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おかえり




 空船に乗り一時間後、アズール王都に浮かぶローゼ島へと移動した。

 初老の行方が気にかかるようで、しきりに何をされたのか聞かれた。ただ、僕としても何をされたのかよくわからなかったし、結果的には魔法の入門書を渡されただけだった。魔法の定義や七大魔法の詳細図、簡単な魔法に魔法師としての心構えといった、どこにでもある普通の本だ。

 

 本に何か細工がされていないか癒呪魔法の使い手であるユミ姉が熱心に調べるも、何も分からず、ただ二人があのお爺さんに暗示をかけられただけで終わった。

 かなり歯がゆいのか、今度会ったらどうしてやろうかと今晩二人で作戦会議をするそうである。


「で、これはどういうことだよ兄貴」

「えーと」

「運が悪いとしか言いようがないわね」


 ゴードさんが経営しているロギリアの前で足を止める。ここ一年、いろいろとお世話になっている彼だが、そうだった、今日から休暇で旅行をする予定だと以前言っていたような気がする。朝いたから今もいるだろうと思っていた。


「お腹減ったぁ!」

「ごめん」

「いや、そこで素直に謝られたら責められないじゃん」

「シルドの魔法についても聞きたいのに、どこか休める場所はないかしら」

「二人がよければ、僕が作るけど」


 ゴードさんより、自分が留守の時は好きに使っていいと言われていたのを思い出す。

 彼も時々忙しいようで、何やら仕事があるような素振りをしていることがあった。さすがにどんなことをしているのかまでは掴めなかったけれど、ゴードさんのことだ。きっとお節介で人助けをしていることだろう。そういう性分なのだ。


 空腹と僕の魔法への興味が勝った二人は仲良くロギリアへ入る。

 イヴは足をばたつかせながら早くしろと文句を言い、ユミ姉が抑えるように頭をなでる。イヴは頭をなでられることをとても嫌うも、家族だけには許している。ピンク色をした肩が左右に揺れ、少しご機嫌になってきたようだ。ただ、ズルズルとカーディガンが下に落ちていき、胸が七割ほど露わになっていく。


「いい加減、その服やめろって言ってるだろ!」

「あたしの魂に何言ってんの!」

「痴女かお前は!」


 喧々囂々と互いに捲し立てながらもなんとかビュッフェを焼き、紅茶を用意して姉妹のもとへ。

 一分たらずで平らげた妹に自分のやつをあげて、静かに紅茶を飲む。花より団子なのは昔から変わっていないようだ。対し、ユミ姉はのんびりと飲みつつ少しずつ食べている。ここも昔から変わっていない。変わった度合が大きいのは、やはり僕の方かもしれない。


「兄貴」

「シルド」

「わかってるよ」


 いい天気だ。昔話、といっても二年前の話をするには素敵すぎる空模様。三人だけの静かな店内で、ゆったりと話し始めた。



   * * *



 これまでに古代魔法について話した相手は、リリィ、ジン、モモ、そして半纏女ことステラさん。

 たった四人で、しかも、この四人にも言っていないことがある。

 僕に、前世の記憶があることだ。

 それは目の前にいる姉妹にも話さなかったし、これからも話す相手などいないだろう。チェンネルにある図書館の地下に古代魔法を記した魔法書があったことと、“ビブリオテカ”の説明。伝えるのはここだけだ。


 理由としては、古代魔法の秘密にある。

 当然前世のことを話せば、一つの疑問を相手に与えるからだ。


『何故、この古代魔法を手に入れるために、前世との邂逅が必要だったのか』


 答えは、わからない。

 どんな方法で探せばいいのか皆目見当がつかない難題に、相手まで巻き込む必要はないだろう。また、前世と邂逅したといっても、それはただの僕の過去だ。興味はもたれるだろうし、話すこともできるけど、可能なのはそれまでである。あまり意味のあるものとは思えなかった。


 だから、ユミ姉とイヴに話したのは、図書館の地下に“ビブリオテカ”があって、僕が古代魔法の使い手になったこと。そして、これを携えてアズールに来て、様々なことを経験し……アズール図書館の司書、第一試練に合格したこと。それらを全部話した。


