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女子トーク

 



「あ、やっぱりここにいた。結構探したんだから……。シルドくん、こちらの方々は?」


 薄い赤色のシャネルジャケットに黒のスラックス、左髪に花のシュシュを飾って、動きやすい格好の彼女が訪れた。

 モモ・シャルロッティア。画麗姫。

 半年前、一年試験で戦い、読み合いの末に僕が実質的に負けた女性。人生の中で家族以外、最も言葉を交わした回数が多い女性。僕が気になる……女性。


「ふぅん」

「あらぁ」


 姉妹の顔が変わった。

 はぁ。いや、もう言い逃れする必要はない。ここでアタフタしても、男らしくなく惨めなだけだ。一年前の自分ならそうなっていただろうが、今は二年生となった。身体の成長はもちろんのこと、精神的な面でも、成長すべきなのだ。


「さっきの質問だけど、ユミ姉、イヴ。もう答える必要はなくなったよ」


 瞬間、藁人形十五体が塵となって消えた。既に“火種蜻蛉”は消失しており、店内では魔法が一切なくなったことになる。

 二人の目がこれまで見たことないほど大きくなり、僕とモモを見比べる。後から聞いたことだが、“号泣せしめし蕨歌”は、相手が全てを正直に話してしまえば途端に効力を失い消える魔法だという。ユミ姉とイヴは事前に魔法の効果を知っていたため、僕の発言で全てを悟ったようだ。

 そして、おそらく慌てふためくだろうと予想していたアシュラン家の長男が、はっきりと正面からぶつかる姿勢に転じた様を見て、改めて確認したようだ。自分らの知っている、シルドではなくなったと。


「成長したのね、シルド」

「なんか面白くないー」


 姉と妹、それぞれの反応を示した。ニコニコと笑顔爛漫なユミ姉に対し、イヴはふくれ顔だ。こいつも二年前と比べれば結構成長したようだが、まだまだ甘い部分もあるようで。


「モモ、紹介するよ。姉のユミリアーナ・アシュランと、妹のイヴキュール・アシュランだ」

「よろしく、綺麗なお嬢さん」

「イヴって呼んでね」

「……あ……」


 アシュラン姉妹の挨拶にしばし呆けて、目の前の二人が僕の姉妹だと理解するのに数秒かかったモモ。

 そして、点と点が繋がり一本の線になった時。彼女が慌てて挨拶を返した。


「こ、こちらこそ、モモ・シャルロッティアです」

「「シャルロッティア!?」」


 モモがこんなに動揺しているのは中々見れない。挨拶でもやや噛んでいたし、シャルロッティア家の令嬢ということを知った二人に詰め寄られている間も、狼狽が消えることはなかった。きっとモモはユミ姉とイヴをお客さんか何かだと思っていたのだろう。だから形式的な挨拶をすませれば問題ないと考えていた。

 今、彼女は何を考えているのか。

 正直、聞いてみたいものだ。


「あたし知ってるよ! シャルロッティア家の長女は『筆麗姫』の異名で有名だもん。事務処理に関して右に出るものがいないほど早く、右手と左手が別件を担当してそれぞれの仕事をするって。でも結婚して子供産んで今は……あれ?」

「今は産休ということでルーバル町で暮らしています。あそこは空気が綺麗ですから」

「私は次女の『交麗姫』をよく耳にするわ。長女さんとは逆で事務処理は苦手だけど外交での対人技術が凄まじいと聞いていますよ。ただ、あまり興味をもてるものが少なくて自由奔放とも」

「はい、サーニャ姉さんはその日その日で暮らしているような人ですので。今日も確か魔法研究所に遊びに行っているはずですね」

「へぇー、本当にシャルロッティア家の娘なんだね」

「三女になります」

「兄貴と同級生?」

「そうですね、いつもお世話になっています」

「兄貴、紅茶」

「あ、はい」

「シルドとは知り合って長いのかしら」

「いいえ、まだ半年です。ですがいろいろと助けていただいて、とても頼りにしています」

「シルド、ビュッフェ」

「了解です」

「あと、何か別の飲み物ないー? 食べ物も」

「た、たぶんあるかと」

「早くしなさいね、女性を待たせるものではありませんよ」

「も、もちろんです」


 とにかく自分のやるべきことは食事の準備だと頭をフル回転させてせっせと勤しむ。厨房であれこれしている間、時々三人の笑い声が聞こえた。何故か、自分も嬉しくなってしまうが理由がわからず、変な気持ちのまま作業に取り組む。

