不死なる図書
図書館と言われれば、どんな館であろうとも、『建造物』であることに変わりはない。アズール図書館を予想する時でさえ、あれこれ考えたが建造物の枠内の話であった。実物でさえ、その枠内から抜け出してはいなかった。
眼前に現れるは、前世における海の王者。
ただ、共通するのは形だけで、あとは何もかも違う。別種である他、言いようがない。
「入り口に進むためこのままの高度を維持します」
半透明な鯨は、まったりと存在していながら大空に浮かんでいる。
時々目がパチパチしていて、生きている証を示していた。半透明であるため、内部は今いる位置からでもくっきりわかる……。まるで身体を覆う皮膚を透明にし、中身を丸わかりにしたような、そんな感じである。
体内は僕らに馴染みのある、本棚や本が至る所に配置されていた。当然そこには人や魔物がいて、読書していたり歩いていたりしている。階層は見えるだけで全九階層。一番上は本棚がなく、読書空間として配置されているようだ。ここからわかるものはそれぐらいで、あとは近くで見てみないとわからない。とにかく、はっきりしていることは、生きている鯨が半透明となって、図書館となっていること。
頭がおかしくなりそうな光景なれど、事実、目の前にありありと浮かんでいる。
鯨という名の……図書館が。
「少しずつ下降します。しっかりと手綱を握っていてください」
カジキと馬、ドラゴンがゆっくりと高度を下げていく。鯨の周りには雲が二百以上ふわふわと浮かんでいて、そこでも休憩したり話している魔物や人がたくさんいた。僕らが向かう先は入り口……。文字通り、口。
真正面から見るとその巨大さに圧倒される。
口というよりも、髭のカーテンだ。半透明であるため薄らと見える程度。それでも上からふさふさした髭の壁が僕らを呑み込むように待ち構える。このままではぶつかると思い、思わず手綱を強く握るものの、するんと抜けて通過した。
「……え?」
「口の上部分は入り口に。下部分は出口となっております。入り口は特に問題なく入れますが、出口は本を勝手に持ち出す者を髭が感知し、無条件で絡め捕る仕組みになっています」
言われて下を見ると、ひゅんひゅん飛んで鯨から出ていく方々がいる。皆バックや入れ物を持参し、中には本や書物を抱えている。髭に触れる瞬間僅かに身体を触られるものの、一瞬で終わるため問題なく出て行けるようだ。交通を効率的に配分させるため、入り口と出口を分けているのか。
そのまま僕らは高度を落としつつ中へ。つまり鯨の舌の部分へ。
舌は、巨大なエントランスホールになっていた。
大会場並みの広さであり、大勢の人や魔物がいて雑談や待ち合わせをしていた。子供はかけっこをしたり親と遊んでいたりと、自由にすごしている。僕らのように上空から降り立つ者もいれば、帰るために空を飛んでいく者も。ところどころに大きな岩があって、何やら文字と時間が記されている。文字は途中、消えたり変更したりしながら赤く光っていた。
「あぁ、これは図書館と大園都を結ぶ巨亀ラメガの時刻表です。ラメガの他にも移動を受け持つ民間飛行会社もありますので、待ち時間と時刻、民間の場合は料金も記しているのです」
無事にホールへ降り、慎重に地を踏む僕らを微笑ましく見守りながら、ルェンさんが説明してくれた。
ふぅ、と思わず息をついてしまう。そして大きく辺りを見渡した。
「なんか、その、凄いですね。言葉が出ないっていうか」
「私も初めてここに訪れた時は同じ気持ちでした。驚く以外にやることがないんですよね」
「リュネ、あそこ」
「えぇ、さすがお嬢様、行って参ります」
「私も行くわ。一緒に行きましょう」
モモが何かを見つけたのか、興奮気味にリュネさんと走って行く。後ろから何故かレノンもいて。三人が向かった先は五人ほど列があるお店だった。そそくさと列に並び、何かを買って、笑顔で戻ってくる。手にはいっぱいの……?
