第14章―10
オランダ、ベルギーの本土全域の占領、ノルマンディー、ブルターニュ半島地域をほぼ除くフランス本土の大部分の占領と、1940年6月末にドイツ軍は大戦果を挙げており、その一方、「大崩壊」と言われても仕方のない状況に、英仏両国等はあった。
だが、ドイツ政府、軍の最上層部の内心は昏くなる一方だった。
これだけの大戦果を挙げれば、それなり以上の親ドイツの動きが周辺諸国で起きるだろう、と考えていたのだが、もっとも味方すると考えていたイタリアでさえ、ドイツに対する好意的中立以上の態度を示そうとは示さないのが、1940年6月末の現状だった。
(次章で描くが、イタリアにしても色々な事情があり、ドイツ側に立って参戦しづらい状況だった。
尚、これは決してドイツにとって悪い話では無かった。
イタリアを介して、様々な物資を(高額にはなるが)迂回輸入できたからである)
そして、肝心の英仏両国だが、ドイツと講和しようとはしない現実があった。
それこそパリが陥落すれば、フランス政府は降伏する、とドイツ政府は考えていたのだが。
フランス政府は海外領土が占領されるまで、ドイツとの講和はアリエナイと言っているのだ。
英国に至っては言うまでもない。
どうやって、この戦争を終わらせるべきか、ドイツ政府最上層部は頭を痛めるようになっていた。
一方、英仏両国等にとって、戦況は決して明るく無かったが、そうは言っても薄日が差していた。
まず、米国政府の動きである。
議会を動かし、レンドリース法が制定されようとしており、それにより様々な物資等の援助が米国から行われる目途が立ちつつあった。
そして、長期戦になる程、国内に原油を中心とする資源に乏しいドイツ経済が悪化して、戦争継続が困難になるのは自明である一方、フランス本土の大部分を喪失したとはいえ、米国からの支援があれば、充分な補いがついて、英仏両国等が経済的に優位に立つのも自明のことだった。
(更には、米国政府からは、隠密裏に義勇兵に擬装して、事実上は正規軍の対ドイツ戦派遣も提案されつつあった。
米国政府としても、ドイツの伸長に警戒心を覚えており、又、ノルウェーやベネルクス三国でのドイツ軍の蛮行が広まるにつれ、米国の世論が、
「ドイツの侵略主義を看過するな」
「ドイツの侵略に苦しむユダヤ人等の難民を救え」
という声を挙げつつあることから、世論に応えざるを得なくなりつつあったのだ)
こうしたことも、フランス本土に残って、ドイツ軍と対峙している英仏両国軍の支援となり、戦線が構築されて、強化されていく流れを引き起こしていた。
そして、こうした状況になったことから、1940年7月初めに日本海兵師団は。
「英本土へ移動して、補充再編成に当たれですか」
「そうだ。やっと休ませて貰える、ということだ」
米内洋六少佐達は、大川内少将と、そんなやり取りをすることになった。
「そして、これは艦隊も同じらしい。流石に色々と損害も出している。艦隊内部のことなので、そう詳しくは情報が届かないが、戦艦の主砲の砲身も、それなりに摩耗してしまったらしいし、航空隊の損害は、言わずもがなだ。こうしたことから、新型機の受領も兼ねて、日本艦隊は本国に帰還するとのことだ」
「それは羨ましい」
大川内少将の更なる言葉に、その場にいた士官が声を挙げ、米内少佐らは笑い声をあげた。
米内少佐は想った。
取り敢えずは一段落だな。
日本艦隊が帰ってきて、英仏両国軍が再編制を完了するとなると、来年の春になるだろう。
そして、その上で英仏両国軍を主力とし、ドイツに対する大規模な反攻作戦を展開する流れになるのだろうな。
その頃、自分の周囲はどうなっているのだろうか。
これで第14章を終えて、次話から第15章になります。
第15章は幕間的な章で、1940年8月初めが主な時点となり、米内洋六少佐を巡る面々、家族等の話を描いた後、様々な諸外国政府等の思惑の末に、ユダヤ人難民はどのような路を歩むことになったのか、更にはこの時点での諸外国政府の思惑等を描く予定です。
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