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第1章―10

 会議を終えた後、米内洋六大尉が自室に戻ったところ、佐世保の官舎にいる家族、妻の久子と養子の仁から、それぞれ手紙が届いていた。


 妻の久子からの手紙に、まずは米内大尉は目を通すと、やや早産になったが、無事に男児が産まれたこと、出産前にやり取りをしていた手紙に書かれていた通りに、正とその子を名付けて、出生届を済ませたこと等が書かれていた。

 そして、仁や藤子が、早苗や正の面倒を積極的に見てくれており、官舎にいる他の海軍士官の家族も助けてくれるので、心配しないように、とも妻の手紙には書かれてあった。


 米内大尉は、改めて考えた。

 子どもの出産前後に、岩手県の妻の実家に妻を帰らせることを、自分が考えなかった訳では無いが、仁や藤子の通学のこともあり、自分達は佐世保に残るという妻の主張を認めたのだった。

 結果的にだが、家族が一丸となっているようで、自分は良かったと考えるべきだろう。


 そして、仁からの手紙に、米内大尉が目を通したところ。

 妻の手紙と似通ったことが書かれていた。

 無事に異父弟になる正が産まれたこと、藤子や近所の人と育児等では協力しているので、家族のことを心配せずに仕事に励んでほしいこと等が書かれていた一方で。


 義妹の藤子のことを、色々な意味で仁が心配しているのが、垣間見える手紙になってもいた。

 小学校内で藤子は、男女を問わずに人気者らしい。

 それこそ仁からすれば、藤子の友達が何人いて、誰が友達なのか、把握できない程だとか。

 そんなことから、藤子が悪い友達に引っ掛からねば良いが、と仁は心配らしい。


 米内大尉は、まだ小学1年生の藤子の友達に対する仁の嫉妬心を微笑ましく考える一方で。

 先程の会議でのやり取りの一節を、何故か思い起こさざるを得なかった。


「本当に米国をはじめとする諸外国政府の対応ですが、中国国民党政府に同情的な一方、日本政府に冷たすぎる気がしてなりません。それが、ドイツと中国国民党政府の接近を促している気さえします」

「全くだ。日本が中国国内で得ている様々な権益だが、それこそ日清日露以来の様々な交渉の末に得ているモノだ。それを中国国民党政府は、日本の不当な侵略に因るモノと喧伝しており、それを諸外国政府の多くも、中国国民党政府の言う通りだ、と是認している気がしてならない」

 会議の場で、出席者がやり取りをすることになり、自分も含めた会議の出席者の殆どが肯いた。


 だが、それに対して、荒木貞亮少将は、冷たいと言えば冷たいと言える言葉を言い、会議の出席者の多くは、それはどうなのか、と考えたようだが、自分はその通りだと考えた。

「確かにその通りだが、先の(第一次)世界大戦後、徐々に民族自決主義の声が、世界中で高まりつつある現実がある。そうしたこともあって、米国政府はフィリピンの独立を10年後には認めることにしたようだ。更に言えば、ドイツ政府は全ての植民地を先の世界大戦で失ってもいる。こうした状況からすれば、ドイツ政府や米国政府が、民族自決の中華民族主義を高唱する中国国民党政府に寄り添う姿勢を示すのも当然だ、と儂は考えるがな」


 荒木少将は、それ以上の事は言わなかったが。

 荒木少将が言外に言いたいことを、自分も含めて会議の出席者の殆どが察した。


 確かに国際法の理屈から言えば、日本政府の主張は正しいが、民族自決主義の感情論から言えば、中国政府に寄り添うドイツ政府のような存在が増えてもおかしくないのだ。

 少なからず違うことだが、藤子やその友人にそんな意図は皆無だろうが、仁が不機嫌になるように、想わぬことを助長することが起きてもおかしくないようなものだ。


 これは本当に不味い事態になるやも、米内大尉は考えた。

 これで、第1章を終えて、次話は閑話となり、1935年末時点でのカナリス提督の考え等になります。


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― 新着の感想 ―
このあたり中国の立場からすれば武力で奪われたものだから返せと言いたい気持ちはわかります。 中国人からしたら満州については「勝手に人の国の土地を自国の生命線にするな」と言いたいところでしょうね。
米と英の立場が相違しています。このあたりが日本の勝ち筋。 この時代から20年後のスエズ動乱の時も米は英仏を支持しなかった(というより、積極的に英仏を潰しに掛かった。)が、この時代はまだ大英帝国は健在。
 緊迫感の増す上海、そんな中で故国の家族の手紙からホッコリとした温かい気持ちになりながら子供たちの小さな妬心が現状の日本が孤立して行く国際情勢と奇妙な相似形に感じられる米内大尉。(・Д・)19世紀半ば…
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