一年
……最近は見なかったが。
今月に入ってまた見る機会が増えだした。少女と戯れる不思議な夢。
左眼に縦二本の傷跡がある金髪の少女。何だろう、そろそろこの夢が何を意味しているのか、わかりそうな気がするんだけど。掴めない。ただ最近は進展があった。彼女の声を聞くことができるようになったのだ。
「シルディッドくんは好きなものある?」
「本だね!」
「他には?」
「読書かな!」
「もう、本当に本が好きなのね」
苦笑まじりに、はにかむ少女。でもそこで映像は消えてしまって。見るたびに、少しずつ、少しずつ、長くなっていくのだけれど、もどかしさも強くなっていく。不思議だ、本当に不思議だ。僕は彼女のことを、忘れることができそうにない。
※ ※ ※
寒い。外を歩けば肌を刺すような寒風に身体が震え、息を吐けば白くなり、温かい飲み物がすぐ欲しくなる……そんな季節。雪も結構な頻度で降り始め、積もったり積もらなかったりを繰り返している。
ただ、ここ数日は一気に雪が解け始め、春の日差しがやんわりと降り注ぐ。季節の移ろいを感じさせた。
残り数日で僕は「二年生」となる。
それは、アズールに入学してから一年が経過したことも意味する。
一年を前期と後期で分ければ、後期は前期で知り合った人たちとの交流が主だった気がする。リリィやジンと一緒に行動すると、交流関係も飛躍的に広がっていった。
アズール学校で騎士科というものがあり、そこでは日夜アズールの将来の治安を守るため懸命に切磋琢磨している生徒たちがいる。この学科で上位になると、アズール十四師団の道も開かれるため、騎士科の生徒のほとんどがそこに向かって努力しているのだ。
なお、魔法科と騎士科は長年犬猿の仲であり、毎年模擬戦を行っている。それはもう凄まじく、互いの意地とプライドがぶつかり合う場所となっている。
そんな騎士科の学生に、ひときわ目立つ生徒がいた。父親がアズール十四師団の隊長をしている凄い人で、彼ら二人も実力は抜きん出て凄かったのだ。
のんびり屋の姉と、生真面目な弟の双子だった。その弟が魔法科と騎士科の集団模擬戦の際、リリィ・サランティスと戦闘になった。結果は言うまでもなく敗北なれど、弟さんは相当悔しかったらしく、それまでの倍の鍛錬をこなしている。
なんだかんでその弟とも僕は友だちになったのだけど、生真面目な性格と自由奔放な性格のリリィは、非常に相性が悪かった。
「ジン様に対し、貴様無礼が過ぎるぞ!」
「え、そうかな」
「んにゃ、俺は気にしてねーよ」
「図太いしね」
「何が図太いのかねぇシルドくん?」
「アシュラン様はまだしも、貴様のような一市民が軽々しく話していい方ではないのだぞ!」
「面倒くさいなぁ。あ、だったら私に勝ったら謝るってのはどう? 何でもするよ」
「望むところだ。騎士の名誉に賭けて、貴様の生ぬるい根性、叩き斬ってくれる!」
当たり前だが瞬殺であった。ただ、真面目が服を着ているような男だったので復活し、翌日には再戦を申し込んできた。秒殺であった。が、それでも精神の強さは騎士科随一。すぐさま復活し……を繰り返し、現在四十三戦四十三敗。全敗である。
だが、最初は秒殺だったのも、今では二十秒はもつようになった。毎週一回、道場で手合わせすることが恒例になってきて、少しずつ、彼は戦闘時間を増やし始めているのだ。騎士科でも双子の弟は相応の実力者と評価されている。
実際リリィに彼の強さを尋ねると「弱いよ。でも一歩ずつ前進してくる感じかな」とのことだ。ちなみに、リリィは双子の姉とは大変仲がいい。この姉がかなりのサディストであり、いじめっ子気質がある人で、色々と馬が合うようだ。弟抜きでも結構交流があるという。
