妙案の先に
「んで、ボルに偉そうなこと言ったものの……」
「ジンの魔法、今回は全然役に立たないよねー」
「うるせーぞミュウ」
「ジンが使う魔法って初代アズール王の継承魔法なんだろ? 是非とも見てみたいんだけど」
「クロネアから帰ってきたら『十四師団・武稽古総会』ってのがあるからその時に見せてやるさ」
「何だよそれ。知ってるモモ?」
えぇ、と濡れた髪を触りながらモモは言う。
「十四師団内で腕に自信のある者が集まり武芸を競う大会よ。自己申告制だから強制じゃないけど、結果を残せば昇進に繋がることもあって出場者も多いみたい」
「何それ! 私も出たいよ!」
「駄目よリリィ。師団内の催しだから外部の者は見学するしかできないの」
「ちぇー。あれ、なら何でジンが入ってるの?」
「十四師団・団長と戦える機会が年にそこだけなんだよ。あの野郎、今年こそは必ず殺す」
団長は十四師団の総括業務に加えジンに武術を教えている。反則的に強いそうで、彼もジンと同様、継承魔法の使い手だそうだ。王子である身分を利用して毎年ジンも出場するのだが、必ず団長に敗北し優勝をもっていかれるそうで。去年は決勝まで昇りつめており、年を重ねるごとにジンも強くなっているという。
「まぁそれはともかく、現状はかなり切迫してんな。ミュウ、夕方まで残りいくらだ」
「八分」
「まずいな。正直な話、打つ手ねーぞ。ボル、一応聞くがカリエィは水壁の内側にいるんだよな?」
「御意。拙者と共におりました」
「ならどっかにいるってわけだが……参ったぜ」
そうだ、ジンが自信満々に勝利宣言したのは彼の人柄もあるだろうが、強がりでもあった。
時計で例えるなら、中央をロギリアとして真っ直ぐ上の12時と、右の3時を線で結び三角形とする。線には水壁があり、決して外部には出られない。敵を逃がさない方法としては実に効果的なものだ。ただ、それも相手側は見越していたのかもしれない……。
足元を見れば、既に水がくるぶしまで達していた。
かなりの広さであるこのエリアも、あれだけの水流ではあっという間にここまでくるのか。
「……」
一つの、妙案が生まれる。しかし、明らかに常軌を逸しているし、殺人未遂ギリギリのものである。時間は残り六分。だが、これ以上何か策があるのかと言われれば、ない。
「シルド」
「な、なんだ!?」
「それでいけ」
「……お前、化け物かよ」
「勘だ勘。何とかなくお前の顔がいい感じだったからそれに賭けようってだけだ」
まったくこいつは、どこまで恐ろしい男なのだ。流れを手中に収め軽々とかき回す。どんな状況であろうとも高々と笑い苦境をぶち壊す。負け戦であろうとも威風堂々と前へ踏み込み活路を見出す。常識を非常識に変え非常識を王道とする。
改めて、変な男だなぁと笑ってしまった。残り五分。
「リリィ」
「お、私の出番?」
「出番っていうか、リリィにしか出来ないこと。あくまで思いついただけのことで、やってもらうのはリリィなんだ」
「ほぉほぉ」
「だから」
もうすぐ一時間が経過しようとしていた。ウチの我儘末っ子が無謀にも騎士団隊長に挑み、ボロボロに崩れて終わった。もう少し周りを考えろってんだ。古代魔法を扱える僕にバトンタッチして長時間ずっと“心眼の蕾”を発動していたお前は休めばよかったのに。意地を通してまでやりたかった結果があれだ。笑い話にもならん。帰ったらいっぱい叱ってやろう。うんと、叱ってやろう。だから……
「絶対に最後の一人を見つけたい。かなり無茶なお願いだけど」
「やるよ。出来なかったら死んで詫びる。あぁ、イヴにたくさん謝った後だけどね」