 作ったものを急いで出して、丸いテーブルを四方に座る三人のうち、空席の一つにちょこんと座った。


「でさ、でさ! 歩いている時に見たんだけどフワリーって店ない?」

「あるわ。あそこは品揃えも個性的で、とても面白いの」

「だよねー! かなりあたし好みの店だよきっと。いい感じだった!」

「落ち着いた雰囲気の店も知ってる?」

「えぇ、ユミさんには清の寝息という店が合うと思います。クレメルン素材の滑らかな生地が特徴な落着きある服が売りだから」

「素敵。アズールに来て本当に良かった」

「来る前にアズールの特集でピューソルってお菓子が流行ってるって聞いたけど、本当?」

「それは嘘ね。ソール街の北西にある『美艶一歌』で限定的に流行っているだけ。きっとそちらの特集を組んだ会社と繋がっているに違いないわ」

「ぅわ最悪じゃん!」

「本当に。でも、八番港近くにあるビストレっていう店は雰囲気も味も見た目も本当に可愛いの。昔からある店だけど、店長が元店長の娘さんに変わって大きく動いたわ。特に最近出たのはすっごく美味しくて」

「行きたいー! 超、行きたいよ」

「あの、おかわりはいりますか……?」

「当然じゃん」

「よろしくね、シルド」



   * * *



 ついていけない。

 女子のパワーってこんなに凄いのか。聞いてるだけでも体力使うってどんな構造してるんだ。横で聞いているだけなのに何だかいちゃいけない気分にもなった。意味のある内容でもなかったし、ただしゃべっているだけだった。それなのに三人とも楽しそうで、嬉しそうで、沈黙なんてものがこの世から消えてしまったのではと思えるほどだった。

 これが、女性という生き物か。

 絶対勝てない気がした。


「もう夏かぁ」


 三人の話についていけなくなって、外に出て一息つく。店の周囲には林縁が広がり、風が優しく頬をなでた。深呼吸すれば、大自然の瑞々しい空気が全身を駆け巡る……。いい天気だ、本当に。店内からは今も笑い声が弾んでいる。川のように穏やかな一時が流れていった。


『近いうち、キミに大きな試練があるだろう』


 思い出すは、自称占い師の言葉。

 大きな試練と聞いて頭をよぎったのは一つしかない。他国の図書館の謎を一つ解明しろ……、言わずもがなアズール図書館の司書、第二試練である。

 他国。

 前世と異なり、この世界において他国と表現できるのは、二つしかない。

 魔術の国、クロネア。

 魔具の国、カイゼン。

 どちらもこれまでに知る機会はあった。ただ、正直な話、双国とも僕は魔術と魔具のことしか知らない。どのような国なのか、どういった経済基盤や国柄なのか。わからない。


 理由は二つで、一つはアズールのことだけで頭がいっぱいだったことだ。魔法に始まりローゼ島や千の滝、ソール街や学校行事に加え、王都のあらゆる店や催しが刺激的で、とてもじゃないが他国にまで目がいく余裕が生まれなかった。

 そしてもう一つが、純粋に僕が他国に興味がなかったというのもある。故郷のチェンネルでも悲しいかな、所詮は田舎の図書館だ。品揃えはよくなく、戦争の名残もあって二国を記した本はほとんどなかった。


 また、アズール国民ということもあり、そこまで他国に行ってみたい、知りたいと思うことがなかったのだ。しかし、第二試練で他国に行くと決まった以上、調べるのは当然。そう思って半纏女ことステラさんから第二試練を聞いた翌日、早速二国を調べようと図書館へ向かったのだが……図書館の入り口に彼女がいて。


