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出発前のステラ問答




 あれからしばらく経過して、学校では夏休みに突入し、クロネア王国出発まで残り一週間となった。

 ひとまず第二試練の行き先を決め、揺らいでいた軸を真っ直ぐにする。クロネアから帰国していた三人は既に夏休みに入っているらしく、いつでも戻れるそうだ。学校側にも申請を完了させて、いよいよ準備に取り掛かる。決断した翌日に、ステラさんへ報告するため彼女がいるアズール図書館の地下空洞へ向かった。


『クロネアに決めました』

『おお、そうか。よく頑張ったね、上の上だ』

『すいません、もっと早くステラさんが教えてくれた言葉の意味を理解できていれば……』

『いやいや、正直驚いているよ。まさか行く前に気付くとは思わなかった』

『え?』


 両手に本の山を持ち、せっせと運ぶ彼女を助けながら横で歩く。


『あれは、青少年が他国に行ってから気付くよう言ったものだ。少なくとも、私はそう考えて言った』

『行く前の心構えとしてじゃなかったんですか』

『違うよ。行く前に気付くことは容易じゃないだろう。実際に他国の大地を踏み、人と出会い、図書館や新聞が全く使えない現状を目の当たりにして私の言葉が繋がるよう意識して言ったものだ。そして情報が少ない中での決断がどれだけ勇気が必要なのか、知ってほしかった。考えてもごらん、私が言ったことはどう考えても行く前に悟れるものじゃないだろう? 行ってから悟れるものだ』

『……じゃあ』

『そうさ。はっきり言って、怖いねその子。何者だい? ジン王子も画麗姫さんも最初は気付かなかったのだろう? おそらく青少年の姉妹も途中から店内にいて、その子が手掛かりになる言葉を強調したから気付けたはずだ。つまり、最初はその子以外、誰も気付いていなかった。突破口を見出したのは間違いなくその子だ』


 よいしょ、と持っていた本を丁寧に置く。元々本山の下に転がっていた本を、別の本山の下に置いた。意味があるのかさっぱりわからないが、彼女の仕事なのだ。突っ込んではいけない。


『最近太り気味でね。いい運動になった』

『でしょうね』

『私の仕事は地下空洞に侵入した部外者の排除にある。他は特にないから正直暇なのだよ』

『ミュウは性格がジンと反対の人物です。いうなれば、集団至上主義者』

『言い得て妙な言葉だね。上の中』


 ミュウ・コルケット。アズール二大公爵が一角、コルケット家の令嬢。

 彼女が帰国してから数回会って、回数を重ねていくにつれて少しずつミュウの本質が見えてきた。やはり、彼女もジンと同じような人種だ。信条が太くしっかりしていてぶれることがない。人間として自分の考えが揺れない精神力は尊敬に値する。それはジンに対しても一緒だ。

 しかし、あの若さで二人とも、恐ろしいほどに軸が確立している点は異様にすら感じる。

 ミュウは一見可愛らしい普通の女の子だ。相手の話をよく聞き、合いの手が必要な時はそっと入れてくれる。こちらが求めているリアクションをミスなくとってくれるのだ。

 絶対に。

 必ず。

 怖いほどに。


『思えば、ミュウが自分の意見を言う時はジンと一緒にいる場合のみです』

『ジン王子が傍にいない場合は、一切言わないんだね?』

『はい。相手の話に合わせ、意見を求めても一般論しか言いません』

『あくまで相手の話や考えを第一にしていると。ふむ』


 たとえば、一つの本について話していたとする。

 「○○って本を知ってる?」と尋ねると即答で「△△って人が書いてる本でしょ。主人公が途中で挫折するところが有名だよね」と返ってくる。受けた側は彼女の返答に対し「主人公があそこで挫折するのは物語としてないよね」と言えば「うんうん、もし挫折しなかったらどうなってたのかな」と答える。

 たとえば、飲食店の話をする。

 「この前○○ってお店に行ったんだよね」と言えば「知ってる。いろんな紅茶を揃えているお店だよね」と返ってくる。続けて「△△ってお茶がすごく美味しかったの。ミュウは何を頼んだの?」と聞けば「知ってるだけでまだ一度も……。よかったらいろいろ教えて!」と返ってくる。もし、相手が頻繁に店に行っている場合は「一番有名な□□ってお茶を飲んだよ。噂通り、甘くて美味しかった。貴方はどの紅茶を飲んだの? 教えて!」と返ってくる。


