姉と妹
いつもの夢。
思い返せば入学試験を受ける前、チェンネルを出発して空船に乗ってから見始めたこの夢も、かれこれ二十回は超えたと思う。
金髪で左眼に縦の傷跡が二本ある、可愛らしい女の子。夢を見るたびに映像時間は増えていき、最初は一分あるかないかの夢であったのが、今では十分以上見るものとなっていた。
僕と女の子、二人でチェンネルの屋敷から歩いて数分の砂浜で一緒に遊んでいる。砂山を作ってトンネルを開通させ、互いに端から見て笑っている。
「シルディッドくんって好きな子いるの?」
「う~ん、お母さんが好きかな」
「そうじゃないよ、家族以外でだよ」
「いないよ。お姉ちゃんは怖いし、妹はうるさいし」
「だったら……私は?」
彼女の言葉を最後に、映像は終わる。あと数回見れば、きっと続きが見られるだろう。僕は彼女の問いに何と答えるのだろうか。ちょっと興味がありながらも、少しこそばゆい……そんな感覚の夢であった。
夢を見終え、起床し、休日の午前を堪能しながら母さんから送られてきた手紙を見る。
二年生。
アズールに来てから一年が経過し、僕は二年生へと進級した。個人的には大きな出来事であるのだが、アズール全土からしてみれば単に一年が過ぎただけのことだ。
ちなみに新年は、家に帰らず寮で迎えた。本来なら家族で新年を迎えるべきなのだろう。が、まだ司書について三分の一しか進んでいない状況で帰っても話すべき事柄でないし、そもそも話せない。
外部に少しでも知られたらステラさんが守っているあの場所へ侵入する者が出る可能性がある。そして、彼女に部外者と判断され処分されるだろう。
だから手紙で近況を報告している程度だ。それでも司書について一切触れないというのも駄目なので「詳しくは話せないけど一歩前進したよ」と添えた。取りようによっては全く進んでいないのを誤魔化していると思われるだろう。
一歩でも前進しているのに詳細を話せないとはこの子は嘘をついているのではないかと……。が、返事にはこう綴られていた。
【悔いのないよう、その一歩を大事にね】
僕の手紙を信じているのかどうかは定かではない。でも、母さんなりの気遣いを感じた。母さんも思うところがあるだろうし、今僕が司書に向かって頑張っている姿も応援すべきか迷ってると思う。申し訳ない。
それでも手紙の返事はすぐにしてくれるし、僕が一枚の紙に近況を書いて送るのに対し、母さんは五枚ほどの分量で故郷であるチェンネルの近況をこと細かく書いて送ってくれる。
そんな、優しい母さんにいつも感謝している。ありがとう、と帰省した時に伝えたい。今日も五枚にも渡る大ボリュームで書かれた手紙を読みながらしみじみと感じていた。
読み終えて、手紙を丁寧にたたみ引き出しに入れ……ようとした時、五枚目の裏に何か書いてあったので、何かと思いちらりと見る。
【あぁ、それと。あの子たちが年末に帰って来たわよ】
……え。
【シルドのことを聞いたら、お父様を全治三週間の病院送りにしてから颯爽と留学先の学校へ戻っていったわ。相変わらずあの人は娘に対して弱いわね……。おそらくシルドの方にも何か動くだろうから……そうね。頑張ってね、いろいろと。お母さんより】
すぐさま手紙を引き出しにぶち込んで寮を出た。
まずい。バレた。
今日は、新年を迎えて随分と時が経っている。あと数週間で夏休みだ。
あの化け物……もとい女二人はまず留学先からチェンネルへ帰ってこないと踏んでアズールに留学したのに、まさか去年の末に戻っていたとは……!