もともとリリィも明るい性格なので、実に楽しそうだった。最初にリリィと会った僕としては、今このような生活を送っている彼女を、とても嬉しく思う。死にかけながらの戦いは、意味があったのだと。
※ ※ ※
別のお話として、貴族科寮の執事長の息子であり、僕と友達でもあるレノン・オグワルドが、モモの付き人であるリュネさんと会った時も結構面白かった。
実はリュネさん、執事科の三年生であり、モモの屋敷で働きながら学校に通い、かつ主席だったのだ。超人とはまさに彼女のことだと思う。そして、執事科一年生のレノンを前から知っていたようで。
「あら、レノンくん」
「ご無沙汰しております、ゴーゴン先輩」
「名字は止めて。嫌いだっていつも言ってるでしょ」
「いえ、自分は執事ですので」
「関係ないでしょ」
「男ですので」
「……」
それからは、時おり二人で話したりしているようだ。こっそり隠れて会ったりもしているらしい。レノンが無口で不器用というところもあるけど、彼を大人なリュネさんがリードしているそう。モモも二人が仲良くしてくれるのを密かに願っている。ただ、面白かったのはここではなく。
執事長の息子レノンは、僕が住んでいる寮のメイドであるルルカさんとは幼馴染の間柄だ。また、彼は寮内にいるメイドのほとんどと交流がある。さらに執事科に在籍している女子生徒とも(向こうから一方的に)深く交流している時がある。
レノン、女の子と縁があるのだ。ありありなのだ。
かなりの美形ということもあり女性からのアプローチも頻繁にされている。ラブコメ漫画の主人公になれるのでは、と思うほど彼のモテっぷりは凄い。横にいる僕が霞むほどだ。
そしてレノンは幼馴染のルルカさんから結構大胆なハグをされる時がある。なお、ルルカさんのスタイルは同性でも思わず見てしまうほど優れており、特に上半身はモモが「いいなぁ」と呟いていることがあるほどだ。
ルルカさん自身は、レノンを恋愛対象として見てはいない。可愛い弟としてみている。だからなのか、ボディタッチを結構激しめにする時がある。レノンは当然逃げようとするも、今日も抱きしめて彼の頭を撫でていた時のことだった。
「ルルカ先輩と仲がいいのね、レノンくん」
「ッ!?」
「あら、リュネ」
「お久しぶりですルルカ先輩。去年の卒業式以来ですね。お元気そうでなりよりです」
「うん、貴方も元気そうで嬉しい。ところでどうしてここに?」
「お嬢様からアシュラン様へお届けものだったのだけれど……随分とまぁ楽しそうね、レノンくん?」
「い、いえ、自分はその」
「アシュラン様。お荷物はこちらです。それでは」
「もう? もっとゆっくりしていってよリュネ。お話しましょう」
「用事がありまして」
次の日。リュネさんのとこへ、レノンが行き。
「あの」
「何?」
「……自分」
「……?」
「胸ではなく、お尻の方が魅力的だと思っています」
顔をパンパンに腫らして帰ってきたレノンを見た時は、さすがに失礼ながら笑ってしまった。
話を戻そう。他にこの一年で記憶に残る思い出はというと、コルケット家についてだろうか。アズール二大公爵が一角。普段は由緒正しき、格式ある建築物を生み出すことで有名な彼らであるが、娯楽施設も積極的に建設していることを聞いて公爵家も面白いことをするなぁと感心した。よくよく調べればこの一族、アズールの有名建築物の七割を先祖代々担当してきているようだ。
「ジン、コルケット家って知ってる? 『築臣コルケット』って呼ばれてるそうだけど」
「知らん」
「でも、アズールに二つしかない公爵家の一つなんだろ。知らないわけが」
「滅びたんじゃね」
なんだか素っ気ない白帝児だった。
不思議に思ったものの、これ以上突っ込むのも野暮な気がして。だからこの時は考えもしなかった。