 自分の意見を言っているようにみえて、実際は何一つ言っていない。

 彼女自身の考えや気持ちは、どこにも出ていない。

 あくまで、相手が気持ちよく話せるように。楽しめるように。優越感を感じられるように。ミュウ・コルケットは言うのだ。自分の考えは後にして、皆の考えを第一に。


『相手の喜ぶ顔が、築嬢さんにとって何よりの喜びなのだろうね。相手が何を言いたいのか彼女には丸わかりなのだろう。私が言いたかった意図を即座に察したのも頷けるね』

『ジンが嫌う理由も、なんとなくわかります。あいつとは対極の考え方ですから。ただ、不思議とジンにだけは自分の考えをはっきり言うんですよね』

『彼女にとってもジン王子にとっても、自分を全力で曝け出せる相手ということだろう』

『……』


 さらけ出す。心からの本音を言える相手。

 ユミ姉、イヴと再会して、いろいろと吐き出せたあの日。それまでは僕にとってジンやモモ、リリィが本音を言える相手と思っていた。けれど、いざ姉妹に指摘された時、本当に「心からの本音を言える相手」として頭に浮かんだのは、彼らではなく家族だった。

 ユミ姉の言う通り、彼らとは所詮一年の付き合いだ。曝け出せる相手としては家族に及ばない。……悲しかった。心の中では、家族と一緒に彼らを思い浮かべたかったから。


『悩んでいるねぇ青少年』


 本たちが喧嘩しているのを彼女自慢の繊維魔法で仲裁しながら、ステラさんは微笑む。


『ただ、今青少年が悩んでいるものは無駄としか言いようがないものさ』

『わかっています』

『わかっていながらも悩んでしまう、人間ならではの苦痛だね』

『ステラさんはどうしようもない悩みがある時、どうやって乗り越えるんですか?』

『うわー、若者らしい質問!』


 両頬に手を当てて身体を左右にクネクネ動かす半纏の女。落ち着いてほしい。


『では、まず青少年が悩んでいるとしよう』

『はい』

『自分を、ちょっと上から見下ろすような想像をしてごらん。天井から見ているような』

『はい……』

『次に、今私たちがいる地下空洞の上にあるアズール図書館ぐらいの大きさから青少年を見ている想像をしてごらん』

『はぁ』

『さらに、アズール図書館があるアラン地区から青少年を見てみよう』

『……』

『アズール王都全体から青少年を見てみよう。クローデリア大陸から見てみよう。この世界全体から見てみよう。星全体から見てみよう。銀河系から見てみよう。宇宙全体から見てみよう……。さて、質問だ。青少年の悩みは、大きいものかい?』

『果てしなく小さいです』

『そんなものだよ』

『なんか、ずるい』

『悩みに対してどう乗り越えるか、答えはきっと様々だろう。しかしね、どの方法をとっても最終的には過去の小石ほどのものにしかならない。自分の過去を振り返った時、当時悩んでいたことのほとんどを忘れているだろう。今この時は必死に悩む問題だが、将来的にはそんなものさ。だったら私は解決できるなら動き、出来ないなら未来の自分に忘れてもらうことにした』

『心からの本音を言える相手は、今の僕じゃ解決できませんね』

『その通りだ。だったら未来の自分に渡しなさい。適当にね。そして今出来ることをやるんだ。何でもそうだが、動いた人間によって世界が動くのさ。青少年』



  * * *



 一年前の自分ならば、あれこれと悩みながら答えを出せずに歩いていた。けど、不思議と今は違う。僕にはたくさんの先生がいる。それぞれの先生に同じ質問をすれば、全部違う回答が返ってくるだろう。彼らの考えはどれも色があり、濃い。聞く側も戸惑い大変だ。ただ、最終的に行く着く先は一緒という可笑しなものでもあって。