これはまずいぞ。本当にまずい。至急作戦を考えなくては。ダッシュで向かう場所は貴族科の領内にあるカフェ「ロギリア」。ゴードという初老の男性が切り盛りしていて、美味しい紅茶を毎日提供してくれる。僕を始めこの国の王子、桃髪の貴女、征服少女の集まり場ともなっている。
今日で、アズールに入学してから早一年と数ヶ月。数週間後には夏休みが待っている。
そう、他国の図書館の謎を解明するために長い休日が必要であったため、そのために考えていたベストな休み。既に学校側に連絡をとって、お金の方も確保済みだ。あとはどちらの国に行くか考えていたのだが、今はそんなことどうでもいい。
まずい。
新年を迎えてからもう随分と経っている。母さんの手紙を受け取るのが遅すぎた。もはやあの姉妹はとっくに動いているというのに……! 手遅れになる前に何か手を打たなければ……!
焦りながらも全力疾走でロギリアへ向かい、扉を開けた瞬間、声を大にして叫んだ。
「皆! たす」
「助けてくれぇぇえええええ!」
アズール国の王子が突っ込んできた。
* * *
本来、ロギリアに行けばそこにいるのはジン、モモ、リリィの三人。
しかし、今日店内にいたのはそのうちの二人がいなかった。可愛い二人がいなかった。変わりにいたのは執事科の制服を着た男と、騎士科の制服を着た男。ジンと僕を含めて四人の男がそこにいる。
ゴードさんはカウンター席で新茶であろう紅茶を満足そうに堪能している……が、銀髪の白帝児はそんなマスターとは対照的な顔色をしていた。
真っ青だ。
この世の終わりのような顔をしている。さらに、扉を開けた直後ジンは絶叫しながら僕の腕を掴みとり、後ろにいた男二人と一緒に店を飛び出した。
解放されたのは、それから十五分ぐらい後になってからだ。何故そんなにかかってしまったかというと、場所が場所であったから。
「それで? わざわざこんな場所にまで連れてきてどういうつもりだよ」
「一大事だ」
「それはいいんだけど。初めて王城に入った僕の気持ちも察してくれよ。しかもここ王家の方々が親しい友人のみを迎えるために用意している『親涙の間』じゃないか。初めて来たから自信ないけど、たぶん合ってるよな? そして後ろで震えているレノンとジェイドの気持ちも察してやれよ」
「一大事なんだよ」
「さっきも聞いたよ」
ジンも結構な顔色の悪さだが、後ろの二人も負けてはいなかった。
レノン・オグワルト。
僕が住んでいる寮の執事長をしているガイ・オグワルトさんの息子。執事科で現在は僕と同じ二年生。寡黙で口下手だが、些細なことにもすぐに気付きそっと動いてくれる紳士的な好青年だ。
モモの付き人兼使用人であるリュネさんとの仲も何だかんだで良好で、これから二人がどうなるのか優しく見守っていきたい。黒髪のウェーブがきいた髪型が特徴的であり、頻繁に執事科の女子から告白されているそうです。羨ましいとか思ってないよ。
ジェイド・マーカー。
騎士科に在学している双子の弟。同じく彼も二年生。真面目が服着て歩いているような青年だ。騎士という職業を誇りとして、アズールのためにこの身を捧げると宣言している。双子の姉とは性格が対照的であり素直で真っ直ぐな人物だ。
なお、実力は申し分なく、将来のアズールを支えてくれる人になるだろう。
そんな二人であるが、いろいろと仲良くなって時々遊んだりもしている。僕が貴族ということもあってかジェイドが常に敬語であるのが残念だけど、こればかりは彼の性分だから仕方ない。
ジンが「敬語使ったらぶっ殺す」と言っても直後の返答が「了解であります! ジン王子のためならばこの命、存分に!」だったからなぁ。レノンの方は結構普通に話してくれるけど。
それでもだ。
二人からしてみればジン・フォン・ティック・アズールは絶対的存在の王子なのだ。萎縮するのも無理はない。加えて今僕らがいる場所は王城の中。白帝児以上に顔色が悪いのも、いさ仕方ないことである。
正直、僕も結構緊張している。そういえば朝から何か重大事件があったような気がするんだけど……なんだっけか。ど忘れしてしまったようだ。まぁいい、今はとりあえず目の前の用事を片付けてからにしよう。
