第10章―13
そんな混乱が、この後のノルウェー国内では起きることになった。
更に言えば、2月15日頃のことになるが、ノルウェー王室と政府上層部は、トロンハイムへと移動して、そこを臨時首都と宣言した上で、ドイツ軍(及びクヴィスリングが樹立した臨時政府)と対峙する事態が起きた。
尚、このような事態になったことから、ノルウェーの政府機関の殆どは、ノルウェー王室に忠誠を誓い、これまでの政府上層部からの指示に従うことになり、クヴィスリングが樹立した臨時政府は、ドイツ軍が占領している地域内でしか、指示が行き届かない事態が起きることになった。
更に言えば、ヒトラーもそれを暗黙裡に支持したが、ドイツ政府や軍は、クヴィスリングが樹立した臨時政府の指示や依頼を、往々にして無視して行動する事態が起きることになった。
本来ならば、クヴィスリングはヒトラーと友好関係にあり、その歓心を買おうと、ドイツ政府や軍が行動するのが相当なのだろうが。
ノルウェー国民の多くが王室に親しみを持っており、更に侵略者はどうのこうの言っても、ドイツではないか、という目でドイツ軍等を見る事態が多発していたことから。
クヴィスリングやその支持者は愛国者では無く、ドイツに祖国を売り渡した売国奴の集まりだ、と殆どのノルウェーの国民から見られる事態が起きていたのだ。
その為に、クヴィスリングが樹立した臨時政府に積極的に味方するような行動を、ドイツ政府や軍がノルウェー国内で採っては、却ってノルウェー人から反感を買って、占領地行政が困難になると懸念される事態が起きることになり、クヴィスリングが樹立した臨時政府の統治を暗に妨害する事態さえも起きることになってしまったのだ。
そうしたことから、ノルウェー国内、というかドイツの占領地においては、民生面において、酷い混迷が起きることになったが、その一方で、ノルウェーにおいて、徐々に戦線が形成されていったのも現実の話だった。
日本の第1海兵師団が先鋒になって、ベルゲンを確保したこと、更にナルヴィクやトロンハイムへの侵攻作戦にドイツ軍が失敗したことは、おおよその話になるが、ベルゲン以北のノルウェー中北部を、本来のノルウェー政府、軍及びそれに味方する日英仏連合軍が確保することになり、それ以外の本来の首都オスロを含むノルウェー南部をドイツ軍が確保する事態が起きていくことになった。
ところで、話が相前後してしまうが、それこそノルウェー侵攻に合わせて、デンマーク侵攻作戦もドイツ軍は発動しており、既にデンマーク全土はドイツ軍の占領下に落ちる事態が起きていた。
そうしたことから、ドイツ軍はデンマークを経由して、中小型の船舶を活用して、ノルウェー南部に陸軍の増援部隊を送り込み、又、制空権確保の為に航空隊を送り込む事態が起きた。
当然、それに対抗する為に、日英仏側も陸軍部隊や航空隊を投入することになる。
だが、その一方で、前線に大兵力を展開しようにも、お互いにその為の手段に苦慮する事態が起きた。
この時、上陸作戦を展開できるだけの訓練を積み重ねた部隊、それも連隊規模以上となると、日英仏側には、第一海兵師団くらいしか無かった。
勿論、英仏に海兵隊がいない訳ではない。
だが、英国の海兵隊は、大隊規模で編制されており、必要に応じて適宜、編合される存在であって、常時、連隊規模以上での上陸作戦等の訓練をしている訳では無い。
仏の海兵隊に至っては陸軍の傘下であり、歴史的経緯から海兵と名乗っているが、その内実は通常の歩兵と、そう変わらない現実がある。
だから、上陸作戦を展開できる連隊規模以上の部隊の編制に、英仏両国は苦慮することになったのだ。
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