻を追い詰める事態を引き起こしていた。


 久子は改めて夫の言葉に現実を突きつけられ、返す言葉が無かった。

 確かに夫が言う通りだ。

 自分は人殺しにならざるを得ないのだ。


 そして、血に塗れた手で、我が子を抱かざるを得ないのだ。

 我が子は、そんな自分を素直に抱き返してくれるだろうか。

 其処まで考えずに、自分は女性補助部隊に志願してしまったのだ。


「もう、取り返しがつかないことだ」

「はい」

 洋六は、そう肩を落として言い、久子は短く返した。


「共に生きて、子どもらの下に帰ろう」

「はい」

 夫婦はそれ以上は語らず、暫くの間、寄り添った。

 ご感想等をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そりゃまあ、洋六さんは職業軍人として、更に海軍将校として、それなりの覚悟はあるでしょうが、それにしても、上海や欧州で屍山血河を築いていますので、久子さんの余りに軽い決断について怒って当然でしょう。 久…
恋敵とも言えるカテリーナが既に敵機を落として血を流したことは衝撃でしょうね。 久子さんもやっと自分が補助部隊で整備士とはいえひとを間接的に殺す仕事であることが旦那の洋六さんから教えられて初めてわかった…
 この「軍人とは人を殺す存在なのだから」と言う言い方を“罪”の様に囃し立てて軍隊を貶める連中がいますけど「国家に暴力装置が必要でそれを支える国民である以上“罪”だとするならこの国で生きるお前も俺も血ま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