第11章―2
ともかく、この事は米内藤子にしてみれば難題だった。
藤子の実の母方祖母、小林はるにしてみれば、台所に他人が入ってくるのは我慢ならないことなのだ。
その為に藤子からすれば、義理の伯母になる小林はるの長男の嫁と、はるが別居に至った程だ。
はるにしてみれば、台所は自分の城と言って良く、他人に入って欲しくないところだった。
そして、はるの長男が結婚して、長男夫妻とはる(及びその夫、藤子からすれば実の母方祖父)と一時は同居したのだが。
台所を誰が握るか、という問題で、はると長男の嫁の関係は悪化することになり、はるの長男が仲裁した末に、はる(及びその夫)と長男夫妻は別居することになったのだ。
(尚、それもあって、藤子達がはる夫婦と同居できたのも事実だった。
はる夫婦は、長男夫妻やその子らと同居するつもりで、家を建てていたのだが、結果的に長男夫妻達と同居することは無かったのだ。
それ故に、空き部屋がそれなりにあり、そこに藤子達が住むことになったのだ)
とはいえ、一人で悩んでいても、前へ進むことはできない。
そうしたことから、藤子は(本音では渋々だったが)養母の久子に現状を手紙で知らせることにした。
「想わぬ難題が起きたわね」
この藤子からの手紙を受け取った米内久子は、そう呟くことになった。
久子にしてみれば、藤子という絶好の養女、自らの実子の世話を押し付けられる存在がいたから、夫の後を追って欧州に行こうと言う決断が出来たのだ。
そして、自らの所業の結果としか言いようが無いのだが、それによって、自分の実子の早苗らが食事に困惑し、つらい顔をする事態が起きているとは。
自らの本音としては、ここまで子どもらに自分の料理の味が気に入られていたとは、と優越感さえ覚えなくもない事態だが、かといって、実母として早苗達を放っておく訳には行かない。
久子は、かなり気まずいことではあったが、米内の本家や自らの実家等に手紙を書いて、それなりのことをするように頼み込むと共に、藤子に対して、自分なりに考えた方策を、手紙で伝えることになった。
だが、その一方で。
当時、館山基地で下士官として航空整備員教育を受けている久子自身が、食事のことでは色々と考えざるを得なかった。
長男の仁も、自分に手紙で呟くと言うか、ボヤいてきているのだが。
自分も同様に、微妙に海軍の料理が口に合わないのだ。
よくもまあ、夫(の洋六)は海軍の料理、飯に耐えられたモノと考える程だ。
この辺りは、冷静に自分なりに考えるならば、海軍の料理、飯の源流が薩摩、南九州にあるからではないだろうか、と自分としては勘繰って考えてしまう。
それ故に、東北地方、岩手県の出身である自分の口に食事が合わないのだ(と、自分は考える)。
ともかく甘いと言っては語弊があるが、自分にしてみれば、塩味が効いていない料理が大半だ。
本当に塩味を効かせた濃い味の料理を、自分としては食べたいモノだが、一下士官の立場では、そんな我が儘が通る筈がない。
だから、この味に慣れるしかない、と割り切って、自分は我慢して食べているが、本当につらい。
久子は、そんな想い、考えをしながら、更に考え等を深めざるを得なかった。
欧州に実際に自分達が行ったら、更に食事に大袈裟に言えば苦しむ事態が起きる気がする。
何しろ、(この当時の)欧州に味噌や醤油等が溢れている筈がないのだから。
海軍上層部は、それなりに配慮してくれるだろうが、どこまで自分達が満足できるだけの食材等を調達、準備してくれるだろうか。
この際、周囲を巻き込んで、それなりに準備を調えた上で、欧州に赴くべきだろう。
久子はそう考えて、周囲に対する働きかけをすることになった。
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