「「……」」


 話し終えた後、ずっと姉と妹は黙ったまま。

 イヴは身体を大きく左右に揺らし、ギュゥっと目を瞑った直後、外に向かって小声で言った。


「“ささめき椿”、解除」


 オーロラのような特大のカーテンが店全体を覆っていて、消えた。

 ……気づかなかった。いつの間にイヴはこんな魔法を展開していたのか。


「一応、外部には漏れないよう、店内の音は全て遮断していたんだよね」

「僕のためか」

「当たり前じゃん。ずっと魔法と縁のなかった兄貴がいきなり姉ちゃんの“愛しき髏頸”を発動するんだよ? 最初絶対こいつ偽物だろって思ったよ。あたしとお姉ちゃんが“廻廊の砂上”に捕まってる間、間違いなく入れ替わったんだーって」

「なるほど。ん? それだとどうして付いてきたんだ。偽物だと思ってたのに」

「あぁ、敵をぶっ潰すには本拠地に行くのが一番かなって」


 怖すぎる妹をもって兄は心配です。


「それで、中で何が起ころうとも外には聞こえないよう仕掛けてたんだけど、どうにも本当みたいだし」

「信じるのか」

「当然。たとえ偽物でも、兄貴の夢に対する本気までは語れないさ」

「……」

「まぁ、少しでも変なところがあったら、ねぇ、お姉ちゃん」

「えぇ、半殺しにする予定だったから」


 僕のビュッフェも平らげご満悦のイヴと、僕の紅茶を飲みほしご満悦のユミ姉。

 慌ただしい一日であった。朝から濃い展開が矢のように過ぎていき、ようやくひと段落つけたようだ。自分の紅茶を注ぎ足して、ユミ姉とイヴにも注ぐ。

 思えば二人ともアズール王都は初めてのはず。変なお爺さんとの出来事を除けば、僕と再会し王都を歩いて空浮かぶ島に行きまったりとくつろぐ。それこそ、行きたいところや見てみたい場所など山ほどあるだろう。二人は、楽しみで仕方なかったはずだ。もしかしたら、ずっと楽しみにしてくれていたのかもしれない……。家族と、会えるのが。


「ただいま」

「「おかえり」」


 なんとなく呟いた言葉に、笑顔で返された。

 本当は故郷のチェンネルに帰った際に言う言葉なのにね。流れで呟いてしまっただけにやや恥ずかしい。二年ぶりの再会に静かな店内で喜びを分かち合う。

 イヴがさっきから身体を左右に揺らしているのは心から嬉しい時に無意識でやってしまう癖だ。ユミ姉もまた、目を瞑って少しだけ指が動いている。あまり感情を表に出さない彼女の少ない癖でもあった。アシュラン家の長女もまた、今日が嬉しいと思っているようで。


「でさ、兄貴。ちょっと真面目な話していい?」

「改めて言われるのが怖いけど、どうぞ」

「恋人は?」

「いるわけないだろ」

「気になる人は?」

「……いる、わけ、ないだろ」

「姉ちゃん」

「──嘘なりしや文言なりしや、あぁ虚言たる辱めや。そいそいと悲しいものよ汝はうつうつ悲しいものよ……“号泣せしめし蕨歌わらびうた”」


 詠唱を終え、魔法名を告げる。

 周囲より藁で作られた細長い人形がぞろりと出現した。皆、口を縦長に大きく開き、中から薄らと濁った光が見える。


「シルド。これはね、“号泣せしめし蕨歌”といって相手に後ろめたいことがあると人形が一斉に泣き出すの。人形の数は全部で十五。後ろめたさの度合いによって泣く数も変化するのだけど、全ての藁人形が泣いた時……貴方は三日三晩泣き続けることになるわ。可哀そう、あぁ可哀そう」

