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人ならざる存在




 廃れた町のように、音が消えた空間。いるのは僕と目の前の存在。数でいうならば二。されど、目の前の存在が『人』なのかと問われれば、即答できない自信がある。

 男なのか女なのか。

 わからない。

 未知なる経験であった。男性に見えるワイルドな女性や、女性に見える綺麗な男性はアズールでも度々見かけた。それはメイクしていることもあれば素で見える人もいた。ただどちらにしても、男性に見えるのか女性に見えるのか……どっちかと聞かれれば、一応の答えは出せる問いである。

 目の前の存在は、どちらも不正解であった。

 いや、不正解ではなく、該当しないが正しい。怖いぐらいに、どちらかわからない外見をしている。


「余はお兄さんに会いに来た。ちょっと話がしたくてね。やや面倒ではあったがこういう手段をとらせてもらったこと、許してほしい」


 中性的な顔立ち。男でも女でもありえそうな顔つきをしている。

 目は黒で髪は白。対照的な色で、髪の長さは耳まである。細く繊細な髪質は、一見女性と思わせるストレートな髪型だった。しかし、身体つきがやけに男らしい。中肉中背の体格に引き締まった筋肉が外からもわかる。女のようで男。男のようで女。

 服装は海の色と思わせる淡い青色のカーディガンを羽織っていた。ズボンは大き目で足元まで伸びておりぶかぶかな状態。胸元に光る指輪のネックレスが妖しく光る。


 そして一番不可解なのが、先も述べたがこれだけの情報が得られる中、目の前のそれが『男か女かはっきりと断言できない』ということだった。理屈ではなく感覚が、眼前の存在を性別などで区別できないと訴えている。どうしてなのか、通常なら多少の不安はあるけど男女の区別ぐらいできるだろう。

 まるで、僕の身体が不思議な魔力に浸透されていくような。

 僕じゃない何かがそっと思考を遮っているかのような。

 どうすればいいのか全くわからない状態になっていた。こんなことは初めてだ。恐怖であり、驚きでもある。


「余としては、男女の隔たりなど他愛ないものさ。万物なる存在は全て底で繋がっている」

「共通潜在意識による無意識空間ですね」

「ほぉ。なかなか博識じゃないか。やはりお兄さんと接触して正解だったよ」

「精神論の話です。僕が知っているのはそれぐらいです」

「構わないさ。余の考えを理解できるという時点で合格だ」


 あくまで精神論の話だ。

 人間には意識と無意識が存在する。

 意識とは当然ながら我々が考えたり行動したりする際に必ずついてまわるもの。無意識とはその裏にあり、同時に潜在意識の底にあることを指す。その潜在意識の底とは我々の固定観念(意識)から明確に離れていて、言うなれば固定観念の枠外にある。つまり、邪魔な考えを全て吹き飛ばし何者にも束縛されず解放された思念体のことだ。これが共通潜在意識であり、通じ合える中心部分ともいえ、人々は皆この部分で繋がっているとされている。


 イメージしやすい例えを出すなら、大勢の人がふわふわ浮いている。浮いている人の心から一つずつ、すぅー……と糸が下に降りてくる。糸は何十、何百、何千となり、大きな皿のような形を成す。生きている者は皆、この皿の上に浮かんでいるのであり、繋がっているということ。

 ある時、不意に後ろを見ると誰かが自分を見ている場面に遭遇したことはないだろうか。この場面は、いわゆる今説明した糸が、見ていた相手と自分が心(意識)の底にある皿で繋がっているからこそ気付けたものなのだ。……と、いうことらしい。


 まぁ、いろいろ説明はしたけれど。

 はっきり言って、わけがわからない。宗教学か精神学で教わることだ。

 僕だってそれっぽい本を読んだだけであり、なんちゃって精神論でしかない。


「余についてどう思った?」

「正直、畏怖と困惑が半々」

「だろうね。悪かったよ。しかし再度言うがこういう方法でしか余はお兄さんと接触できない。わかってほしいな」

「では、単刀直入に聞きます」

「駄目だと言っても言うのだろう?」

「はい。貴方は何者ですか」


 別空間にいるかのような場所だ。何が起こっても不思議じゃない。先日の尾行の件もある。この何者かが、敵ではないという証拠はどこにもないのだ。どちらかといえば敵だと判断すべきかもしれない。あまりにもこちらの枠外な存在に、上手く思考がまとまらない。そもそも、人なのだろうか。

