第10章―20
そういった背景から、1940年2月後半は、ドイツ軍がベルゲン方面への限定攻勢を展開する事態が起きることになった。
そうした状況から、例えば、ドイツ軍にとっては貴重極まりない多砲塔戦車、NbFz戦車3両が投入された戦闘が、ベルゲン前面で起きたのだが、何とも締まらない結末が起きた。
以下、その戦闘を日本側で体験した米内洋六少佐の視点から描く。
「本当にぜい沢な話ですな。海兵(歩兵)大隊1個に、対戦車砲4門を事実上配置するとは。更にその対戦車砲が75ミリとは。陸軍が聞いたら激怒しますよ。彼らの対戦車砲は37ミリです」
「まあ、こちらはフランスのお古のお下がりだ。文句を言う方がおかしい気がするがな」
そんな会話が交わされる中、日本海兵隊はベルゲン防衛の陣地を構築して、対戦車砲も配置していた。
尚、日本海兵隊は、少しでも安く装備を充実させる為に、フランスのM1897野砲を、野砲兼対戦車砲として採用する羽目になっている。
そんなことから、野砲大隊を、臨時に実質的な対戦車砲中隊として分割することまでやったことから、上記のような状況で、ドイツ軍の攻勢を待ち受ける事態が起きていた。
そして、ドイツ軍はNbFz戦車3両を先頭に立てて、日本軍陣地を蹂躙しようと策したのだが。
巧みに隠蔽配置されていたM1897対戦車砲(?)によって、あっという間に全車が消し飛んだ、といっても過言ではない事態が起きたのだ。
尚、これは当然と言えば当然だった。
何しろNbFz戦車の装甲は最大でも20ミリ程だった。
これに対して、M1897は60ミリの装甲が貫徹可能だったのだ。
(更に言えば、その後、成形炸薬弾を使うことで80ミリの装甲が貫通可能にまで発展する)
そして、NbFz戦車は鈍重であり、道路上でも30キロを発揮するのが精一杯だった。
だから、不整地を進撃するとなると、それこそ人が走るのと同じ程しか速度が出なかったのだ。
それらが組み合わさったことで、上記の事態が引き起こされることになった。
更にこの戦闘の後、米内少佐が上級司令部の旅団司令部に提出して、更に師団司令部へと回覧された報告書の中において、
「多砲塔の見慣れぬドイツ戦車3両が投入されて、我が部隊の陣地を突破しようとしてきましたが。どうやらハリボテの戦車だったようで、3両共に破壊することに成功し、ドイツ軍の攻撃を撃退した」
と書かれる事態が起きた。
そして、皮肉極まりないことに、ドイツがノルウェー戦で投入できた最良の戦車は、NbFz戦車だったといっても過言では無かった。
勿論、それ以外の戦車、1号戦車や2号戦車が少数、併せて十数両程だが、ノルウェー戦で投入されなかった訳ではない。
だが、実際問題として、戦車は移動するだけで壊れるモノである。
そして、物資が欠乏する中で、戦車が縦横に活躍できるか、というと。
そうしたことから、ドイツ軍の限定攻勢は上手く行かなかった。
そして、色々と裏工作までも行われた末、ベルゲン港等を活用して、増援部隊として英軍2個師団がノルウェーに揚陸されることになり、3月以降には英仏日側が限定攻勢を展開できそうな状況になった。
こうした状況から、日本の第一海兵師団はノルウェーから引き揚げが決まった。
何しろ英仏日連合軍にとって、貴重な上陸作戦を展開できる師団なのだ。
後方に下げて、予備部隊にするのが相当だった。
それを受けて、米内少佐と佐藤准尉は。
「英本国で待機とのことです」
「この後は、何処で戦うのかな」
「さて、流石に私の情報にも掛かってきていません」
そんな会話を、二人は交わした末に、第一海兵師団は英軍2個師団と交代して、英本国へと向かうことになったのだ。
これで、第10章を終え、この後、事実上の第一部のエピローグになる閑話を5話、投稿して、暫く投稿を休止します。
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