 クロネアまで一週間。今のところ一緒に行くメンバーは僕、モモ、レノン、リュネさん、ジン、ミュウ、リリィ、ユミ姉、イヴの九人。レノンとリュネさんは僕とモモの付き人として。リュネさんの病気も完治したそうで何よりだ。彼女にはモモが屋敷に戻った際に見舞いに来ていたレノンと併せて伝えてもらった。ただ、この中で一人だけクロネアに行くと決めた日に伝えなかった人物がいる。リリィ・サランティスである。次の日、彼女宛てに紙で模倣された『魔書鳩』を送ったのが悪かった。

 

『何故、その場に私を呼ばなかったぁあああああ!』


 と、“紅蛇火くれないじゃっか”に乗った征服少女の高さ十メートルから振り下ろされる蹴りを身体で受け止めたのはいい思い出である。灰にされなかっただけマシだろうか。魔法科・歴代二位の噂は国を超えクロネアにいた三人にも知れ渡っていたらしく、すぐさま意気投合していた。もともとリリィは誰とでも仲良くなれる性格をしているし、精神年齢や趣味がイヴと通じるものがあったのか、二人はずっと話していた。

 それからは、いよいよ出発の準備に取り掛かる。

 ただ、恐ろしいことを後日ステラさんに言われることになった。


『今後、クロリアに降り立つまで人伝の情報収集も禁じる。っていうか全部ダメ』

『鬼かあんたはぁ!』

『予備知識ほど邪魔なものはないよ。第一試練とは別次元と思いなさい。クロネアへは握れる程度の情報と知識だけで行きなさい。そして挑戦するんだ』

『何故、そこまで事前の情報収集を禁じるのですか。もう心構えは済んだはずですよ』

『行けばわかる。何も知らずに行くという素晴らしさと感動を、身体の芯から感じられるはずだよ』


 本当ならユミ姉とイヴからいろいろと聞きたいことがあったけど、必死で聞きたい気持ちを抑えて今日まで過ごした。ただ、ステラさんから言われた内容をミュウと姉妹に伝えると、三人とも顔を合わせて大声で笑っていた。それほど、予想を上回る世界が待っているのだろうか。魔術の国なんて、おおよそ予想できるものだが……。


「はぁ」

「お疲れのようだね、シルドくん」


 ここ最近の回想をまとめながら喫茶店ロギリアへ向かっていると、店の入り口でゴードさんが待っていた。夏休みに入りゴードさんも昔の商売仲間が王都へ遊びに来ているようで、ちょこちょこ休む時がある。今日も昼から若い頃の遊び仲間と会うようで、朝、僕たちのために仕込みをしてくれていたのだ。


「溜め息は不幸の種ともいう。せっかく魔術の国に行くのだから楽しくしようじゃないか」

「……そうですね、いろいろありましたが、これから行くのに沈んでちゃダメですよね!」

「クハハ、その通り! では、お先に失礼するよ」

「はい、行ってらっしゃい!」


 ゴードさんを見送って、店内に入り、気を引き締める。

 事前に情報を集められないのは残念だけど、それはそれで楽しいかもしれない。いったいどんな世界が待っているのか、期待に胸を膨らませてクロネアへ渡るのもいいじゃないか。この悩みは一週間後でないと解決できないものだ。ならば未来の僕に託そう。

 今、やれることは『もしクロネア図書館の謎を見つけた際、どうするか』にある。第二試練に直面した時にどう動くかを事前に想定するのだ。図書館や新聞が使えないのはわかっている。ただ、人伝だけで解けるかと言われれば難しいだろう。アズールの人間に、そうペラペラと知っている情報を話してくれるだろうか。厳しいなぁ。


「協力的な人を探すしかないかな」

「もしくは力尽くで従わせるかだ」

「……おはよう」

「おう」

「おはようシルドくん!」


 ジンとミュウが二人で後ろにいた。この二人は揃って気配を消せるから怖い。

 普通、扉を開けば鈴音が鳴るのにどうやって入ったんだ。


「ところでだが、シルド」

「うん?」

「ちょっと話があってさ」

「ほぉ」


 珍しい。ジンが協力を求めてくることなんて滅多にない。それこそミュウが帰国した日に泣きついてきた以来だ。しかし今度は横にミュウがいる。となれば彼女以外の用件になるが……。ちょっと興味がある。なんか、面白そうだ。


「軽く四十人ほど、殺さない?」


 クロネアまで残り一週間。

 一日限定の、ド派手な籠城作戦が始まった。




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