「……これからもあいつと仲良くしてくれると嬉しいかな」
「当然、ずっとそのつもりだよ」
アズールに来て良かったと思うことが、また一つ増えた瞬間であった。
* * *
500メートル。リリィが作り出した水壁の標高を指す。
アズール図書館の下にある巨大な空洞の本湖の標高は260メートル。約二倍という圧巻たる自然の壁。その凄まじさはとてもじゃないがアズールで生み出せる者は彼女を置いて他にいないだろう。オレンジ色の空より降下する濁流の一撃。ただ、このまま大地にその勢いを任せてしまうとローゼ島が破壊されかねないので、リリィにお願いして地面に触れる瞬間勢いを消し、内部に流してもらうよう修正してもらった。そのお願いをしたのが、おおよそ五十分前。
僕らは今、モモが生み出した紺色の絨毯に乗っている。ふわふわ浮いて空から見下ろしていた。目の前には空中に氷板を作りその上に立っている一人の女性。沈黙して彼女を見ていた。残り四分。
「裂けろ」
水壁の高さは500メートル。けれどたった今、標高の長さが変わった。
100メートル。
天高くより降り注いでいたさっきとは違い、随分と地面に近づき少し顔を上げれば見える位置となる。では残りの400メートルはどうなったのか。消したのか。否、あくまで分断しただけであった。
今回の戦い、最初に僕は籠城作戦とした。ジンがロギリアへ立て籠もり徐々に敵を減らしていくという珍しい作戦であった。けれど、戦いは舞台を変えて林が生い茂る深緑の三角世界へと移った。当初はこちらだったのが、今ではあちらの籠城戦へとなってしまった。
と、なれば、答えは簡単であった。
前世を紐解けば、籠城戦を展開した敵をどう攻め落としたのかいくつか方法がある。こちらも充分な戦力をもって相手に挑む持久戦、敵の食糧経路を絶ち生命の活力を失わせる兵糧攻め、スパイを潜り込ませ中から崩壊させる裏切り、士気と食糧を削ぐ火攻めなどだ。どれも戦法として効果があり、成果を出したものが多い。
僕らはどうするか。
持久戦にしてももはや時間は三分を切った。兵糧攻めも同じだろう。裏切りなど相手には無意味、火攻めとなれば森林火災が発生して林を燃やすことになる。ならば、打つ手は一つしかない。この状況を打開する策として、最も効果的な一手はこれ以外ない……!
「水攻めだ」
高さ400メートルにも渡る特大な三つの『壁』が、天より大地へ降下した。
まるで折り畳まれるように、切り離された濁流の面がこちらにやってくる。
空はもはや見えない。海底から空を見上げたような、薄らと光るオレンジ色が映るだけ。
あるのは、ただただ水のみ。
上下左右、囲まらざるは自然の涙。命の息吹。
言葉を失う豪快たるそれは、見上げる僕らを呑みこみながら上手に避けて、勢いそのまま、浮遊島を震わす起爆剤となって……自然の猛威を極限なる形にし──体現した。
「残り二分!」
巨大な地響きを轟かすローゼ島の上空で、五人全員で辺りを見渡す。未だこのエリアのみ高さ100メートルの巨大プールと化している。折れた林は後でリリィに直してもらうとして、今やるべきことは決まっている。だが、出てこない……!
残り一分。
水面より何かが飛び出す。
十以上も。
「“束縛の紫”」
紫の縄と鎖が十二師団・隊長によって発動された分身を生み出す魔法“ゴスペント”によって召喚された足無しの住人を水中へと引きずり込む。敵は確実に水中にいる。しかし場所がわからない。残り時間を水中にて耐えるつもりだ。そうなるとこちらには打つ手がない!
