継承魔法
継承魔法。裏三法の一つ。
表三法の自然・創造・陣形と、裏三法の癒呪・付属・継承と、古代魔法。合わせて、七大魔法。
継承魔法は、読んで字の如く、代々一族に継承されてきた魔法のことをいいます。つまりは、その一族だけが持つとされる魔法です。
仮に継承魔法を魔法書に記したとしても、読んで鍛錬を積めば会得できる一般的な魔法とは違います。「魔法を発現した魔法師の血」を受け継いでいる一族のみが可能となるのです。
ただ、この魔法。当然、血で受け継がれるということは……。
必ず「創始者」が存在します。創始者がいたからこそ生まれ、受け継がれるのですから。基本、魔法とは三年以上かけて作られます。が、一瞬で作るとなると、もはや二つしか方法がありません。
一つは、今年魔法科に入学したという歴代二位の天才、リリィ・サランティス様のような特異体質の方です。もはやこの方は完全に枠外の人で、方法でもなんでもありませんが……。問題はもう一つの方にあります。
覚醒。
継承魔法が発現する条件は、おおよそ命の危機か、何らかの極限状態に陥った際にみられます。
ただこれは一億分の一の確率とか、魂が連動しているとか、詳細な仕組みはまるでわかっておりません。七大魔法の中でも、もはや絶したとされる古代魔法の次に希少とされておりますが、実際にわかっていることはごく僅か。
さらに、継承魔法は代々受け継がれる場合もあれば、まるで災害のようにいきなり子孫に発現する場合もあります。どちらかというと、後者に多い傾向があるようですが。ジン・フォン・ティック・アズール様が後者の例で、初代アズール王の魔法を扱えると聞いております。
“ファベリア──色帝の命”
それが、モモ・シャルロッティアお嬢様がシャルロッティア家・初の継承魔法の「創始者」となって発現したとされる魔法です。魔法研究員の方々が数週間かけて調べ、継承魔法と認定されました。名前の由来は古語で「色」を意味しているそうです。
お嬢様はこの魔法で、旦那様を攻撃しました。
“妁撃の赤”と呼ばれる、触れた瞬間に相手を爆発的な威力でもって吹き飛ばす色。窓から吹き飛ばされた旦那様は噴水に落下。奇跡的にも命は取り留めましたが、当主に危害を加えたことは決して許されることではなく、お嬢様は私を含めて何人かの使用人と共に、シャルロッティア家の別荘へ住むことを余儀なくされました。
時おり奥様やお姉様方が尋ねてこられますが、あれから十年。旦那様が来られたことは、一度もありません。
「“ファベリア”とは、どういう魔法なのですか?」
「十二色、それぞれに宿した命があるから魔法として使用するだけよ」
「いつ、命を宿したのですか?」
「憶えていないわ。気付いたらもう完成していたの。あの時にはもう……」
危機的状況に陥って、継承魔法が発現した際はほとんどがこの状態であるとされています。
実際、本人でさえもどういう経緯で出来上がったのか、わからないのです。ただ、この魔法がどういう魔法かだけ手に取るようにわかる……。だからこそ、継承魔法を解明することは極めて困難とされているのです。
あれから、モモお嬢様は絵描きを絶っておられました。
画麗姫という二つ名は、幼少時に言われたものがそのまま残っているものです。何故今もなお、交流がほとんどないお嬢様のことを知っている方が多いかというと、お姉様方が数年に一度だけ貴族社交界へお連れするからです。
モモ様はお姉様方や奥様とは仲が良いため、嫌々ながらも参加しております。迷惑をかけている、とわかっているからでもあります。
奥様から受け継いでいる、三姉妹の方々全員にあります綺麗な桃髪。薄ら光るそれは、その場にいるだけで美しさを体現していると同義。また、二人のお姉様も認める、整った顔立ちに雪も恥らう白い肌。お顔はさることながら、身体全体も女性らしい素晴らしい容姿をしておられます。
そして、驚くことに。まだ貴族の中ではお嬢様が幼少時に描いた絵を今も飾っておられる方々がおられます。限りなく少ない枚数ではありますが、存在するのです。それが何を意味しているのか。私にはわかりかねますが、もしかしたら彼らは願っているのかもしれません。
いつかまた、お嬢様の絵を見ることができるのではないかと。その時が来れば、今持っている絵と是非とも比べてみたいと。
それだけの魅力を、あの方はお持ちなのです。