「何? それ」
「チェルーよ。クロネアのお菓子として有名なの。ここにあるとは思わなかったけど、見つけられてよかった」
数種類の木の実と、花、白いふわふわした何かを薄い生地で包んでいる。白いふわふわは食雲だという。レノンが買ってきた二つのうち一つをくれたので、出遅れた感は否めないけど口に運んだ。
「……うまっ!」
「イヴがおすすめって教えてくれたの。本当に美味しい」
「木の実ってこんなに甘いんだ……!」
「あぁ、それは向こうの山脈を越えた先にある旬の木の実ですよ。採りたてをすぐに調理しているので、自然本来の味が楽しめるのでしょう」
「この白い雲は、甘い中にちょっとだけ苦味もありますね」
「さすがリュネさん。御名答です。名前を蜜雲といって、甘くありながら少し苦味があり、脇役として重宝されています。ふわふわした蜜雲と滑らかな粘りをもつ蜜雲があり、チェルーに用いられるのは後者になります。主役は木の実と花で、蜜雲はその甘さを一層引き立てる感じでしょうか」
次第にデザートの話となっていき、モモとリュネさん、ルェンさんにカジキに変身していた女性も加わって、お菓子談義に花が咲いていた。
僕とレノン、小ドラゴンと馬鳳に変身していた男性も併せて男四人で雑談する。話した内容は大園都の名物の他、旅行客におすすめの名所などだ。最近ではアズールからの客も増えてきており、アズール民をどう受け入れるか各飛行会社で話し合う機会が増えているという。問題はもちろんあれど、基本的に人と魔物の問題発生、解決を何度も繰り返してきたクロネア人には、アズール人との問題は些細なことだという。
「こういうのは時間が大事だ。歴史問題や国民意識の底をつつくものだからさ。ちょっとずつ、広げていけばいい。いきなりやるってのが一番駄目だな」
ドラゴンの男性は学園啓都を卒業後、大園都の飛行会社に就職したそうだ。魔術のレベルも高く、クロネア王都での就職先も勧められたものの、学園啓都が好きになってしまいここでの就職を希望したという。
「俺はそこそこ結果を出してから評価されて何とか要望が通ったんだが、もし学生生活の中であまり結果を出せなかったら、今とはまったく違う場所に配属されてただろうな」
「実力主義、ですか」
「そうだよ。アズールはよく知らないけど、ここでは自分の力が全てさ。自然が綺麗だし魔術は幅広く奥が深い。やることはいっぱいある。でもね、自分の能力をはっきりと示すことができないと、誰からも認めてはもらえないのさ。ま、当たり前の話だけどね」
どこか寂しく、色のない笑み。横にいた馬鳳の男性もまた、黙ってそれを聞いていた。
暗と明がある。アズールにだってきっとある。どうしようもないほど残酷で、現実の問題。完全実力社会であるクロネアは、能力なき者に容赦はしない。自分で結果を出さねば勝ち取れない国。ルェンさんもまた、己の実力で極長に昇ったのだろう。
そろそろ極長とは何なのか、聞いてもいい頃合いかもしれない。いや、遅すぎるのだが。どうも聞くタイミングを逃してしまったようで。情けないなぁ、どうしよう……帰ってイヴとユミ姉に思い切って聞いて見るのが一番か。たぶん怒られるだろうけど。
「さて。ルェン、この後はどうするんだい?」
「そうですね。アシュラン様はどうなされたいのですか」
「できたら入りたいんですが、旅行客の僕らには無理な話ですよね」
「いえ、できますよ?」
「ですよね……。ぅおえぇ!?」
「本の貸し借りはできませんが、館内に入って動くぐらいなら問題ありま」
「本当ですか!」
「は、はい……」
「本当に入っていいんですね!?」
「え、えぇ……」