 僕の質問に、しばし唸る。唸りに唸って、大きく溜め息。


「その質問には答えられない。答えてしまってはお兄さんが残念な結果になるだろう」

「残念な結果?」

「うむ。ふぅむ、そうだ。ではこれを『謎』にしよう!」

「……は?」

「お兄さんが求めている謎だよ。よかったねぇ。候補の一つに加えておくといい。『クロネア永年図書館に現れる、不可解なる存在が何なのか解明せよ』……だ」

「貴方は、僕が何をしにここへ来たのか知っているのですか?」

「当然じゃないか。といっても何もない状態では厳しいかな。助言を一つ授けよう。先ほど余がお兄さんに感心した万物なる存在は全て繋がっていることについてだ」

「あれが何か?」

「行き詰まった時、考えてみるといい。助けになるだろう」

「……」


 にっこりとほほ笑んで、胸元にある指輪を触る。


「安心したまえ。変な教主様でもなければ押し付けがましい精神論者でもない。中身を掘り下げてはいけない。考えるだけ無駄だ。ただ単に表をみるのだよ。全体を見るのだ。そして繋げなさい。おっと、助言が過ぎたね。今日はこれぐらいにしておこうか」

「まるで、どこぞの半纏を着た女性みたいな方ですね」

「誰だそいつは、かなりの変人だな。きっと余とは相容れない存在だろう」

「いいえ、妙に謎めいているところがそっくりですよ。ただ……」

「ん?」

「おおよその見当は、ついてますがね」

「ハハハ、だろうね。余がお兄さんでもそう思うだろう。だが、証拠がないぞ?」

「えぇ、頑張ります」

「楽しみにしていよう。証拠がないにしても、その見当は正解だ。うむ。一歩前進したと思っていいよ。だがね、『これから』が大変だぞ。トントン拍子に事が運んでいるとは思わないことだ。あくまでお兄さんが今日までにやったことは、謎を列挙しただけなのだから。肝心の材料となるものは何一つ手に入れていない。覚悟したまえ。すぐ気付くことになるだろうが、余の存在は大きな足かせになるだろう」


 思わず笑ってしまった。確かにこの方は半纏女にしてアズール図書館の司書であるステラさんとは違うようだ。

 何故なら、あの女性はこんなにも助言をしてくる人ではない。ほんの二言、三言にメッセージを凝縮する手法をとる。対しこの方は、よく話し重要な文言やメッセージを散乱・攪乱させる手法をとっている。似ていながらやり方が全然違う。

 面白い。

 恐怖や困惑はいつの間にかどこかへいき、あるのは沸々と湧き上がる謎に対する情熱だった。

 時間切れなのか、薄らと目の前の御仁が消えていく中、最後に笑顔で手を振る。


「必ず暴いてみせますよ。証拠を集めてね。……楽しみにしていてください。“不死なる図書”さん」

「はて。余は知らんね、そんな超かっこいい存在」

「あんただよ」


 空気が弾けたような音がして、我に返る。

 

「……」


 ぞろぞろと、誰一人いなかった空間から館内にいた人たちが通り過ぎたり本棚の本を取ったりし始める。何事もなかったかのように。最初からこの状態であったかのように。誰も不思議そうにしていない。普通に図書館の本探しを楽しんでいる。


 きっと何を聞いても何を言っているんだと返されるだろう。それほど、僕がいた不思議な世界は別の存在だったのだ。切り取った……空間だったのかもしれない。

 深く息を吐き、震える手を見る。まさかこんな展開になろうとは。百歩譲って今起きた展開を受け入れるにしても、相手側は動くのが『早過ぎ』だろう。まだ図書館に訪れて二回目だというのに。想像以上に、この図書館の謎と魔術は、深く広いようだ。


