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再会




 姉と妹には、幼い時よく泣かされていた。

 アシュラン家の男は代々魔法をほとんど使えない。才能がないのだ。反対に女性はずば抜けて素晴らしく才能豊か。まだ魔法の怖さや脅威を知らずに、知ったものをすぐに使いたがる年頃な姉妹にとって、僕は格好の獲物だった。


 ただ、魔法が使えない僕をイジメるのは姉妹だけではなかった。

 近所の子供らも僕を標的にしては魔法を使っていた。田舎ゆえ、子供の頃は弱い者ならば貴族であろうともイジメられたのだ。子供に大人の常識は通じない。可哀そうな気もするけど、自然なことだった。


 しかし、姉妹はそれを許さなかった。

 泣かしていいのは、自分らだけだと主張した。

 イジメられているのを目撃すれば、正義のヒーローのように颯爽と登場しイジメっ子らを撃退する。今思えば我儘の塊である姉妹だ。ただ単に自分らの所有物を他人に取られることが納得いかなかったのだろう。


 けれど、あの時の僕からすれば二人はかっこいい存在だった。わんわん泣きながらひたすら耐える自分を、どこからともなく駆けつけて敵をやっつけてくれるのだ。本当にかっこよかった。

 そして、悪者を追っ払ってそれでも泣いている自分の所へトコトコ歩き、ニカッと笑って彼女らは言うのだ。


『もう大丈夫』

『あたしらが、傍にいるよ』


 この言葉は、今でもふと涙を誘う。それほど僕にとっては思い出深い言葉である。

 もうあの姉妹は忘れているだろうし、憶えていたらそれはそれで恥ずかしいもので。昔の言葉は意外な形で今に繋がることがあるけれど、僕にとっては幼少時代を思い出させる……魔法の言葉である。

 もし、もう一度あの言葉を言われたならば。

 泣き出す自信は、残念ながら大有りだ。



   * * *



 『親涙の間』にいた三人は、即座に反応した。

 「姉と妹だ」と言われても、だからなんだと一蹴できるものである。だが、事前に化け物クラスだと予想していた従者二人の情報と、臨戦態勢であった雰囲気をものの見事にぶち壊してくれた田舎貴族の苦笑いを見て、彼らは察してくれた。

 やばい相手だと。

 再度窓際に走ってきて無造作に置かれた双眼鏡を掴み、四人そろって一番港を見る。恐怖そのものに立ち向かおうとする僕ら四人の行動は、自分でもちょっと可愛いと思ってしまった。結果は見えていたから余計思えた。


「“透面なる道末”」


 あちらの声はこちらには聞こえない。幼少の頃より何百回も見てきたからこそわかる、口の動きだけでわかった魔法。

 一人の女の子がポケットより一枚のカードを出して投げた。カードは魔法名に反応し、塔の屋上から僕らのいる王城まで、幅二十メートルの一本道を空中で展開した。わかりやすく言えば、空中を歩ける道を作り出したのだ。

 道が出来た瞬間、姿勢を低くし、一気に屋上で佇む女傑三人が駆け出した。ジンが口をあんぐり開けながら絶叫する。


「なんじゃありゃあああああ!」

「妹の中級・陣形魔法“透面なる道末”。いつもああやって家から抜け出してたなー」

「暢気に呆けてるんじゃねーよ逃げるぞ!」


 ジンに腕を掴まれ、親涙の間を出ようと扉まで走り出す。扉が無かった。


「は?」


 正確には、扉があったはずの場所に鉄壁が床より出現し遮っていた。親涙の間には二つの扉があるのだが、どちらも厚さ五十センチ程度の見るからに硬そうな壁が立ちはだかる。横でジンが「あのクソアマァ!」と嫁さん相手に怒り狂っていた。

 どうやら、コルケットご令嬢の魔法のようだ。さすが創造魔法に分類される建築魔法の使い手。遠くにいても魔法を発動させるとは大したものである。正直怖い。


 だが、こちらも結構な使い手がいるもので。

 コキリと指の骨を鳴らし、常時携帯している剣を抜く貴族科の二年生。小声で詠唱をして剣に裏三法が一つ、付属魔法を付与した。ジェイドの実力的には中級・付属魔法がやっとだろうが、それでも魔力の質を見る限り日頃から研鑽しているのだろう。


「一閃」


 貴族科の伝統で、剣を一振りする際は「一閃」と言う。漫画のような技名は無い。

 高音の斬撃音が広間に響き渡る。彼の努力による修練の賜物だ。同い年ながら、将来が楽しみな人物なのだ。なお、ジェイドのお父さんはアズール十四師団の隊長でもある。

 斬撃の結果が視界に映る。

 壁には、傷跡がついただけだった。

 目を大きく見開き唖然とするジェイド。あぁ、これはきっとジンに対する愛情なのだろう。二人の仲は剣では斬れない、将来のアズールも安泰だ。


「シルド何とかしろぉぉぉ魔王がやって来んぞ! しかもスゲェ笑ってる! 超笑ってる!」

「ま、窓から出るしかない! レノン、窓から降りて落下地点の地面を柔らかく出来る!?」

「可能だ。多少痛いかもしれないが、陣形魔法を使えばどうにか」

「頼む!」


 とにかくここから出ねばと、四人一斉に窓を突き破るため駆ける……!

