第12章―1 日本海兵隊のオランダ派遣問題等
新章の始まりで、この時点での西部戦線の一翼(?)になるオランダと独の戦線の話が主で、そこに日本軍等が絡むことになります。
少なからず場面が変わる。
1940年4月、英仏日の各国政府は、オランダ政府への対応に頭を痛める事態が起きていた。
第一次世界大戦時、オランダは中立を維持し抜くことに成功していた。
そして、オランダ政府としては、今回の戦争、第二次世界大戦においても中立を維持し抜ける、と開戦当初、ポーランド戦が始まった頃は考えていた。
だが、1940年2月のドイツ軍によるデンマーク、ノルウェー侵攻が、オランダ政府のドイツ政府、軍に対する警戒心を高める事態が起きた。
オランダ政府は、ドイツ軍がノルウェーと同様に、オランダに侵攻して来る可能性があるのでは、と危惧を抱くようになったのだ。
そうしたことから、極秘裏に英仏日の各国政府に、オランダ政府は自国本土の防衛への協力を求めることになった。
しかし、その一方で、様々な歴史的経緯から、オランダ国民の間では、英仏両国に対する不信感が根強いと言う現実があった。
英国とオランダだが、それこそオランダ独立戦争において、英国はオランダ独立を支援してくれた関係ではあったが、その後、英蘭戦争を何度も戦うことになっている。
又、仏とオランダにしても、ルイ14世時代やナポレオン戦争において、オランダは何度もフランスの侵略に脅かされ、ナポレオン戦争時代には一時的とはいえ、亡国の悲運を味わった程である。
それに対して、オランダとドイツの関係だが、ドイツ帝国が成立したのが1871年というのもあるが、ドイツがオランダに侵略したと言えるのは、それこそオランダ独立戦争にまでさかのぼらないと存在しないといえることだった。
そういったことから、オランダ国民の間では、親ドイツ、反英仏の世論が、それなり以上に強く、又、オランダ軍の兵器にしても、ドイツ製が多数を占めているという現実があった。
その為に、英仏日の各国政府は、オランダ政府が極秘裏に求める自国本土防衛への協力に困惑することになった。
本来的には、オランダが英仏日に加担するのを喜ぶべきなのだが、その手段に頭を痛めることになってしまったのだ。
歴史的経緯から、英仏軍をオランダに駐留させて、オランダ防衛の一翼を担うということをさせては、オランダ国民が反政府運動に奔りかねない、とオランダ政府のみならず、英仏両国政府にまで危惧されることになったのだ。
こうしたことから、英仏両国政府は、この問題解決を日本政府に持ち込むことになった。
「いざと言う際には、日本の海兵隊をオランダに緊急派遣して欲しいとのことだが、現時点で可能だろうか」
「ノルウェー戦で勝利を収めたとはいえ、それなりに海兵隊は損耗しています。補充、再編制が必要不可欠な状況にあり、その上でなら可能です」
米内光政首相と堀悌吉海相は、膝詰めで会話をすることになっていた。
「何時頃に可能になる」
「5月に入ってから、といったところでしょうか。この辺り、本来からすれば軍令部の管轄なので、軍令部に私としては聞いて欲しいところです」
二人のやり取りは続いた。
「そうなんだが、伏見宮軍令部総長は独に留学されていたし、軍令部次長の近藤信竹中将は、独に駐在していたこともあって、親独派だからね。私からは聞きづらいのだ」
「確かにそうですな。伏見宮殿下には軍令部総長には退任して頂きたいところですが、自発的に伏見宮殿下が退任されない、と海軍内の旧艦隊派の面々が激発しかねません。その一方で、近藤中将を次長に据えたことで、連合艦隊解散の噂が流れたことで不機嫌になった伏見宮殿下の御機嫌を取った側面がありますからね」
米内首相はぼやくように言い、堀海相もそう言わざるを得ない。
海相と言えど、完全に思い通りの人事は出来ないのだ。
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