「館内ならどこまで行っても大丈夫ですか? 閉館時間は? 貸し借りではなく読むのなら問題ないんですよね? 読書する上でクロネアにおける注意事項はありますか? 主にどんな本が収められているのでしょう? 本の数は? 歴史書はやはり多いのですか? アズール民でも読める本はありますか? おすすめはどこですか? 魔術の本はありますか? 世界の」
「あ、あの、落ち着い」
「あぁこうしちゃいられない! モモ、ちょっと天国行ってくる!」
「駄目」
それからモモと少し喧嘩して、負けて、今日は二時間だけの探索となった。
何であんなに強いんだろう彼女は。本のことで頭がいっぱいになっていたというのもあるが、こちらの意見に対する反論を的確に返してあっという間に論破された。ただ純粋に図書館にいたいだけなのに、できたら数時間ほどいたいだけなのに、希望としては閉館時間までいたいだけなのに。どうしてなのか。
今は、四階にあるフロアにいて、のんびりと外の景色を眺めていた。後ろではモモとリュネさんがわからないクロネア語を一緒になって懸命に解読している。横でルェンさんが楽しそうに笑っていた。なんでも、彼女らが頑張っている本は三才が読むための絵本だそうで。それでもクロネア語初心者の二人にはかなり難易度は高そうだ。
一面に広がる草原。
風に撫でられ、嬉しそうにゆらりゆらりと揺れている。
ここが鯨の体内とは露ほども思えないもので。しばし何も考えられず、呆と景色を眺めていた。
「どうしようかなぁ。第二試練」
忘れてはいない。ただ、どうしたらいいか途方に暮れているだけ。クロネアに来る前からわかっていたけど、考えたら解けるものでもない問題。アズール図書館の司書・第二試練。『他国の図書館の謎を解明せよ』。
謎。
さて、いかなるものか。手をこまねいているわけにもいかないか。行動あるのみである。
まずは、“不死なる図書”について、調べよう。
* * *
「……随分と遅かったな」
「まさか小生が呼ばれるとは思わなくてね。一人で釣りをしていたよ」
「『怪人』、話は聞いているだろう」
「おおよそは、といったところかな」
「実直な答えを聞きたい」
「時期尚早な決断であろうよ、姫」
「……そうか」
「まだ彼らが来て二日目。単なる旅行かもしれないし、別の目的で来たのかもしれない。一ヶ月という短い期間で何ができるのか定かでない。が、小生ならばまず、ここクロネアがどういう国なのか身体で感じ、とりあえず思いつく手短な疑問に着手して、理解しながら土台を整えるのが常道かと」
「貴様自身としては、どうだ」
「二度は言わんよ、姫。焦り過ぎだ」
「私にはどうしても旅行などという遊びには見えんのだ」
「ならばジン王子以外の者に接近されてはどうか」
「……何?」
一息。
「小生としても、彼らには多少の興味があってね。もっと言えば、ジン王子ではなく横にいる友達にだ」
「横? 横にいたのはピッチェス・コルケットという右大臣補佐の男だが」
「違うよ姫。彼らが学園啓都へ入港した際、随分と面白い余興をしてくれたそうじゃないか。報告を聞いた話では、その際、ジン王子と共にもう一人……空へ落ちた者がいたそうだね」
「あのゴミ男が巻き込んだ哀れな貴族にしか見えなかったが」
「だからこそだよ。まだジン王子に直接触れてはいけない。あれは危険な果実だ。触っただけでこちらが溶けてしまう悪魔の果実かもしれない。ならば周りの実で調べてみるのさ。ほころびは、案外思わぬ形で出てくるものだよ」
「では、誰にその任務を」
「『怪』しく、そして『人』でなしの小生が適任さ」
「……ふむ」
「興味深い。あぁ実に。小生の魂は喜びに満ちている。ならば行くしかあるまいよ。第三極長『怪人』、ゆらりと参ろう。風変わりな蒼髪貴族、シルディッド・アシュランのもとへ」




