第12章―2
「それでは、軍令部に対して、海相として内閣、政府の意向を伝え、海兵隊のオランダ本国派遣が可能か否か、可能として何時になるのかを確認してくれ」
「分かりました。ところで、この件ですが、本当にそれだけの案件なのでしょうか」
米内光政首相の言葉に、堀悌吉海相は疑問を呈するような発言をした。
「流石に聡いな。オランダが蘭印(史実では、第二次世界大戦後にインドネシアとして独立する)独立運動に神経を尖らせているのは知っているか」
「ええ」
二人は会話を続けた。
「その独立運動の背後に、中国国民党や中国共産党の影がチラついているらしい。そして、オランダ本国政府としては、日本にそれをいざと言う際には鎮圧して欲しいようだ」
「成程。敵の敵は味方、敵の味方は敵、と言う訳ですか」
二人の会話は深まった。
「吉田茂外相が、色々と裏工作をしてくれたお陰で、米国に完全に頼ることなく、それなりに蘭印からも原油等の輸入が出来るようになりそうだが、そうなってくるとオランダ本国政府の意向を、日本としてもそう軽んじることはできなくなってくる。そういった複雑な事情からも、日本は明らかにオランダに味方するという姿勢を示す必要がある訳だ」
「成程。オランダ本国に日本海兵隊1個師団が赴くということで、蘭印で武装独立運動が起きた際には、日本がそれを軍事的に叩き潰す、というのを暗に事前に日本の国内外に示すことになると言う訳ですか」
米内首相の更なる言葉に、堀海相は微妙な首振り運動をしながら答えることになった。
現在の日本政府としても、米国を筆頭とする諸外国政府との外交交渉は様々な意味で頭痛のタネだ。
中国国民党や中国共産党、更にはソ連政府が裏にいるコミンテルンは、欧州諸国等が保有する植民地の武装独立運動を様々に支援している現状があり、日本の保有する朝鮮や台湾も標的になっている。
そうしたこともあって、敵の敵は味方として、日本政府と英仏両国等は接近することになったのだ。
その一方で、英領インドの独立運動家であるラース・ビハーリー・ボース、通称「中村屋のボース」を、日本の民間右翼が日本本国内で密やかに庇護する等、アジア各地の独立運動について、日本本国内では同情心が極めて強い現実があり、そういったことから、日本政府は国内外の関係について配慮を余儀なくされている現実もある。
実際、この問題は日本政府にとって極めて頭の痛い問題だ。
それこそ米国政府等が言ってきているが、アジア各地の独立運動について同情しつつ、朝鮮の独立運動を弾圧するのは、日本政府の二枚舌にも程がある、と批判されては、日本政府は反論しづらい。
だから、アジア各地の独立運動が非暴力に止まるのなら、強圧的な弾圧をしないように、宗主国政府に求めるという曖昧な態度を、基本的に日本政府は執っているが、これはこれで明確な態度を示せ、と独立運動家からも、宗主国政府からも言われる態度でもあるのだ。
そうした状況下にある中で、日本政府としては、オランダ本国防衛に具体的に日本軍を派遣する態度を示すことで、蘭印独立運動が武装抵抗運動に至った場合には、日本軍はオランダ軍に味方して鎮圧する用意がある、というのを暗に示すことになったのだ。
とはいえ、実際のところは、単にポーズに終わる公算が高い。
何しろ、日本政府、国民に取っては、現状で最も重視しないといけないのは、日本本土に続いて、朝鮮半島、更には満蒙地域だ。
満蒙地域を防衛する為の陸軍だが、日本の参謀本部も軍令部も、ソ連軍の侵攻に対処するには、質量共に充分ではない、と判断する現実がある。
そうしたことからして、蘭印に鎮圧部隊を派遣するのは現実的ではない。
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