 重い。

 心理的な圧迫ではなく、物理的なもの。四人同時に走ろうとして、四人同時にこけた。まるで足下に何百キロもの重りがくくりつけられたような。パニックになりながらも急いで原因である足を見て、全員で言葉にならない悲鳴を上げる。

 足首に泥色をした紐が三重に巻きついて、紐の横に小さなドクロが空中に浮いていたのだ。口を開け、中に『5』の文字が見える。


「姉さんの上級・癒呪魔法“愛しき髏頸(ろくび)”だ。足に体重の五倍になる重さを乗せられた!」

「どんだけ怖ぇんだよお前の姉ちゃん!」

「落ち着け、すぐに呪いを」


 いや、駄目だ。ジェイドとレノンがいる。ここで古代魔法を発動させれば僕の魔法を知る人間が増えることになる。彼らを信用していないわけではないが、極力この魔法を見せては駄目だ。なら、どうすれば!?


「見つけた」


 ……。

 そろりと、後ろを振り返ると。爽やかな風を背に、にっこりと笑って立っている三人の貴女がいて。横にいた我らが王子が、身体を小刻みに震わせて歯をガチガチし始めた。

 何だか、イタズラしていた瞬間、ご主人に見つかった犬のようで。今度からジンには少しだけ優しく接してあげようかなと思う、そんな王城での昼下がりだった。



   * * *



「久しぶり。また腕上げたんじゃないの二人とも」

「はぁ? 兄貴が弱すぎなだけだろ」

「うるせーよ黙れ。相変わらず露出多過ぎなんだよ、イヴ」

「こら、喧嘩しないの。でも本当、久しぶり。元気そうでなによりね。シルド」

「う、うん、そうだね……ユミ姉さん」


 王城内、親涙の間にいるのは三人の貴族。一人は蒼髪の男で、僕だ。

 二人目は針金のような長く鋭い茶髪をした長身の女性で、姉のユミリアーナ・アシュラン。

 三人目がニット帽を深々と被り、両肩が大きく露出したダルダルのカーディガンを着ている女性で、妹のイヴキュール・アシュラン。姉の愛称はユミ姉で、妹はイヴ。アシュラン家の息子娘三人衆が王城で再会した。


 姉さんは外見が落着きのある女性なためか、周りからは謙虚で慎ましい女性と思われている。普段も丁寧で知的な女性を演じている。

 しかし、実際はアシュラン家随一のサディストであり、裏三法が一つ癒呪魔法を鼻歌混じりに使いこなす末恐ろしい女人である。なお、服のセンスは大人しめで常にロングスカートにマフラーといった自分の身体を極力見せないものを好む。


 反対に妹はいつも露出多めの、特に鎖骨から両肩が出ている服しか絶対に着ないという阿呆な子だ。自分の肩と鎖骨に絶対の自信があるらしく、風呂では二十分かけてそこだけ念入りに手入れしているらしい。本当の馬鹿なのだ。