「それで、何が一大事なんだよ」
「“あの女”が……帰ってくる」
「あの女ってジンの話に時々登場する人のこと?」
「そうだ」
「へぇ、よかったじゃないか。僕も一度は会ってみたいと思ってたんだよ。どんな人なのかずっと気になってたし。いつ帰ってくるの?」
「今日」
「は?」
「今しがた、この手紙が届いた」
プルプル震えながら個人至上主義者は手紙を取り出し、無理矢理渡してきた。
彼の様子から鑑みるに、とても他人事じゃない雰囲気なのだが、所詮は痴話喧嘩みたいなものだろう。何だかんだで最終的には仲直りして終わるだろうし、さっさと後ろで怯えている二人も解放しないといけない。
何故ジンが怖がっているのかは知らないが、会いに行ってすぐ謝れと言って事態を収束させるのが一番であろう。手紙を受け取り、中身を開いた。
【今から殺しにいきます】
一大事のようだ。
* * *
「貴族での仕事上、今まで様々な手紙を読んだり書いたりしてきたけど、冒頭で殺害予告をしてくる手紙を見たのは初めてだよ」
「五分後、この手紙がきた」
五分後。
それはきっとこの手紙を受け取り、戦々恐々しているジンがなんとか落ち着きを取り戻そうとする時間帯。本来のジンならばこんな殺害予告の紙なんて笑って捨てるだろう。が、相手が相手なのだ。なんとか我に返ろうとした……極めて絶妙な時間差を狙った手紙。
送り主の凄まじさが垣間見れる。間違いなく、ジンのことを完璧に知り尽くしている女性である。もう一つの手紙を開いた。
【親愛なるジンへ。
殺しにいきます。
けど、私も一人の女。殿方を一方的に殺すのも可哀そうではあります。そんな野蛮なこと私にはとてもとても……。ですので、一度だけ機会を与えます。私がアズール空船一番港に降りた際、合図を送ります。それから三十分間、ジンが私から逃げ切ることができれば殺害は免除としましょう。
ジン。これは私からの愛と受け取っていただいて構いません。
でも殺します。
さて、それでは逢えるのを楽しみにしております。貴方の妻より】
アズール空船一番港。
貴族街と王城があるこのエリアで、一流階級の者しか入港できないとされる特別な港だ。手紙を読んだ後一番港の見える窓際に行き確認する。王城から見下ろせば一番港は小さくもあるがはっきりと見えた。
王国の決まりで高級品の場合のみ必ず最初はあの港に降ろされ、金を持て余した貴族に買われるのだ。港の四方にはそれぞれ大きな塔が立てられていて、「四塔金港」とも呼ばれている。
件の女性はあの港に降りた際、こちらがわかるよう合図を送るという。そしてそれから三十分間、逃げ切ることができればジンへの殺害はなかったことにされるのだそうだ。
「愛されてるね」
「どこがだよ!」
「そもそもだけど、何で殺されなきゃいけないんだ? 普通奥さんから殺されるなんてあるわけないだろ」
「その奥さんってのには無反応なんだなお前は」
「まぁ、おおよそ予想はできてたし……。で? 殺害予告を受けたわが国の王子様、身に覚えがありありなんでしょうから教えてくださいな」
「あいつを三年間他国に留学させるよう仕組んだ」
「さようなら」
「待て待て待て! これには理由があるんだよ!」
どんな理由だよ……。嫁さん左遷させる馬鹿がどこにいんだっての。
ただ、ジンの人柄を考えれば少し引っかかる点がある。この個人至上主義者が将来の奥さん相手に、そう易々と恐れるものだろうか。自分のやりたいことをひたすら突き進む性格の男だ。どんな相手だろうと物怖じしない胆力を持っている。
そんな彼がわざわざ隔離し、三年間でもいいから他国に留学させようとした女性。どんな人なんだろう……。ますます会って話したくなってきた。
「ちなみに家柄は?」
「コルケット家だ」
「アズール二大公爵の一つ、『築臣コルケット』か。終わったな」
「何でだ! いいから聞いてくれ! お前もわかってんだろ、俺がこんな遠回しなことをわざわざした相手……普通じゃねーんだよ!」
「それはわかるけど」
「とにかくだ。あいつから何としてでも逃げなきゃならねぇ。今から俺は空船二番港に行く。で、あの女が到着したという合図がきた瞬間、空船に乗って三十分間逃走する予定だ。それでだシルド。お前には合図がきたら俺に知らせるよう中間役をしてほしい。加えてあいつの足止めもレノンやジェイドと一緒に頼む」
