閑話―1 1940年3月下旬の藤子の想い
米内藤子の朝は早い。
「起きるのよ」
「もう少しだけ、寝させて」
「姉の命令が聞けないの」
「本当に、どっちの姉なの。実の姉、それとも、兄の許嫁だから義理の姉。どっちなのかしら」
「きっちり、目が覚めているじゃないの。さっさと起きろ」
今朝も今朝とて、そんな会話を交わしつつ、藤子はすぐ下の異母妹になる早苗を起こす羽目になっていた。
尚、正と松江は、まだ寝てても構わない。
自分と早苗は、小学校に行く必要があるので、早起きする必要があるのだ。
そして、寝ぼけ眼の早苗が、洗面や着替えとかをしている間に、藤子は食堂というか、現代で言えばリビングに向かっていき、実の母方祖母に何時ものように、朝の挨拶をした。
「おはようございます」
「そんなに畏まった挨拶を、毎朝しなくても良いのに」
「そうは言っても、立場が立場なので。それに姉として、弟妹の見本にならないと」
「まあ、確かに、そうとも言えるけど、そこまで畏まらなくとも良いのよ。少なくとも貴方は、私たちの実の孫なのだから」
藤子は、朝食の準備をしている実祖母との間に、何時ものやり取りをした。
確かにその通り、と藤子は考えざるを得ない。
今、藤子とその異母弟妹が住んでいるこの家は、藤子の実の母方祖父母の家になる。
だが、だからこそ、藤子としては、それなりの態度を執る必要がある、と考えているし、それなりの噂を流す必要を感じざるを得ない。
本当に、私の養母にして、異母弟妹の実母の米内久子が、嫉妬心から暴走して、海軍補助部隊に志願するようなことが無ければ良かったのに、とまで藤子は考えざるを得ない。
そうしたことが、藤子と異母弟妹が、藤子の母方祖父母の家に寄宿する事態を起こしたのだ。
養母が子ども達を事実上は捨てて、(愛人を追って、欧州に赴いたように見える)父を追って欧州に赴こうと策した結果だ(と藤子は考えている)。
尚、養母は、そんなことは無い、御国の為に、と考えたから、と言い張るだろうし。
周囲も、そんな筈が無い、御国の為に、と志願した本当に立派なお母さんだよ、と言うだろう、と藤子は考えてもいるが。
そんな想いが、藤子がそれなりの行動をする事態、噂を広めようとする事態を引き起こした。
「ところで、本当にあの噂を鎮めなくて良いの。私達の末娘、貴方の実母が、米内洋六の内妻だった、という噂が、完全に広まっているけど」
「養母の久子にとって、良い薬ですよ。私の実母が事実上の先妻だったから、私の母方祖父母に、養母が自分の子ども達を預けることにした、という噂が流れるくらい、別に構わないのでは」
「まあ、事実が噂で捻じ曲げられるのは、よくあることだし。その方が、私達にとっても良いけど」
祖母と孫娘は会話した。
実は藤子が、自分の実母は父の内妻になる筈だったが、行き違いがあり、実母は発作的に自殺したのだ、という噂を流している張本人なのだが、祖母はそれを知らないのだ。
真実(横須賀に来て、色々と話を聞いた結果、自分の実母は自殺した)を知った藤子なりに、カバーを掛けて行動した結果だった。
そして、これは藤子なりに、自分の立場を良くしようと考え、行動したことからだった。
単なる芸妓、愛人の娘では無く、内妻の娘ならば、それなりの顔ができるからだ。
(この時代は家制度が健在なので、跡取り息子と女戸主の間では、片方の家が無くなることから、結婚がそのままではできない等の問題がありました。
そうしたことから、正式には結婚せずに、内縁関係のままの男女が、それなりにいたのです)
そして、藤子の異母弟妹が、藤子の母方祖父母宅で同居している事実が、その噂を広げていて、藤子の溜飲が下がる事態が、徐々に起きつつあった。
令和の現在では、嘘を吐くな、と言われて当然ですが。
史実でも昭和20年以前では、旧民法の家制度の現実から、結婚できずに内縁関係に止まらざるを得ない男女関係が多発しており、そうしたことから、裁判所等も内縁関係を積極的に保護していた現実が。
そんなことから、藤子は私の両親は内縁関係だったのだ、という噂を広めて、自分の立場を良くしようとする事態が起きているのです。
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