 ただ、表三法の一つである陣形魔法の才能は素晴らしく、いつも持ち歩いているこいつのケースには、情念をたっぷりと注いで書き込んだ陣形魔法カードが眠っている。


「それにしても、何で二人は従者なんてやってるの? 貴族を従者にするなんて聞いたことないよ」

「そりゃ兄貴に会うために決まってるだろバーカ」

「いちいち喧嘩腰じゃないと話せないのかバーカ」

「“愛しき髏頸”」


 一分後。


「で? いい加減教えてよ」

「待て兄貴。まず頭についたドクロを外してもらうようお願いしてよ。顔見えないんだけど」

「呼吸は出来るから大丈夫だ、文句言うな」

「違う違う、この姿勢だと前から見られたらあたしの胸が丸見えなの」

「そんな露出全開の服着てるからだろ、馬鹿だな」

「はぁ? 何も才能がない只のもやしっ子が何言ってんだか」

「ちゃんとアズール学校に入りましたー、キミより頭はいいんですー」

「いるよねー、学力だけしか自慢できない奴。哀れこの上ないねー」

「“愛しき髏頸・極”」


 一分後。


「で? いい加減教えてよ」

「待て兄貴。姉ちゃんがこの魔法使ったってことは結構怒ってるってことだよ。さすがに自分の体重の十倍はキツイよ。まず謝ろう」

「何に?」

「あたしに生意気言ったこと」

「お前から喧嘩売ってきたんだろーが! イヴが謝れ!」

「はぁ!? あたし何も悪くないし! 可愛いだけだし!」

「どさくさに紛れて何言ってんだぁ!」

「ねぇ二人とも……死にたいの?」


 姉に土下座する長男と次女。だいたいウチでは僕とイヴが喧嘩して、ユミ姉に怒られるのが恒例だ。

 イヴとは一日の大半を喧嘩していた。どうも馬が合わない。でもまぁ、血の繋がっている兄妹はだいたいこんなものだと思う。垂れ目で顔が細く、母似の顔立ちをしているユミ姉が頬に手を当て溜め息を吐く。


「何で二人はこうも仲が悪いのかしら」

「今更だよユミ姉」

「そうだよ姉ちゃん。あたしと兄貴はいつもこんなだよ」


 イヴと一緒に笑う。やや釣り目で、攻撃的な顔立ちである父似のイヴが横から顔を近づけてきてジャれてきた。うざい。


「離れろ」

「兄貴が勝手に寄ってきたんだろ」

「お前が……! はぁ。もういいや。で、二人は今日どこに泊まるの?」

「「シルドの寮」」

「帰れ」


 家族の暖かい空気が生まれたり、荒れ狂う波のような空気に変わったり。目まぐるしく入れ替わる流れだけど、アシュラン家ではこれが日常だった。

 そんな家だったと懐かしく思いながら三人で騒いでいると、親涙の間にある扉の一つが勢いよく開かれて。


「やぁやぁ、待たせたね!」


 奥から、一人の女の子が入ってくる。つい先ほど見た女の子だ。

 窓を叩き割って参上し、横にいた銀髪王子を秒速で捕まえ、ズルズルとどこかへ連れて行った女性。あれから何があったかは定かじゃないけど、今、彼女の後ろには、男性と思わしき生命体が転がっており、癒やしの魔法師が五人ほど集まっている。


「あぁ、ジン王子……なんてお姿に」

「だから何十回も言ったじゃないですか! ミュウ様が帰ってきたら絶対に謝るんですよって!」

「こりゃいかん、耳で呼吸してるぞ」

「何で生きてるんですかねこの人」

「至急、王城中の癒法師を呼べ! 時間との勝負だ!」


 聞かなかったことにしておこう。見れば、目の前の女性は返り血を浴びている。気のせいだ。幻覚だ。


「それじゃ、自己紹介といこうかな!」


 太陽のような眩しい笑顔で、僕の前に来た。

 差し出された手には、小柄な女の子にお似合いの可愛らしい手袋をしていて。何故か真っ赤に染まっているのは、オシャレか何かに違いない。

 

「ジンのお友達って聞いてるよ。あと、ユミとイヴの兄弟とも。だったら私にとっても大事なお友達だね。うん! また一つ、私の幸せが増えたんだ!」

「幸せ?」

「そうだよ、だってキミを幸せにすることが、私の幸せなのだから」


 ……。


『それこそ、俺が求めてきた男なんだよシルド。人間って奴はな、まず自分を第一に考えるべきだ。他人なんでどうでもいいんだ。あんなの風景だ、そこら辺の木々と一緒さ。……「自分が幸せになってこそ、他人の幸せの手伝いに余裕ができる」が正しいんだ。それこそ、人間に最も必要なことなんだよ』


 思い出すは、ジンと初めて会った日のこと。彼との出会いは衝撃的だったため、今でもよく憶えている。彼は、自分を第一に考える人物だった。己を幸せにしてこそ、価値があるのだと。

 周りのことなんてどうでもいい、一番大切なのは、まず間違いなく自分だと。個人至上主義者の考えだ。そしてジンは、こうも言ったはずだ。


『「他人を幸せにしてこそ、自分の幸せを見つけられる」なんて言う女がいるが、絶対に間違っている』


 あぁ、なるほど。

 ジン、そういうことか。

 まさかあの時のセリフが、今になって繋がるとは夢にも思わなかったよ。随分とまぁ、長い仕掛けだったね。そうか、彼女が……。


「皆の幸せが私の幸せ。自分の幸せなんて最後でいいの。私は、民のために生まれたんだから!」


 ミュウ・コルケット。

 二つ名は「築嬢」。

 集団至上主義者。

 ジンの嫁にして、対極なる人物が──帰ってきた。




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