『一つ、言い忘れてたことがあったよ』

『何でしょうか』

『二国についての情報収集は、一切禁じる』

『なっ!?』

『ただし、人の口からでのみ、許可する』

『意味がわかりません。人伝の情報のみで選べというのですか』

『そうさ。ここで重要なのは、図書館や新聞といった媒体を青少年から切り離すことにある。視野や教養を広げるためには、こういった不公平な条件事項もいるのだよ』

『……』

『そんな顔をしなさんな。中の中、難しいことじゃないだろう。青少年の周りには素敵な友達がいるじゃないか。彼らの話をよく聞いて、考え、自分で判断しなさい。今まで図書館で調べ、考え、自分で判断していたものが、一つ変わっただけのことだ。意味はある。価値もある。自分の大きな成長に繋がると捉えて、前進しなさい』

『それも、第二試練に含まれている、ということですか』

『上の上。耳で感じ、目で知り、身体で学びなさい。青少年』


 なかなか厳しいものだ。

 さて、ではどうするか。

 実際のところ、カイゼン王国についてはソール街の商談盤恋エリアで、カイゼン王国から来ている商人らにいろいろと聞いた。アズールはカイゼンとの貿易が盛んであり、商談で来る人も大勢いる。歴史的な関係もあり、両国は比較的良好な関係にあるという。そのため、前に僕がモモと捕まえた盗賊団の事件があった際は、カイゼンから多大な謝礼をもらったそうだ。


 問題は、もう一つの国である。

 クロネア。

 残念ながら、アズールとクロネアは歴史的にみて仲が悪い。ここ五十年ぐらい前からようやく両国の雪解けが始まり、貿易も徐々にではあるが開かれるようになった。その一つとして留学制度も五年前より確立されたのだ。ミュウ・コルケットとウチの姉妹が留学した先もまだ出来て新しい制度を使ったものであった。

 そのため、難しいと思っていたクロネアに関する情報収集も、彼女たちのおかげで問題なくできそうだ。


『あぁ、最後にもう一つ』

『なんでしょうか』

『物事には何度も同じことを試みて、時には撤退を余儀なくする場合、もしくは諦める場合がある。この時、必要になるものは何だろうか』

『振り向かない覚悟でしょうか』

『中の下。まぁまぁ正解だ。しかし、それ以上に必要なものが、下がる勇気さ』

『……』

『今まで頑張ってきたのに、ここで背を向け後ろに下がると、まるで自分を否定してしまう気がする。決断した後も苛まれる。だから、下がる勇気は本当に苦しく、辛い。けれどね、時に、もっと勇気がいる場合があるんだ。……一歩、前進する勇気さ』

『前に進む時も勇気が必要になる場合が?』

『そうだよ。いつかわかるだろう。普通の人は一歩下がる勇気と前を行く勇気、下がる勇気の方が大きいと思う。しかしね、時と場合によっては前に進むことが死にたくなるほど怖く、勇気がいることがある。そういうものがこの世にはあると知っておくこと。きっと、青少年の力になるよ』

『はい』

『上の上』


 初めて彼女と出会った際も、最後は意味深な言葉を残していった。その言葉のおかげで、僕はアズール図書館の司書、第一試練に合格することができた。

 またも、彼女は不思議な言葉を残して去った。

 今はまったくわからないが、きっとこれも、何かの鍵となるのだろう。


「兄貴ー」

「あー?」

「今日からあたしと姉ちゃん、モモの屋敷に泊まることになったからー」

「そうかー……あぁ!?」

「よかったよ、泊まるとこなくてさ」

「ありがとうね、モモちゃん」

「いえ、私もお二人ともっとお話ししたかったので、嬉しいです」


 止めろと喉から出そうになったのを、モモの顔を見て呑み込んだ。とても……楽しそうな表情をしていた。

 要件を終え、三人は再び女子トークに戻っていく。いつまで続くのか怖くもあるけど、よしとしよう。

 明日はおそらくジンと嫁さんも来るはずだ。そこでユミ姉とイヴを踏まえて、クロネアについて聞こう。まずは耳で感じること。僕に課せられた第二試練は、既に始まっている。

 夏休みまで残り数週間。

 おそらく明日か明後日に、決断することになる。


 第二試練の、舞台とする国を。





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