第15章―13
この話で二単位制師団、三単位制師団という単語が出ていますが。
これ又、私のような人間では、自明に近い話なのですが、昨今の読者の一部では、作者の自己満足からの造語という罵詈雑言が浴びせられているそうなので、予め弁明を。
1個師団を何個連隊(旅団)で編制するか、は国や歴史的背景によって違います。
そもそも論になりますが、師団は独立行動できる部隊の最小単位として編制されることになった、と(私は)理解しています。
そういった背景から、第二次世界大戦勃発の頃では、英仏独(日米ソ)は三個連隊(旅団)で師団を編制するようになっていました。
ですが、イタリアは話中で描いていますが、二個連隊で師団編制を行うようになっていました。
そうしたことから、二個連隊で師団編制をするか、三個連隊で師団編制をするかの違いから、
二単位制師団、三単位制師団という言葉が生まれています。
この辺りの背景につき、端折って描いてしまっていますが、どうかご理解下さるようにお願いします。
(余りにもツッコミ等が起きるようなら、割烹で補足します)
更にイタリア陸軍が、ドイツに味方しての参戦には反対せざるを得ない事情があった。
それは、既述だが、イタリアの工業基盤が弱体であることから、イタリア陸軍の機械化、自動車化が進んでおらず、更には師団数を増やす為に(いわゆる)二単位制師団が採用されたことから、額面上はそれなりの規模の陸軍を、イタリアは保有していたが。
その内実はというと、極めてお寒い代物としか言いようが無かったのだ。
何しろイタリアと対峙する英仏独(日米ソも同様だが)陸軍は、三単位制師団が基本になっていた。
これは第一次世界大戦の戦訓の結果、諸外国陸軍において三単位制師団が様々な意味で妥当と判断されたことから、このような事態が起きていたのだ。
それなのにイタリア陸軍が二単位制師団を採用した背景だが。
(半分既述だが)第二次イタリア・サヌーシー紛争や第二次エチオピア戦争の戦訓に依るモノだった。
この二つの戦争において、三単位制師団は、その規模から補給等に困難をきたす事態が起きた。
更に言えば、補給等を改善しようにも、機械化、自動車化が進んでいないイタリア陸軍では、それは極めて困難なのが現実だった。
その一方、二単位制師団は、こうした状況にあっても、規模が相対的に小さいことから、補給等が容易であり、更に補給等が円滑に行えたことから、三単位制師団と同等の戦果を挙げることに成功したのだ。
こうしたことから、イタリアは二単位制師団の本格採用に奔ることになった。
だが、この戦訓は後知恵からすればだが、完全に誤っていた。
第二次イタリア・サヌーシー紛争や第二次エチオピア戦争は、いわゆる植民地戦争と言っても過言では無く、敵軍は装備等において明らかに劣弱で、戦争遂行に際して補給等が最大の問題と言えた。
(更に言えば、この補給問題は21世紀でも通底する問題である。
それこそアフガンで、ソ連軍や米軍が最終的に撤退に至ったのは、補給問題なのだ。
だから、こうしたことからすれば、この時のイタリア陸軍の判断は正しかったと言えるのだが)
しかし、イタリアが本格的に英仏等との戦争に突入すると、二単位制師団は小規模であり、英仏等の三単位師団とは、正面戦力からして真面に対抗できないと言う問題が噴出することになる。
更に言えば、機械化、自動車化がイタリア陸軍は進んでいないのだ。
砂漠での戦闘を考える程に、機械化、自動車化は最重要の課題といえ、イタリアが英仏両国を敵に回しては、機械化、自動車化が相対的に進んでいる英仏両陸軍によって、イタリア軍は敗北の止む無きに至り、イタリア領リビアは速やかに英仏に制圧されるのは、自明の理としか言いようが無かった。
こうしたことから、イタリア陸軍はドイツに味方しての参戦に反対することになった。
では、イタリアの海空軍はどうか、と言えば。
こちらの方が、もっと深刻な状況にあった。
それこそ燃料、原油の永続的確保の目途が皆無と言っても良かったのだ。
燃料が無くては、どんな軍艦も軍用機も金属屑と言われても同然である。
だから、イタリアの海空軍はドイツに味方しての参戦に反対せざるを得なかった。
何しろイタリア本土内には、大規模な油田は無いし、イタリアの植民地にも大規模な油田は皆無と言っても当時は良かったのだ。
(リビアの油田が商業開発されるようになったのは、第二次世界大戦後である)
その為に、イタリア海空軍は燃料、原油の確保を輸入に頼らざるを得なかった。
更に厄介だったのは、ドイツも似たようなモノだったが、イタリアも第二次エチオピア戦争等での消耗によって、国内の燃料備蓄がひっ迫しており、更には外貨不足に陥っていて、燃料の大量確保に頭を痛めていたのだ。
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