第15章―1 1,940年夏の様々な状況
新章の始まりです。
1940年夏、8月初めの頃を中心とした登場人物の想いや、諸国政府等の動向が、この章では描かれることになります。
まずは、米内藤子の想いです。
1940年8月初め、米内藤子は完全に習慣になっている毎朝の3つの新聞を読み終えていた。
藤子は、改めて考えた。
本当に何時になったら、この戦争(第二次世界大戦)は終わるのだろうか。
3つの新聞を読む限りだが、自分には何年も掛かるように思えて仕方がない。
それこそ自分の義兄にして、許嫁の仁さんまでも、戦場に行くのではないのだろうか。
藤子は、最近になって、幼い頃はお兄ちゃん、小学生になって暫く経った頃からお兄様、と呼ぶことが多かった義兄の米内仁のことを、仁さんと考え、呼ぶことが増えていた。
弟妹らからは、他人行儀な呼び方に変えたものだ、と想われているが、藤子なりの想いからだった。
幼い恋といえば幼い恋だったが、藤子は物心つく頃から義兄の仁のことが、大好きだった。
それが家族、兄に対する想いではなく、好きな男性に対する想いに変わったのは、藤子の記憶が正しければ、自分、藤子が小学校に上がる頃だった。
その頃に、養母の久子が、自分、藤子にある程度の真実(藤子の実母が亡くなって、自分達夫婦が引き取ったこと)を打ち明け、更に、それを聞いた仁に対して、それを自分が伝えたら、自分も同じ身なこと(仁も実父を亡くして、引き取られた身であること)を話してくれたことから。
仁が、自分にとって実兄ではなく、従兄なのを自分は知ったのだ。
今となっては創られた記憶なのかもしれない、と自分でも考えるが。
仁の話を聞き終えた後、自分は仁に問いかけた。
「それなら、私、お兄ちゃんと結婚できるの」
「勿論だよ。実の兄妹ではないのだから」
仁は即答した。
「それなら、私、お兄ちゃんと結婚する」
「そうだな。結婚しようか」
自分と仁は、そう言って、将来の結婚を約束したのだ。
(尚、既述だが。
これを聞いた洋六は素直に喜んで祝福したが、久子は苦虫を噛み潰したような顔をした。
洋六は所詮は子ども同士のことだし、別に夫婦になりたいのなら、成っても構わないだろうと考えたからだが、久子にしてみれば、何で気に食わない継娘が息子の嫁になりたがるのか、と考えたのだ)
それから歳月は流れて、今、自分は小学6年生になり、仁さんは海軍兵学校1年生だ。
今のまま、戦争が終わらなければ、1942年11月を期して、仁さんは海軍兵学校を卒業して、戦場に赴くことになる。
せめて、仁さんが戦場に赴く前に、自分は妻になりたいけど、その時、私はまだ14歳で結婚できない年齢だ。
何とか私が16歳まで仁さんが戦場で生き延びて、私と結婚して欲しいものだ。
藤子は、新聞記事を読み終えたばかり、ということもあって、そんなことを考えた。
だが、その一方で、この戦争が、何時終わるのだろう、という気が重いことを、藤子は考えざるを得ないのが現実だった。
藤子の実家と言うか、小林家は芸妓の置屋という事情もあって、全国紙を2つ、地元紙を1つ、合計3つの新聞を取っている。
これはそれこそ宴会の場で、様々な客と話をする際に、話を合わせる必要があることから、芸妓と言えども、それなりに現在の世情に通じるのが当然だ、という考えから、3つの新聞を取っているのだ。
(尚、藤子が様々な伝手から聞く限り、横須賀の置屋では、そういったことが常識らしい)
そして、3つの新聞の様々な記事を、自分が読む限りだが、どう考えても速やかにこの戦争が終わるとは考えられない。
というか、どうやったら、この戦争が終わるのだろうか。
そんな考えさえ、自分の脳裏に浮かんでしまう。
「お父さん達は無事に帰ってきてほしい」
そう藤子は呟かざるを得なかった。
更に藤子は考えた。
養母、義母の久子はともかくとして、あのカテリーナさんはどんな事態にあるのだろうか。
末尾の方で、藤子の久子への想いが冷たすぎる、と言われそうですが。
異母弟妹の面倒を見ることを押し付けるようなことを、藤子は久子にされては。
更に嫁姑関係と言って良い関係に、二人があることからして、当然と言うことでお願いします。
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