「モモ、今捕まえた中に本物は!?」
「いないわ!」
「クソッ!」
「でも十体しかいなかったってことは水底で陣を無理矢理描いたってことよ! おそらく持っていた陣は全部水で使い物にならなくなったはず!」
「この近くには必ずいる、でもどこにいるかが──!」
「いや、大丈夫だ」
不意な言葉を受け、横にいるジンを見ると右手の人差し指を上に向け、クルクル回している。
さらに、いつの間に着たのだろう。白銀の衣を羽織っていた。風に靡いてゆらゆらと揺れている。
そして本人は目を瞑り、のんびりと心地良さそうに……笑っていた。
「イヴが“心眼の蕾”でカリエィを必死に探してる時、シルド俺に聞いたよな。『いいのか、ジン。イヴに任せて』ってよ」
回す人差し指の速度が、次第に早く、荒くなっていく。
「それに対し、俺はこう言った。『本来なら俺がなんとかせにゃならんことだが、どうにもならんしな。相手が目の届く範囲なら話は別だがよ』……と」
そして突然ぴたりと止まり──
「運が悪かったなカリエィ。俺の『範囲内』にいたのが敗因だ。ま、これも……勝負の醍醐味だよな」
ぐっと掴んで、振り上げた。
瞬間、水中から水で覆われた一人の男が浮上する。目を丸くし、キョロキョロと焦燥の表情を浮かべていた。口を開けてしばし呆然としていたが、ジンが目の前にいることに気付くと、納得したように深く頷いて、苦笑した。
「此度の戦い、お見事でございます」
「当然だ。久しぶりにワクワクしたぜ、そっちはどうだったカリエィ」
「恥ずかしながら、隠密の身を忘れ勝負に興じてしまいました。王子側にも、中々の陣形魔法師がおりますな。一度お会いしてみたいものです」
「いいぜ、なら全員で行くか。きっとあのむっつり大臣も来ていることだ」
どうにも、目の前で起こっている現象はジンの魔法のようで。しかし、それが何なのか、さっぱりわからないものだった。後で聞いても知らぬ存ぜぬの一点張りで、もどかしい思いもさせられたが、「十四師団・武稽古総会で見せるからそれまでお預けだ」と意地悪く返された。
ミュウ曰く、簡単に知られたら古代魔法“ビブリオテカ”に登録されてしまうので、それが嫌らしい。アズール家の歴史を調べればすぐわかるだろうけど、彼の意思を尊重し止めておこう。出し惜しみをしない僕とは違い、安売りをしないジンであった。
けどまぁ、ちょっとずつ彼の魔法を探っていくのもいいだろう。地面に降りた時にはジンが羽織っていた白銀の衣は消えていて。
白帝児。ジンの二つ名であり、今までは白い服を好んで着ているからと思っていたが……どうにも違うようだ。ますます興味深いが、一つの謎として必ず解明したい。リリィが水を全て消し、折れた林を元通りにしていると密偵三十八人がずらりと並びジンに伏していた。
「お前らぁ」
≪…………≫
「今度、皆で飯に行こうな」
≪……ッ!≫
ジンの人気の理由がちょっとだけわかった気がした。密偵三十八人は帰参し、僕ら五人と十二師団の隊長、副隊長と一緒にロギリアへ帰る。
長い一日だったなぁ。
ジン以外、全員の服が破れたり汚れたりびしょ濡れだったりと散々な一日であった。でも、凄く面白かったとも思ってしまう。久しぶりに魔法で戦えたし、相手も豪華過ぎる強者。アズールに来なければまず起こらない事態に、今更ながら身体が震えてしまう。
……ふと、立ち止まり皆が歩いていく姿を後方より見る。
アズールの王子に未来の后、歴代二位の天才少女と笑い合う隊長・副隊長の二人。各々が何かを背負い、これから背負うものもある。道は違えど方向は一緒で、何かがあれば一致団結し突き進む。
「僕、ここにいるんだよな」
「いるだけじゃ駄目でしょ?」
横に、モモがいて。
「一緒に行かないと、あっという間に置いていかれるわ」
「そうだね。本当に怖い面子だ。でも」
「頼もしい限りでもある、でしょ?」
二人で笑い、前で立ち止まり僕らを待っているジンたちのところへ小走りに向かった。
夕焼けが天空を飾る。
惚れ惚れするほどの美しさだ。息を呑む風景を背に、何を考えよう。
……そうだな。
まずは、ロギリアで結果がどうなったのか待ちわびているだろうウチの妹に、笑顔でただいまと──言おう。