ですが、アズールに入学してもなお、十六歳になってもなお、モモ様は外へ出ようとはしません。毎日勉学もされ、使用人らに言葉を発せずとも身振りや目で意思を伝えます。
それは、以前は素直に感謝や謝罪の意を言葉で表していた自分との隔離であると、私たち使用人は考えています。
これまでの十年間。以前のモモ様へ戻ってもらえるよう、最大限の努力をしてきました。
ですが、結果として種が実ることはありませんでした。そしてこれからも、お嬢様はずっと過去に縛られて生きていくしかないのでしょうか。そう、思ってしまう……数ヶ月前までの、私たちでした。
「あの、おはようございます。貴族科担任のマリー・ワグナルです」
運命の糸が優しく届けられたのは。小鳥の囀りが心地いい、そんな季節でございました。
※ ※ ※
お嬢様にとって、夢とは、過去の遺物です。無駄なことです。価値のないものです。
それは彼女が、幼少の頃に受けた全てが支えとなっています。皮肉にも、今お嬢様を支えている基盤は、夢とは諦めるものという悲しい結論なのです。
他ならぬ、基盤を作ったのは自分ではなく、父君から受けた……現実だというのに。あんなにも自分を苦しめた父君の言葉を、彼女は拠り所にしたのです。
夢を幼少時に追い、しかし結果として諦めさせられたお嬢様。
夢を幼少時に諦め、されど追うため王都へ来たアシュラン様。
彼のことをマリー教員から聞いた直後のお嬢様の顔は……。とても言葉では表現できぬものでした。喜んでいるのか、憎んでいるのか、応援しているのか、蔑んでいるのか。
複雑怪奇な表情であったと記憶しております。そして、お嬢様は決めたのです。かつて、夢を追った人生の先輩として。
シルディッド・アシュランの「心を折りにいく」と。
自分のような者を増やさないためにも。可能な限り、彼女なりの優しさをもって。
だからこそお嬢様はとても一日では処理できない情報を彼に与え、混乱と誤解と誤信をアシュラン様に植え付けさせました。
そしてモモ様は、一年試験二日目の早朝にグチャグチャな答えを持ってくるだろうアシュラン様を否定し、心を揺らし、一年試験で結果として彼を打ち破り、夢を追うことの無意味さと絶望を与えようとした。
もしかしたら、来年の試験で、一年試験の悔しさを乗り越えて、再びお嬢様の前に来てくれるのでは……と。そんな一方的な期待も添えながら。本当に周到な計画で、まず普通の人では読みきれないものでした。不可能です。だから、お嬢様はそれを全て看破され、ましてや一年試験の勝利宣言までされた時。
心より、嬉しかったはずです。
何せ相手は自分の反対の人間。こちらの意図を読みきり、さらにはお嬢様を救おうしてきた男性だったのですから。一体全体、そんな人がこれからの人生において現れてくれるでしょうか。普通なら、歓喜に打ち震えることでしょう。
……ですが、その時のお嬢様は、嬉しいという感情の表現方法を失っていました。旦那様を窓から落とした時に、一緒に吐き捨てたのです。
「自分を捨てた自分」を救えるのは、もはや自分では不可能です。捨てたのですから。
別の誰かが、こちらの境遇を理解し、共感し、助けようと、必死に手を伸ばそうとしてきた人にしか、可能ではないのです。それしか、モモ様を助けてくれる存在はいないのです。
何と甘ったるい考え方なのでしょうか。
何とお嬢様にとって優しく、助ける側にとって酷なものなのでしょう。こんなこと、惰弱でしかありません。ですが……それでも、もしそんな人が、お嬢様の前に現れてくれたなら。
お嬢様は、彼が死ぬ気でなんとかしようと一年試験二日目、奮闘している姿をこっそりと見ていたはずでしょう。アシュラン様は気付いていないでしょうが、女性とはそういう生き物です。こと異性の裏をかくことに関しては、年齢問わずなのです。
アシュラン様は、お嬢様の前に現れた初めての殿方でした。運命、なんて安っぽい言葉ではありますが、私は確信しました。あとは二人の今後次第ということではないでしょうか。
最近のお嬢様は喜怒哀楽が昔と比べ随分とはっきり表現されるようになってきました。アシュラン様に対し、お嬢様は驚くほど行動されるようになりました。ただ、ここ数日はなかなか彼がお嬢様を「名前」で呼んでくれないことにお怒りだったようですが。シルドくんと呼ぶ時だけ、いやに強調したりして。まったく意味がないようでしたが。
ただ、昨日の夜。私がどこぞの通り魔を治安部隊に渡し、屋敷へ戻った時。
