第13章―6
この1940年5月10日当時、日本海軍の遣欧艦隊、空母4隻、戦艦4隻を基幹とする艦隊は、ノルウェー救援作戦が一段落したことから、英本土近郊にあるスカパ・フローに投錨している現実があった。
そして、ドイツ軍の西方侵攻作戦、具体的に言えば、フランス、ベルギー、オランダ侵攻作戦を、ドイツ軍が発動したのを把握次第、遣欧艦隊の面々は、日本海兵隊やそのほかの同盟軍を、見敵必戦の精神から、救援しようと行動する事態が起きたのだ。
そして、このことはドイツ軍のオランダ侵攻作戦に、更なる苦難を引き起こすことになった。
1940年5月11日、ハーグ近郊等に降下したドイツ軍の空挺部隊は、絶望的な戦いを強いられることになっていた。
「無線機は」
「余り役に立たない、と言っても過言ではありません。懸命に打電していますが、それが届いているのか否かさえも、よく分かりません。何しろ指示が上手く届かず、マトモなやり取りが出来ません」
「畜生、ユダヤ人部隊の妨害か」
そんなやり取りが、ドイツ軍の空挺部隊、降下猟兵の間では横行していた。
ドイツ軍の空挺部隊が持参していた無線機を複数鹵獲することに成功したユダヤ人部隊、イスラエル師団の面々は、それを逆用して様々な電波妨害を試みる事態が起きていた。
勿論、この当時の電波戦の程度から言って、どれ程の効果が具体的に上がったか、というと後から振り返れば、ろくな効果が上がったとは言い難いのが現実だったが。
そうはいっても、様々な電波妨害、ジャミングが試みられたことは、前線と後方がまともにやり取りできず、まともな連携が取れない事態が起きるのは避けられないことだった。
更に言えば、代替手段が無い、と言っても過言ではないのだ。
無線機がマトモに使用できない以上、敵軍後方に降下して、ほぼ孤立している空挺部隊が、どうやったら後方の司令部とやり取りをして、有機的な作戦行動ができるだろうか?
更には、日本海軍の空母部隊が、艦載機を駆使して、空挺部隊に対する空爆を断行しだした。
この空爆だが、実際には、誤爆が多発していたようである。
だが、問題はその際にドイツ空挺部隊に対する空中補給等を、結果論に近いが、様々に妨害する事態も引き起こすことになったことだった。
それこそ敵軍後方に降下している以上、マトモに空挺部隊に補給物資を届ける方法となると、それこそ輸送機等を駆使した空中からの補給に頼るしかない。
だが、補給物資を満載した結果、鈍重にしか動けなくなった輸送機が、敵機が縦横に飛び交う中で、空挺部隊に補給物資を空中投下して、マトモに届けることが出来るだろうか?
実際には全く補給物資が空中投下によっては届かなくなった訳では無いが、それによる様々な精神的衝撃は、少々のことだ、と軽くは言えない事態が生じるのは避けられないことだった。
空挺部隊にしてみれば、輸送機が投下する物資の過半数が、自分の下に届かず、逆に敵軍に活用される事態が多発することになった。
輸送機部隊にしても、
「3回、輸送物資の空中投下を試みたら、確実に死ねる」
と言う状況下での出撃を強いられることになったのだ。
実際、イスラエル師団司令部は、こういった状況を更に活用しようと、ドイツ軍を挑発するような報告を平文で垂れ流すようなことをした。
「ドイツ空軍の皆様、我がユダヤ人部隊に大量の補給物資を空中投下して下さり、心から感謝します。ドイツ軍の空挺部隊への攻撃に活用しますので、もっと投下してください」
この電文を受信したドイツ空軍司令部内では、この電文から非難合戦が起こり、空挺部隊関係者と輸送機部隊関係者が殴り合いを実際にやった、と後に伝わる事態が起きた。
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