第10章―9
そんな大戦果を、古賀峯一中将が直率する水上打撃艦隊が挙げる一方で、小沢治三郎少将が率いる機動艦隊は、トロンハイム周辺に敢えて目標を定めていた。
「ナルヴィクにドイツ艦隊の一部がいた、ということは、トロンハイムにもドイツ軍は戦理上、上陸作戦を展開する筈だ。既に上陸作戦を展開したかもしれないが、こういったことは一斉に行うことで、敵であるノルウェー軍の混乱を基本的に図る筈、そして、ナルヴィクに現在のドイツの最大の主力と言える巡洋戦艦2隻が投じられていた以上、装甲艦2隻か、3隻はトロンハイムに投入されるだろう」
第二水雷戦隊が、ドイツの巡洋戦艦2隻と交戦して勝利を収めた、という古賀中将からの連絡を受けた小沢少将はそう判断し、参謀達もその判断を是としたのだ。
とはいえ、北欧の長い夜は、日本艦隊の偵察能力をどうしても下げてしまう。
更に言えば、第四水雷戦隊等が直衛しているとはいえ、装甲艦を始めとするドイツ海軍の水上艦艇との戦闘は、空母、航空隊を主戦力とする日本海軍の機動艦隊にとって避けざるを得ない。
又、幾ら英海軍の協力を得て、空母4隻には対空警戒用の電探を装備できたとはいえ、ドイツ空軍の協力を得た中国国民党空軍による上海沖の苦い経験を、日本海軍が糧にしたこともあった。
その為に、トロンハイムから西北に100海里程、離れた海域で基本的に日本海軍の機動艦隊は遊弋して、ドイツ水上艦を捜索することになった。
そんな様々な苦戦の末、ナルヴィク沖で金剛の艦橋上で凱歌が挙がったほぼ1時間後、
「ようやく、ドイツ水上艦隊を発見しました。大型艦3隻から成る艦隊とのこと。恐らく装甲艦でしょう。尚、艦隊上空には、戦闘機はいない模様です」
偵察機からの報告を受けて、小沢少将は考え込むことになった。
敢えて艦爆と艦攻だけで、ドイツ艦隊を攻撃すべきだろうか。
それとも戦闘機が待ち伏せしている危険を考えて、護衛戦闘機を随伴させるべきだろうか。
実際に日中戦争で、護衛戦闘機のいなかった陸攻隊は大損害を受ける羽目になった。
だが、淵田美津雄少佐を始めとする搭乗員達の主張が、結果的に小沢少将の悩みを吹き飛ばした。
「戦闘機隊は、我が艦隊上空の防空任務に全て当てて下さい。ドイツ水上艦隊に空母はいない以上、戦闘機隊が艦隊上空を護っている危険性は低い。それに対して、もしも我々が戦果を挙げている間に、空母が沈められては目も当てられません」
そのように搭乗員達は挙って主張したのだ。
その主張を聞いて、小沢少将は空母4隻から総勢144機、艦爆72機、艦攻72機の攻撃隊を二波に分けて出撃させた。
そして、彼らは偵察機の誘導により、ドイツの装甲艦3隻に襲い掛かった。
北欧のこの時期の長い夜の中で行われたこの攻撃だが、この攻撃に加わった面々に言わせれば、極めて不本意な結果に終わった。
艦攻隊の攻撃は、最終的に魚雷28本が命中したに過ぎなかった。
艦爆隊の攻撃にしても、急降下爆撃を行ったにも関わらず、50発程の命中に止まった。
攻撃に参加した面々にすれば、余りにも低い命中率だったのだが。
(尚、何れも日本側の攻撃隊に参加した面々の主張に基づくモノである。
こうした場合、攻撃に参加した搭乗員が、他人が行った攻撃による命中についても、自分の攻撃によるモノと錯覚する事態が多発することから、実際は、この半分も命中していなかったのでは、という推測が為されている)
だが、その戦果は絶大なモノ、と言って良かった。
リュッツオウ、シェーアの2隻は、相次いで日本の航空攻撃の前に沈んでいった。
その中で、グラフ・シュペーのみは、何とか日本の航空攻撃に耐えて浮かび続けてはいた。
ドイツ海軍の装甲艦には、護衛の駆逐艦等はいなかったことから、対空砲火も弱く、又、戦闘機隊の支援も無かったことから、日本海軍航空隊の攻撃は、大戦果を挙げることになりました。
尚、幾ら何でも日本海軍航空隊の魚雷や爆弾が当たり過ぎ、と言われそうですが、これはあくまでも攻撃した側の主張です。
そして、攻撃した側が、過大な命中を主張するのは、史実でもよくあることなのです。
数話後で、米内洋六少佐が聞いた噂話という形で、フォローします。
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