笑顔(だと屋敷の者だけが気付けるぐらいの表情)で、モモお嬢様は私を迎えてくれました。
「名前を、呼んでもらえたのですか?」
「私は何も言ってないわ。勝手な憶測を立てないで頂戴。愚かね」
「そうですか。では、就寝させてもらいますね」
「待ちなさい。今日はちょっと話したい気分なのよ。付き合って」
アシュラン様が本湖へ飛び込み、何故か上がってこずに消えてしまった時。尋常でないほど動揺されて私を呼びに来た貴方はどこをどう見ても乙女でしたよ……なんて言えるわけもなく。
しかもついでに通り魔をシバキに行かれましたしね。自身の持つ美貌を囮に通り魔をおびき出し、“妁撃の赤”で成敗していた姿は中々に修羅でございました。
「こっちよ、ねぇ早く」
はいはい、としながら部屋に入る私を、紅茶まで完璧に用意して待っていたのだから凄い。女の子とは、凄い。自分で言うのもなんですが。
そこから先は、たまに二人でやっていた寝室でお互いに向かい合いながらのおしゃべりでした。どうやら、アシュラン様はアズール図書館の司書へ一歩、踏み出せたようです。ただ、前途多難で、お嬢様は絶対にそこへ行けないようです。
行ってしまえば、排除の対象になってしまうと。また、このことに関しては決して外部に話していけないときつく言われました。
既にお嬢様が私という外部に話しているのですが、突っ込んではいけないことですね。また、どうやら二年次に進級した際の夏休み、二国のどちらかへ長期の旅行をされるそうです。
「クロネア王国とカイゼン王国、どっちがいいかしら」
「あの、お嬢様。それを決めるのはアシュラン様で、お嬢様は別に同行される必要はないのでは」
「……どっちがいいかしら」
無視されました。時々お嬢様の勢いの強さと深さに驚かされます。
「お嬢様」
「何?」
「楽しそうですね」
「ッ!? ……そ、そうかしら。ええ、そうかもね。まぁ、そうとも言えるわね」
「早まってはいけませんよ」
「何のことよ」
「避妊は大事です」
「だから何のことよ!」
ぷい、とそっぽを向き寝具へ飛び込むモモ・シャルロッティア様。私の愛しい愛しい、ご主人。
可愛い妹のような子。ちょっとだけ、そうも想っているのですよ。
私は嬉しい。本当に嬉しい。正直なところ、アシュラン様へお礼をしに行きたいぐらいです。ですがそんなことをしてしまえば、どうしてお礼をしに来たのか理由を言わねばなりませんし、それは二人が詰めていき、自然と知るであろうこと。だから私は言いません。
勝手であると重々承知して。
信じてますよ、蒼髪の青年さん。
アズール図書館の司書希望の、本好きの青年さん。
「お嬢様」
「今度は何?」
「夢とは、何ですか」
「…………そうね」
仰向けになって天井を見つめながら。
私の主は、微笑んだ。にっこりと、確かに。
笑ったのだ。笑ってくれたのだ。
「ぼちぼち、大変なことかしら」
「大変ですか」
「えぇ。あぁそうそう、リュネ」
「はい、何でございましょう」
「絵描き道具、明日買いに行こうと思うの。付き合ってくれる?」
「……っ。も、もちろんです」
「少しずつだけど、描いてみようって。思ったから」
「……」
「夢とは、大変なものね。愚かかもしれないし、そうでないかもしれない。だから私ね、リュネ」
「…………」
あぁ、モモ様。
貴方は、今自分が何を言ったのか、理解しておいでなのですか。
自分がどれだけ変わったのか、わかっておいでですか。
それをしてくれた方が自分にとってどれだけの存在になっているか。気付いて、おいでですか。
「夢をもう少しだけ、頑張ってみようと思う」
「はい」
「んー、自分で言ってて本当によくわからないわ。変なの。もう寝るわね、おやすみ。貴方も今日はここで寝なさい」
「はい」
「……欠伸? 涙出てるわよ」
「い、え……。……そうですね、大きい大きい、欠伸ですね」
「なら寝ましょう」
この涙は、欠伸のせいですか。そうですね、欠伸のせいです。お嬢様が言ったのですから、欠伸なのです。私は付き人。モモ・シャルロッティア様の使用人。貴方に全てを誓った、これからも誓う、一人の女。
季節は外が段々と寒くなり。
温かいものが恋しくなるそんな折。
どうか、願わくば。
二人に、幸多からんことを……
「願います」
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