「見つけた! おーい、お前ら、いたぞ間違いねぇあの腐った蒼髪!」

「本当だ! あの深海のような暗すぎる髪は兄貴に違いない!」

「えぇそうね間違いないわ。さてモモちゃん。準備はいい?」

「もちろんですユミさん。愚か説教を開講します」


 楽しそうで何よりだよ、ったく。

 呑気な連中だ。さて、説教をどれだけ短縮できるか……考えよう。



   * * *



「どう頑張っても信じらんねーな。誰だその変態」

「“不死なる図書”だって言ってるだろ」

「いや、ありえねーよ。不可解な点が多すぎる」


 夜。魔法の館に集まって、今日あったことを皆に話した。最初は皆が喜ぶと思っていたが、確かによくよく考えればおかしな点が多すぎる。存在や出現の仕方、言い回し、いくつかあるがその最たるものが『先日挙げていた候補の二つ』をあの存在が登場したことで、簡単に解決できてしまったことであった。

 候補②『如何にして双子の王族はクロネア永年図書館が不死とわかったのか、解明せよ』

 候補③『どうして、魔術定義の例外とされる外から受けた魔術であるのに、内から魔術が解除できることを断言できたのか、解明せよ』


「仮にシルドが会ったという変態が、本当に“不死なる図書”だとしたら候補②と③は解けたも同然になってしまうぜ」

「あぁ。どちらも、あの存在が当時の学園啓都における統治者に自分は不死だと言って、さらに自分が魔術を解除すれば死んでしまう鯨だと言えば、難なく解決する」


 候補②と③の解答。

 あの自分のことを「余」とかいう存在が、双子の王族にさくっと答えを話したから。


「問題はどうしてその記述が無いのかという点だ。ルェン・ヴァルキリーが言うにはクロネア永年図書館は意思伝達ができないと知られている。なのにシルドに接触できている。おかしいだろ、普通なら当時の統治者である双子の王族に言って、他の奴らにも信じてもらえるように変態となって出てくるはずだ」

「だよなぁ」

「兄貴」

「うん?」


 イヴがユミ姉に頭を撫でられながらちょっと考えて、聞いてくる。


「その変な存在は、兄貴に『すぐ気付くことになるだろうが、余の存在は大きな足かせになるだろう』って言ったんだよね」

「そうだ」

「それって、自分が出現したことで兄貴たちを混乱させると事前に忠告したかったんじゃないの?」

「……」

「あと、これからが大変だぞって言ったんだよね。トントン拍子に事が運んでいるとは思わないように。あくまで兄貴が今日までにやったことは、謎を列挙しただけだということ。肝心の材料となるものは何一つ手に入れていないとも。つまりさ」

「僕らが今出した候補②と③の答えが、自分じゃないと言いたかったのか」

「うん、だと思う」


 今日までにやったことは、謎を列挙しただけ。

 新しく候補④としての謎を提供しただけ。

 さらに、肝心の材料となるものは何一つ手に入れていないとも言った。おそらく、あの不可解な存在は自分が謎を解くための材料ではないと言いたかったのでは……。だとすれば、『彼(彼女)』は“不死なる図書”ではないのか。


「じゃあアレ、何だ」

「だから変態だろ」

「変態で片付けるな。くそ、わけわからん……! モモはどう思う?」

「百歩譲ってその存在がクロネア永年図書館だとしたら、シルドくんが様々な苦難を乗り越えて自分が登場してもいい舞台まで上がれるだけの実力を身に着けてから……姿を現すと思う。それぐらいしないとシルドくんを信頼しないだろうし、クロネア人が知らない意思伝達ができるという真実を、そう簡単に見せるとは思えない」

「モモお嬢様に同意です。ただ、一つだけ例外があるでしょう。先に登場する必要があった場合です」


 リュネさんがモモの髪を高価な櫛で手入れしながら続ける。リリィは話についていけないのか、ミュウの前に座ってこっくりこっくりと寝ていた。そんな征服少女の赤い髪をミュウが楽しそうに遊びながらリュネさんの言葉に続く。


