第15章―9
最も満州国政府に対して、ユダヤ人難民を受け入れるように示唆、指導した日本政府にしても、様々な思惑が転がっていたのが、更なる裏事情だった。
「下手に染み付いた印象を壊す訳には行きませんからな」
吉田茂外相は、閣僚以外がいない閣議の場ということもあり、1940年7月末に完全に自らの本音をさらけ出して、米内光政首相らに傲岸不遜な態度を執りつつ、公言していた。
「確かにその通りだが、何とも言えないな」
吉田外相よりは人間的に善良なところがある米内首相は、それだけを吐き出すように言った。
尚、余談をすれば、この場に居る閣僚全てが、吉田外相よりも善良な人間だったので、米内首相の側に立っているのが現実だった。
「それでは、ユダヤ人難民の受け入れを、完全に日本も拒みますか」
吉田外相は昂然と胸を反らしながら、米内首相に反論して来る。
米内首相にしても、吉田外相がこのような態度を執って主張している事情が、重々分かってはいる。
だからと言って、米内首相の本音としては、苦々しいにも程があり、顔を背けつつ、吉田外相の主張に同意するしかないのが現実の処だった。
満州国政府に対して、様々な硬軟を下り交えた圧力等を加えることで、ユダヤ人難民を大量に受け入れるように働きかけて、その通りに行動させるべきだ、と言い出したのは、吉田外相だった。
そして、吉田外相が、このようなことを言い出したのは、様々な利益が見込めるからだった。
(一部は既述になるが)主にフランス国内、更にはノルマンディー、ブルターニュ半島に難民キャンプを築きつつある10万人を超える数のユダヤ人難民は、ブレストに首都を移転したフランス正統政府にとって、完全に頭痛のタネになっていた。
それこそドイツ政府のユダヤ人迫害と言う現実から、亡命を図って難民になったユダヤ人を、フランス正統政府が全く支援しない、というのは、ドイツ政府が公式にはユダヤ人の国外追放を進めているだけだと言っている現状からして、ドイツ政府と似たような態度を執っているという批判を、フランス正統政府が、フランス国外の世論から浴びる事態を引き起こしかねない。
かと言って、ユダヤ人難民の大規模な支援が困難な現実が、フランス正統政府にはある。
こうしたことから、満州国政府がユダヤ人難民を大量に受け入れる用意がある、と声明を出して、更には実際に人道的な観点から、ある程度の年数、基本的に5年に限られてはいるが、定住ビザを出すことを決めたことは。
満州国政府を事実上は承認することになるとはいえ、その定住ビザをフランス正統政府が認めることによって、ユダヤ人難民をフランスから満州国へと合法的に追い出すことができることになる。
更には、フランス国内でくすぶっている反ユダヤ主義を鎮めることができる。
フランス正統政府にしてみれば、極めて有難い満州国政府の施策だったのだ。
そして、この満州国政府のビザを、フランス正統政府以外の国々、具体的には英米、ベネルクス三国や亡命ポーランド政府等も是認しつつある現実があるのだ。
英米を始めとする国々にしても、本音では満州国が日本の傀儡政府であるのは承知していて、満州国を正式承認すると言うのは、国の内外の現実から認められないのだ。
だが、その一方、ユダヤ人難民が何時までも自国に居座るのを認めるのは、それこそ自国民に対して多大な負担が掛かることになる。
そうしたことの折り合いから、満州国のユダヤ人難民に対するビザを認めて、ユダヤ人難民が満州国に向かうのを認めることで、自国の負担を軽減する酷い事態が起きたのだ。
それを主導したのが、日本政府で、色々と内外に思われる事態を引き起こしていた。
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