「何で合図がきたら乗り込むんだ? もう動けばいいじゃないか」
「撹乱だ。どうせ“あの女”はありとあらゆる手回しをしているだろう。あえてその裏をかく」
手回しじゃなくて根回しだよ。全然裏をかいてねーよ。どうやら相手がコルケットご令嬢の場合、白帝児は頭がいつもより数倍回らなくなるらしい。こりゃ捕まるのも時間の問題だろう。南無。きっと身体に恐怖が刻み込まれているんだろうな……。
一応、後ろでこの世の終わりのような顔をしている二人のフォローに入る。
「レノンとジェイドが公爵家であるその人に手をあげることなんてできるわけないだろ。せめてジンの護衛にしとくべきだよ」
「……あぁ、そうだな。そうだった。ならそうしよう」
駄目だ。完全に落ち着きを失っている。
二番港は一番港の反対に位置していて、かつ王城が中間地点にあるので向こう側が見えない。そのため僕が王城に残ってジンの嫁さんからの合図を確認して彼に知らせればいいのだ。遠くの相手に知らせる魔法か……陣形魔法でそんなのあったような気がする。
さて、そんなわけで。
よくわからないがジンの逃走劇を今日援護しなくてはならないようだ。
「でもさ、僕ら四人でジンの言う普通じゃない人と渡り合えるのかな」
「そこは大丈夫だ。一番港には十四師団を配置している」
「……今、なんつった?」
「だからボンズが隊長をしている十四師団を配置してるから大丈夫だって言ってるんだ」
立ちくらみが起きそうになった。そして渾身の右ストレートでジンを殴る。
十四師団だと!? アズール王国の治安を守っている治安隊、警護隊などといった……それらの頂点に君臨する、アズール十四師団の一団をお前は夫婦(予定)の痴話喧嘩如きに駆り出したってのか!?
「馬鹿じゃねーのかマジで!」
「それぐらいしねーと無理なんだよあいつには! 密偵の情報だと従者を二人連れているそうだ。あの女が連れている従者だぞ!? 絶対常軌を逸してる化け物に違いねぇ……! 全力でぶつけるしかないんだ。本来なら全師団を出動させたかったが生憎動けるのが十四師団しかなかったんだ、ちくしょう」
「何がちくしょうだ馬鹿野郎」
こんな王子が将来のアズールを担うと思うと泣けてくる。本格的に大丈夫かこの国。
ボンズ隊長が率いる十四師団か。ボンズが誰かは知らないが十四師団の中でも一番階級の低い師団だな。シンプルながらアズール十四師団は数字の早い順から強さが割り振られている。
第一師団が最も強く、王様直属の精鋭だ。次いで第二師団となっているが……それでも十四師団である以上アズールの治安組織何百万人から選ばれた実力者のはずだ。アズール学校の騎士科にいる生徒でも、最終的にアズール十四師団に入団できるのはニ割とされている。
狭き門なのだ。
そう思うとジェイドは実力的に師団のどこかに入るんだろうな。騎士服似合いそう。
「山ほど言いたいことがあるけど、とりあえずはこの件が終わってからにしよう」
「おうよ、俺もそのつもりだ。まだ死にたくない。……クソッ、本当ならもっと前に画麗姫から知らされてたんだが気付けなかった俺の不甲斐なさが憎い」
「モモから何か言われてたのか?」
「間接的にだがな。だが、今更言っても遅い。即座に動くしかねー。あいつが乗っている空船はおおよそ二時間後に一番港に到着するはずだ。それじゃ、俺は行くぞ」
ジンが歩き出した時。
地響きが鳴った。
僕ら四人とも何事かと、足下がおぼつかなるほどの揺れだった。だけどすぐさまそれが何なのか……理解した男がいて。彼は一目散に一番港の見える窓際に走る。つられて僕とレノン、ジェイドも続く。四人一緒に港を見た。
なんらおかしなところは見当たらない。港から合図と思わしき打ち上げ花火や、自然魔法の形跡は見られない。特にこれといって変わったところは……ない。
港を行き交う空船の姿があり、人の流れが遠くから見える。上空にある雲は優雅に流れ、綺麗な青空が広がっている。塔が五つあり、今日もアズール一番港は活気があるな。何か変なところは……。ん?
