閑話―5 1940年3月下旬の米内洋六の想い
「いつの間にか、溜まってしまったものだな」
英本土に設けられた臨時の駐屯地において、米内洋六少佐は溜まっていた書類整理、事務仕事を、そう呟きながら、懸命にこなす事態が起きていた。
前線から後方に下げられたので、ゆっくりできる、と考えていたのだが。
後方に下がってきたら、書類の山という攻撃を浴びる現実に、ある程度は分かっていたことながら、米内少佐は内心で苦笑せざるを得ない。
その一方で、後方に下がったということは、それなりに手紙等が安全に届けられることにもなる。
ノルウェーのベルゲンという最前線では、自分宛ての手紙等を受け取る余裕等は皆無といってよく、米内少佐は自分宛ての手紙等を、英本土に留め置いてもらっていたのだ。
(これは、それこそ師団長から末端の兵まで、同じような目に遭っていることではあったが)
そして、事務仕事をある程度は済ませて、夜に寛いで、そういった手紙等に目を通したいのだが、書類の山は余りにも巨大な一方、自分宛ての手紙等に少しでも早く目を通したいことから、書類整理をある程度済ませては、気分転換と称して、小休息を取っては、そういった手紙等に目を通す事態が、米内少佐の身に起きていた。
だが、その一方で、自分の許に届く手紙の差出人や、その手紙の内容について、米内少佐が色々と考えざるを得ない事態が起きているのも、現実の話だった。
「妻については、自業自得だな。というか、藤子は本当に自分の娘だな」
そう書類整理の合間に読む、日本本土から届く家族等の手紙の内容について、米内少佐は呟かざるを得なかった。
久子、仁、藤子の三者三様の手紙の内容を合わせたことになるのだが。
藤子の実母が、自分の内妻だったのだが、行き違いから自殺した、久子は事実上は後妻だ、という噂が横須賀や海軍内部では広まっているらしい。
更に、そう言った噂を広めているのは、藤子だ、と(藤子は口を拭って言わないが)仁と久子は、自分に告発している。
米内少佐にしてみれば、久子が子どもを放り捨てて、藤子に異母弟妹の世話を押し付けた結果ではないか、としか考えられないことで、それぞれにそれなりの返信をしてはいるが。
妻の久子が、欧州に赴くようなことをしなければ、藤子も、そんなことをしなかっただろうに、としか、考えられない事態だった。
その一方で、久子は女性補助部隊の一員として、それなりどころではない成績を上げているようで、下士官として欧州に赴くことになりそうだ、と誇らしげに手紙の中で書いてくる現実がある。
米内少佐は、(内心で)苦笑するしか無かった。
仮に欧州に妻が赴いたとしても、自分の傍に密着できる訳でもないだろうに。
それこそ自意識過剰な気さえ、自分はしてならない。
そんな想いをする一方で、カテリーナ・メンデスからの手紙も、自分の下に届いている。
カテリーナによれば、自分としては止む無く選んだ路だが、結果的に戦闘機乗りになることになった、とのことだった。
何れは戦場で共闘するかもしれません、と手紙に書いてはいたが。
かつてのカテリーナの日頃の口ぶりからすれば、止むを得ず選ばされた路なのだろう、と自分は考えてしまう。
カテリーナがユダヤ人部隊に志願したとはいえ、カテリーナは後方部隊なので志願する、と言い訳を自分にしていたのだ。
それなのに、こんなことになるとは、予想外のことだったのだろう。
米内少佐は、書類仕事の息抜きも兼ねてはいたが、想わず物思いに耽らざるを得なかった。
同じような想い、考えをしている人が、それなりにいるのだろうが。
自分の妻、娘、それに彼女が、この世界大戦勃発に伴い、このようなことになるとは。
本当に想わぬことになるものだ。
これで、事実上の第一部を終えて、暫く投稿を休止します。
一月程、大プロットを練り直した上で、第二部(?)の投稿を開始する予定です。
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