第10章―10
だが、それは浮かんでいるだけ、と言って良かった。
日本海軍航空隊による空襲が終わった直後には、グラフ・シュペーの船体は右舷に傾斜して炎上しており、主砲や副砲は射撃不能に陥っていたことから、対艦戦闘は不可能と言って良く、ひたすら低速で右旋回を続ける惨状を呈していた。
だが、そうは言っても、未だにグラフ・シュペーが浮かんでいるということから、乗組員総出で、何とか鎮火、修理を果たして祖国ドイツへの帰還を図ろう、とする事態が起きていた。
そして、乗組員総出の奮闘の結果、まだ完全鎮火には至らず、艦内各所がくすぶっているものの、火の勢いが衰えた一方、前進しては艦首部の浸水が酷くなることから、後進することでそれを避けることにして、それによって航行する為の応急の舵まで何とか作成して。
それで、祖国ドイツにグラフ・シュペーを帰還させようと、艦長のラングスドルフ大佐は図ることになった。
(尚、他の装甲艦2隻では、日本の航空隊の攻撃による損害に伴って、沈没が避けられなくなった時点で、総員退艦命令が艦長等から発せられて、その時点で生き残っていた乗組員は退艦しようとしている。
だが、他の2隻には救命艇を降ろす余裕がほぼ無く、更に日本の航空隊の攻撃が続く中での退艦行動だったことから、至近弾や魚雷の爆発による衝撃に巻き込まれた乗組員が少なくなく、結果的に2隻を合わせても、生き残った乗組員は10名に満たない事態が起きたのだ)
だが、日本海軍の攻撃は容赦が無かった。
グラフ・シュペーが浮かんでいることから、何としても沈めよう、と第四水雷戦隊から第六駆逐隊が割かれて、それに妙高と那智が加わって、グラフ・シュペーが何とか祖国ドイツへの帰還を図ろうとしている海域に急行する事態が起きることになったのだ。
そして、妙高、那智と第六駆逐隊を、グラフ・シュペーの艦長ラングスドルフ大佐が視認したことが、この海戦の最終幕を開くことになった。
それまでのラングスドルフ大佐は、グラフ・シュペーの修理をそれなりに果たして、祖国ドイツへと帰還できないか、と考えていた。
だが、そこに全く無傷の日本の重巡洋艦2隻と駆逐艦4隻が現れ、自らは反撃不可能な現実を前に、終に祖国ドイツへの帰還を、ラングスドルフ大佐は断念する事態が起きたのだ。
「総員退艦せよ。本艦は自沈する。日本の軍艦には、機関を停止すると共に、降伏するとの意思表示を示して、自沈するまでの時間を稼ぐのだ。尚、私は最後に退艦する」
ラングスドルフ大佐は、そのように速やかに部下に指示を下し、部下はその指示に従った。
そして、部下は隔壁を全面開放する等、速やかに自沈の準備を行った。
ラングスドルフ大佐は、それを満足げに見届け続けた。
一方、日本海軍側は、グラフ・シュペーが機関を停止し、降伏するとの信号を掲げたことから、警戒態勢を執って、使者が来るのを待っていたが。
グラフ・シュペーから相次いで救命艇が降ろされだしたことから、日本海軍側もラングスドルフ大佐の意図に気付いた。
そして、慌てて、グラフ・シュペーに接近しようとしたが。
「もう手遅れだ」
そう呟いた後、ラングスドルフ大佐は、ドイツ帝国海軍の軍艦旗を手に持ち、部下に引き留める間を与えずに、艦長室に一人籠ってカギを掛けた。
その直後、銃声が艦長室内で響いた。
その音を聞いた全ての部下が覚った。
ラングスドルフ大佐は、自らを処したのだと。
そして、その音を聞いた部下の殆どは。
思い思いの方法で、ラングスドルフ大佐に敬意を表した後、沈みゆくグラフ・シュペーから退艦していった。
更にそれを伝え聞いたグラフ・シュペーの乗組員の殆どが、泣き崩れることになった。
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