あれ? 一番港の別名って「四塔金港」のはずだよな。今、塔いくつあったか。……五つ?
「おいジン」
「……」
「一番港って塔が四つのはずじゃなかったか」
「……」
「ジン様、シルド様、ジェイド。双眼鏡をお持ちしました」
後ろを振り向けばレノンが双眼鏡を四つ持っている。どこから持ってきたのと聞くのは野暮だ。というか今は聞く余裕がなかった。全員が急いで受け取りすぐさま見る。そして沈黙した。四方にある塔。それら四塔の中央に、もう一つ、塔があった。厳密には……増えた。
築臣コルケット。
築とは、もちろん建築の意味であり、臣とは王の家臣という意味。アズールがクローデリア大陸を治めた当初、まずは国の壊れた建築物の修復が必至であったのだが、全て直すには途方もない年月が必要だとされた。
が、ものの半年で、アズール王国は国内全ての建造物を復元した。何故か、それは初代アズール王を支えた創造魔法の一つであり、筆頭にも挙げられる建築魔法の天才が家臣にいたからだ。
王の親友であった彼は、建国がなされた際功績を言い争う者らには一切入らず、黙々と己の仕事を成し遂げた。王はその者と家族に大変な恩義を感じ、公爵家の一つとして彼らの一族を任命したのだ。本来なら公爵家はアズール王の従兄弟などがなるものだが、彼の親族は皆死んでいた。
その話を、僕は以前モモから聞いていた。
だからこそ直感する……。もしあの港に、コルケット一族の末裔であり、かつ常人離れした創造魔法の使い手がいたとしたら。塔をもう一つ建築するなど……造作もないだろう。
「俺は行く」
「あ、あぁ」
「シルド、レノン、ジェイド。ついて来い」
「「はっ」」
そう言って、僕らは互いに目を合わせる。
レノンもジェイドも、目の前で起こったことに戸惑いは隠せないだろうが、それでも一人の男。王子のためならば全力で行動するという意志が感じられた。
僕もなんとかせねばなるまい。与えられた仕事は……既に終わっている。合図は間違いなくあの増えた塔だ。僕がジンに伝えることはもうない。と、なれば僕も二人と同様ジンをバックアップするべきだ。
全員で頷き、扉に向かおうとする……も、ちょっとだけ違和感を感じて再度塔を双眼鏡で覗いた。あの塔は間違いなくコルケット家の方が創ったのだろうが、魔法師はどこにいるのだろう……。一瞬だけそう思って、ほんの少しだけ覗いた。
一瞬の迷いだ。
再度確認して、即座に双眼鏡を置き、彼らの後を追おうとした……そんなものだった。
「ジン」
「あん? どうした、行くぞ!」
「無理だ」
「は?」
「これは無理だ」
「おい、何言ってんだ? 寝言ほざいてる場合じゃ!」
「従者が二人いると言ったよな」
従者。普通に考えればご令嬢がつれている付き人を指す。
が、ジンは二人を知らなかった。隠密からの情報で“あの女”のことを知り尽くしているジンならば、身の回りの人間もわかるはずなのに……。結果として従者が何者かわからないということは、ジンも知らない、留学先で知り合ったであろう人間。
見える。
港の中央に堂々と聳える塔の上に、一人の可愛らしい女の子がいた。高さ数十メートルの塔の屋上から風で髪をなびかせながらこちらを笑顔で見据えている。おそらくあの人がジンの意中の人であろう。
が、それはもはや問題でもなんでもない。僕が言いたいのは、後ろにいる二人の従者であった。茶髪の、二人の女性であった。あぁ、そうか。そういうことかよ…………母さん!
「姉と妹だ」
半笑いで、僕は言った。
どうにも、勝負は既に決しているようだ。




