第11章―4
その一方、米内久子の行動だが、それなりに欧州派遣が内定している女性補助部隊の中では響く代物に徐々になっていった。
何故かと言えば、何とも皮肉なことに、女性補助部隊の面々だが、女性として様々な家事、特に食事等の準備を出征前にはしていた面々が大半を占めており、更に言えば、海軍で提供される食事の内容というよりも、味に不満を持つ面々が、それなり以上にいたからである。
そうしたことから、自分なりに様々な方策を講じた上で、欧州方面に向かおうとする面々が、それなり以上に出る事態が引き起こされることになった。
その果てに何が起きたか、というと。
米内久子やその周囲では、自家製味噌作り等に励む面々が、大半を占める事態が起きていた。
本来の軍務というか、訓練が極めて多忙な中で、自家製味噌作りの時間を確保する等、本来的には不可能とまでは言わないが、極めて困難なのが現実だが。
そうは言っても、出征前に食事の準備等をしていた以上、海軍で提供される食事の味に不満を覚える余りに、少しでも自分が馴染んだ味を味わいたい、と考える余りに、自家製味噌作りに奔る隊員が多数出ると言う事態が引き起こされることになっていた。
他にも出征前の故郷に連絡を取って、それなり以上に食材を何とか送って貰って、故郷の保存食を作成して、それを持って欧州へ出征しようとする者も、少なからず出る事態が起きていた。
彼女達にしてみれば、欧州で食べられる代物に、漠然としたことではあるが、どうにも不安を覚えてしまい、それなり以上の対策を講じようとする事態が起きたのだ。
そして、そんなこんなのことの末としか、言いようが無いが。
そういった女性補助部隊の面々の行動(というよりは暴走)が、海軍内部で広まる事態が起きていた。
(尚、細かいことを言えばになるが、陸軍の女性補助部隊でも、似たような事態が暴発していた)
更にそれを聞かされた面々にしてみれば。
「許嫁の藤子にしても程々にしろだけど、実母の久子にしても、やり過ぎだよ」
米内仁は、完全に匙を投げたような言葉を、この件については呟かざるを得なかった。
「欧州に自分達が赴いたら、口に合わない食べ物を食べることになるから、それに対する対策を講じるのは当然、という論理なのだろうけど。だからと言って、自家製味噌を持っていくとか、実母の久子の主張は、本当におかしな論理としか、自分には考えられないよ」
実際問題として、仁の想い、考えは当然としか言いようが無かった。
久子の邪推はともかくとして、それこそ明治初期の頃から、日本陸海軍の食事はそれなりに標準化されるように図られ続けており、1940年頃の現在では、完全に標準化されていると言っても間違いでは無くなっている。
(とはいえ、やはり地域による味付けの差異は未だに残っており、久子等が不満を零すのも、当然なのが現実ではあった)
そうしたことが、女性補助部隊の暴走を引き起こしているのが、(この世界の)現実だった。
尚、仁にしても、実母の久子を、今回の件については諫める手紙を複数、送る事態が起きてはいる。
だが、実母の久子からは、食事を軽んじるのか、と言わんばかりの手紙が届く有様でアリ、更には藤子を始めとして、異父弟妹の早苗や正からも、今回の食事のトラブルに関しては、久子に味方する、という手紙が届く現実があっては、どうにも仁としては、口が挟めなくなっていたのだ。
「藤子や早苗、正が、文句を言わないなら、自分は黙るけど」
仁は改めて考えざるを得なかった。
「実際に欧州に赴いたら、更なる問題が、母(の久子)には起こる気がするな」
仁はそう呟きつつ、それ以上のことを考える気にはならなかった。
細かいことを考えれば、になりますが。
自家製味噌に加えて、様々な漬物を始めとする保存食持参で、日本海軍の女性補助部隊は、日本本土から欧州へと赴く事態が起きつつあります。
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