「拷問じゃねーかぁああああああ!」

「安心しなよ、ジン王子と一緒なだけ」

「どこがどう安心しろってんだ! ついさっきまで家族らしい雰囲気だったじゃん!」

「まぁまぁ。で、どこの誰? ん?」

「だからいないって言ってるだろ!」


 四体の藁人形が泣いた。


「……」

「残り」

「十一」


 不気味な笑顔を向け、紅茶を飲む姉と妹。

 ……チェンネルにいた時は、こんなの日常茶飯事だった。特にイヴの魔法被験者には頻繁にさせられ、泣いて母さんのもとに駆け込んだもの。ユミ姉の魔法被験者にも時々なったが、どちらかという父さんがされていた。

 成長するにつれ、魔法は危ないという常識も身に付き、二人が僕に魔法を行使することは少なくなっていった。ただ、やはり、どうしても。問答無用でぶっ放す時もまた……あった。この日一番の残酷な笑みを浮かべながら、イヴが近づいてくる。


「あぁそうそう、兄貴。さっき聞いたアズール図書館の第二試練のやつ。他国に行く必要があるんだよね? えとね、他国の言葉に対しては私の陣形魔法“同音電糸”があるよ。クロネアだろうとカイゼンだろうと話せなくても大丈夫。私がいれば口による意思伝達は余裕だぜ。良かったねー、あたしと姉ちゃんがいれば問題なく行けて相手と話せるよ。やっぱり持つべきは姉妹だよねー! 気になる人なんかより、血の繋がった愛しい姉妹だよねー!!」

「お、落ち着いて、な?」

「落ち着いてるよ、今日アズールで一番落ち着いている姉妹があたしたちだよ。ちなみに“同音電糸”は相手と話せるようにはなるけど、文字が読めるわけじゃないから。そこんところ間違っちゃやーよ?」

「シルド。家族に隠し事というのはいけないことよ。とっても、とっても、いけないことなの」

「本当にいない。断言する。ただ、ちょっと、素敵だなって思う子がいるだけさ」

「ちょっとだけ?」

「もちろんだ!」


 十体の藁人形が泣いた。


「……」

「残り」

「五」

「…………と」

「「と?」」

「“蜻蛉火種”!」

 

 左手に“ビブリオテカ”を持ち、即刻発動させた魔法名を叫ぶ。

 “蜻蛉火種”。中級・自然魔法の一つ。火の種を宿した蜻蛉を数十匹召喚。対象に飛ばし、当たれば相手に並々ならぬ火力の火をつける魔法である。

 僕の周りをぐるりと囲む十五の藁人形を目がけて、無作為に蜻蛉を飛ばした。ここで負けを認める僕じゃない。一年の努力を今こそ見せるときだ!


「“拒絶の火波”」


 まるで時間の一時を区切ったかのように、“蜻蛉火種”が止まった。


「あたしがいるんだよ? 火の魔法は効かないなぁ」


 約一年前、僕がリリィ・サランティスと戦った際、彼女の“紅蛇砲”を止めた陣形魔法“拒絶の火波”。発動させれば火をその場へ一時的に留め置く。まさか、自分に向けられる日がこようとは思いもしなかった……。え、と。


「さぁシルド。大詰めよ」


 滝のように流れる汗を、どうやって止めればいいのだろうか。

 外は雲一つない晴天なのに、半泣きの自分がここにいる。たぶん、他の魔法を使ってもユミ姉とイヴには敵わないだろう。どんな手を使おうとも僕から答えを聞き出すと顔に書いてある。 

 どうする。

 逃げるか。駄目だ、ユミ姉の“愛しき髏頸”がある。それにゴードさんの店を壊すわけにもいかない。今やるべきことは二人の注意を別のものに逸らし、その最中に逃亡することだ。これしかない。考えろ、二人が興味あるものだ。……そうだ。


「占いやらない!?」

「諦めなって」

「諦めなさい」

「何がだぁあああああ!」


 十二体の藁人形が泣いた。

 まずい、まずい。もう他に手が思いつかない。どうすればいいんだ。しかも何で泣いてる人形増えてんだ。理不尽すぎるだろ。何かないのか、救世主はいないのか、この場を女神のように救いあげる、今僕が最も必要な人はいないのか!?


「ごめんください」


 っ!?

 やった、願いが叶った!


「シルドくん、いる?」


 詰んだ。




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