コルケット家から一人、「魔術」を代名詞とするクロネア王国へ留学している女の子がいるのだが……数ヶ月後の夏休み前、アズールに戻ってくることを。
司書については。
あれから結構な頻度であそこへ行ってステラさんと話した。「他国の図書館の謎を解明せよ」という課題は、現地で自分が謎と思ったものを解明してくればいいとのことだ。
さらに、解明できたかどうかは一発でわかるから問題ないという。どういうことだろう。散々悩んだけど、こればっかりはわからなかった……。
「その司書のお姉さんが言うんだからまぁそうなるんだろーよ。それよりも行く場所決めようぜ。当然カイゼン王国一択だよな! あそこの国は武力が全てを決めている。つまり弱かったら上に立てないってやつだな。武力社会すぎてアズールの連中は理解できないかもしれねーが、絶対面白いに決まってる!」
「愚かね。それよりもクロネア王国に行きましょう。大自然に囲まれたあの国はきっと行く価値があると思うわ。魔物と自然と魔術の国、とても興味がある」
「私は旅行できるならどっちでもいいかなー。魔法研究機関から取材とかでお金もらってるけど使い道なくて困ってたんだよね……って聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。行く場所かぁ」
「カイゼンだ」
「クロネアよ」
決めるのは僕なんだけどな、と思いながらまだどちらに行くか迷っているので保留としよう。
夏休みに行こうと考えているからそれまでに決断したい。
「もうすぐ二年生だね」
「今一実感ないな俺は。学生でもないし。どういう心境なんだ?」
「焦りもあるけど、それ以上にワクワクするかなぁ」
「私も私も! 魔法科の二年生って、いろんな危険地域に行くらしいよ。楽しみ!」
「私はあまり実感がないわ。特にこれと言って特筆するものが」
「ないだろうなぁ画麗姫は。歩く引き篭もり女だからな」
「……」
「おい止めろ冗談だその目を止めろマジでやばいぞ」
「学習しない男って、本当愚かよね」
「俺が王族ってこと、完璧に忘れてるよなお前」
あぁそうだ。父さんと母さんに手紙出さなきゃ。姉さんとじゃじゃ馬妹も元気だろうか。そういえば、あの二人も留学してるんだったよな。
確か国は……あれ、どっちだったっけ。最後の最後までどちらの国に行くか迷って決めては撤回しての繰り返しを延々やってたから、結局ウチの姉妹がどっちにしたか忘れてしまった。どちらにしても、両親には手紙を出さないと。心配してくれてるかな。してくれてたら嬉しいな。
「シルド。お前の来年の目標はその尋常じゃねー過小評価をなくすことだな」
「あぁそれには同意ね。多少シルドくんも変わってはきているけど、過小評価大好きに関しては全然成長していないのよね。今後の大きな課題よ」
「どうしてそんな子になっちゃったんだろう?」
「御三方、その言葉ありがたく受け取っておくよ、このやろう」
からかってくる三人を視界から外して。周りを見ると、春の陽気が既にちらちら見えた。アズールの季節は移り変わりが早い。あっという間に終わって、あっという間にやって来る。
だからこそ、今を謳歌しなければ忘れられて置いてけぼりだ。気持ちを新たに、意志を強くもちたい。夕方。ジン、リリィと別れて橋の上でモモとも別れる前に、二人一緒に空を見上げて。
「二年生も、頑張らないと」
「自分を見失わないように」
「お互いにだよ」
「そうね。ならお願いするわ。シルドくんは、私が担当する」
「うん。よろしく頼むよ、モモ」
雪が解け季節は変わり、学園生活の三分の一が終了する。
だけどこの一年間に得たものは……決してなくならない。
「アズール図書館の司書になるための、第二試練だ」
いよいよ、二年生が始まる。