「“不死なる図書”の存在を出すことで謎としての基盤を出したかったのなら、早々に出てきた理由にもなるね。証拠にシルドくんが正体に気付いている素振りを見せた後に『その見当は正解だ。一歩前進したと思っていい』と言っている。自分の正体については認めているんだよ。ただ、正体がわかったところで候補②と③が解決するわけじゃないってことだね」


 鯨が不死者になったことと、鯨自身で魔術を解除できると当時の統治者に教えた『者』は、自分ではない。だとすれば、誰になるのか。いや、もしかしたら当時の統治者は教えてもらったのではないかもしれない。そもそもが、間違っていたのか。誰かに教えてもらったのではなかったとすれば……。


 何らかの方法で、知る術があったのだろう。わざわざ“不死なる図書”が教える必要などなく、最初からわかっていた。誰も知らずわからない奇跡の魔術を、最初から……?

 候補①『いかにして奇跡の魔術が発動したか、解明せよ』

 そしてここに戻るわけか。なるほど。

 候補④『クロネア永年図書館に現れる、不可解なる存在が何なのか解明せよ』。


「結局は謎が増えただけか」

「大丈夫よシルド。候補④は“不死なる図書”で正解でしょうけど、証拠がないだけ。半分わかったと思っていいわ」

「その証拠が難しいんじゃないか、ユミ姉」

「まだまだこれからでしょ? そして最後にその変態さんは有益な助言もくれた」

「万物なる存在は全て繋がっている」

「えぇ。候補はどれも繋がっているのでしょう。バラバラなのではなく、点であるということ。なら結べばいい。次にやるべきことは、候補を列挙するだけの作業から、平行して結ぶ作業も加わっていくことに昇華した。だから変態さんは出てきたのよ。合図なのでしょうね」


 これからも、候補は増えるかもしれない。ただ、増えたとしてもそれらは繋がっている。

 うわ、超面倒くさいな。考えるのが大変じゃないか。どうすりゃいいんだ。……などと愚痴っていても仕方がない。やるしかない。


「で。どうすんだよォイ」

「わからん」

「だろうな」

「結局振り出しに戻ってきた感が否めないけど、バラバラじゃないってことはわかった。繋がっていることも。だとしたら、一歩踏み込む必要があるね」

「ほぉ。……昔を遡るってか?」

「さすがジン。当時、学園啓都の当事者であった双子の王族について調べる必要がある。どうにもそこが点と点を結ぶ鍵を握っていると思うんだ」

「だとしたら、歴史関係に詳しい奴を拉致る必要があるな」

「拉致んな。ルェンさんに聞こう。誰か詳しい人を紹介してもらうんだ」

「少しずつ動いてはいるな。何もしないより千倍マシだ。ミュウ、明日も第六極長はここに来るのか」

「うん、来るって。昨日お休みだったらしいから数日間は一緒に行動できるらしいよ」

「重畳。なら遠慮なく動いてもらおう」

「一応、僕の試練なんだけど」

「知るか! 暇なんだよ!」


 さて、文字が読めない以上できることは限られている。限られている中で、模索し解決の糸口を掴むのだ。それも一人じゃない。大勢の頼もしい魔法師たちがいる。だから信じるんだ。今やっていることは間違いないと。仮に間違いだとしても、皆で考えれば怖くない。

 もう、一年生の前期の頃とは……違うのだから。寂しくない。


「よし、明日は学園啓都の歴史を……紐解きに行こう」


 待ってろ、“不死なる図書”。

 必ず謎を、暴いてみせる。

 あんたもきっと、繋がっているのだろうから。



   * * *



「では、明日、手筈通りにいくぞ」

「了解した」

「ヘ、ヘヘ、ヘヘヘヘ」

「目的は奴一人だ。他はどうなろうと構わん。邪魔をするならば考える暇すら与えず…………ぶち殺せ」





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