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想像による創造の魔法




 碧色に光る髪がふわりと揺れ、少女の笑顔に色を添える。朝に咲く花のような笑顔はいつもと変わらず輝いていて、眩しくさえあった。そんな彼女は戦争であろうとも自分のペースを変えることなく行動し、クロネアの次期女王と対峙する。

 ミュウ・コルケット。

 シェリナ・モントール・クローネリ。

 双方とも王家の人間となる女性である。一人は妻として、一人は王として。色合いに若干の違いはあるが、ゆくゆくは二国を代表する存在へとなるであろう。


「一つ、聞いても」

「黙れ」

「……」

「汚らわしいアズールが、私に話しかけるな」

「…………そう」


 ミュウは改めて、相手の目を見る。今まで彼女が見てきたそれとはまるで違う目を。

 同時に悟った。あぁ、やっぱり……限界を超えたんだね、と。

 ジンが最も嫌う存在に彼女はなろうとしている。己を捨てた存在。今、ミュウを嫌ったのも、彼女個人の意思ではなくクロネアそのものとしての発言だ。長年犬猿の仲であった二国としてのクロネアを代弁するかのような言。


 もはや、自分たちアズール人ではどうしようもない領域。

 この状態へと歩ませたのは間違いなく自分らではあるが、遅かれ早かれの事態であったのだろう。ジンは前々からそれを予見していた。シェリナの人となりも理解して、きっといつか、彼女はクロネアそのものになってしまうだろう、と。手遅れに限りなく近いが、逆説的に言えばまだギリギリ間に合う領域にいる。そう信じるしかない。救えるのは恐らく……あの鏡男ぐらいであろうか。


「なら、私がすべきことは一つだけだね」

「最初からそれしかないであろうよ。だが、始める前にやるべきことがある」

「ん?」

「私の視界に、貴様の建造物を入れるでない」


 シェリナが言い終わる少し前であった。

 ヒュン────と、何か複数のものがミュウを通り過ぎる。“それら”は外に出て急降下していき、地面へと到着した。そしてそのまま魔法で作り出した塔へと侵入し……。

 けたたましい音を響かせながら、荒れ狂う暴風が如く、塔を破壊し始めた。

 ミュウの後方から何度も何度も激しい破壊音、衝撃音、残響音、斬撃音、崩壊音が鳴り響く。目を大にしながらも、シェリナから視線を外すことなく耳を傾ける。相手の王女は終始涼しい顔で、されど感情をなくしたような顔で、築嬢を見つめていた。そして十数秒が経過した頃だろうか。作り出した魔法師だからこそわかる寒気を感じ取ったその時。

 塔が、崩壊した。

 憲皇と同様の大きさである塔が、僅か十数秒足らずに崩壊したのだった。塔を構成していた巨大な物体はバラバラになって、無造作に落ちていく。すぐ外には退場した一人の魔術師が倒れているにも関わらず、容赦無用で王女は命じたのだった。


「これで目障りなものは消えた」


 パチンと指を鳴らせば、塔を瞬く間に崩壊させたそれらが戻ってくる。シェリナの後ろにズラリと並び、絶対なる忠誠を誓うように整列した。全てが同じ形状と模様をした……。

 剣である。

 クローネリ家に伝わりし英鳳魔術“神武”は、自らの肉体の一部を“武器”に変えることができる。長い歴史があるクローネリ家の王位継承者は、この魔術を使い様々な武器へと変えてきた。しかし昨今では戦争はなく、王家の人間として相応しいものへと指定するのが主流である。


 たとえば民を守るという意味での「盾」や、道を突き進むという意味での「槍」といった具合だ。しかしながらシェリナはその中から初代クロネア王が使っていた剣を選択した。少しでも初代に近づきたいという願いもあれば、一人だけでも十二分に王として君臨できるという意思表示もある。


「噂には聞いていたけど、やはり貴方は剣を選んだんだね」


 実際のところ、剣を多数出現させて攻撃するという考えそのものは「ありきたり」といえよう。

 魔法の中でも剣を作り出し穿つものや、魔具の中にも剣を浮かせて自由に操るものがある。誰でも考え付くものだ、安易な発想だ、と揶揄する者もいる。ただ、その道の極みへと至るには並大抵の努力ではなしえない。

 と、いうのもシェリナが持つ魔術の剣。魔術である以上、“身体”を使っているのは確かなはずだが、多数の剣を出すために使う身体とは何か。自らの肉体の一部を武器へと変える媒体とは。


 その答えとして、長年クローネリ家の人間が使ってきたものが……、髪である。平均的な髪の本数は十万とされているが、シェリナの本数は約十六万。きめ細かい質感に加え本数も多い彼女の髪は、媒体として申し分ないものだ。髪は神が宿るとされている。“神武”と呼ばれるのも、頷けるものであろうか。ありきたりな発想である剣、されど魔法や魔具とは一線を画すにえを、彼女は捧げている。

 剣の強度と大きさは、髪の質と長さに比例する。短ければ短剣となり、まだ未発達な髪であれば軟弱な剣が練成される。身体の一部を捧げることで発動される魔術として、シェリナほど巧みに扱える人間も少ない。


「まぁこうなっては仕方あるまい。私一人で、残党を駆逐してやろう」


 ミュウ個人としては、ルーゼンが来るのを待っておきたいのだが……。どうにも、彼女の願いは叶わないようである。息を軽く吸い、空気を体内へ。

 ────戦いへと切り替えて、一人の少女は開口した。


「“箱庭”」


 シェリナの真下から彼女をスッポリと覆える箱が出現する。箱が生え出て、王女を覆うまで二秒もかからないが既に右手に持っていた剣で難なく切り捨てる。くだらん、と吐き捨てたシェリナが前を見れば、視界の全てが黒に染まっていた。

 闇。

 一瞬驚くも、自身が大きな何かに閉じ込められていると理解して。後方に待機していた剣の群れに命令し一斉に斬撃を見舞う。なんてことはない壁はもちろん崩壊し、崩れ落ちるも、のっそりと現れたのはまたもや壁であった。真っ暗な空間のため非常に見づらいものであったが、確かにそれはあって。シェリナを覆っていた箱の外に、すぐさま別の箱が覆っていたのだ。


「“三十なる娘箱”」


 自身がどれだけの箱に覆われているのか、さすがのシェリナでもわからなかった。ただ、あの短時間で閉じ込められたのは事実である。歯を少しキシばみながら剣に命令して先の倍の威力で四方八方に斬撃を見舞った。数秒で残り二十九あった箱も斬られ、外に出るも、予想をしていた光景とは違うものが視界に映る。


「“修羅鬼”」


 シェリナを中心に、六体の巨大な鬼の像がグルリと囲み。

 大きく腕を振りかぶって。

 叩き下ろされる。

 ────も、直撃する前に彼女の剣舞によって六体は斬壊。六体を斬りながら空中でミュウを視界に捉え、十なる剣を相手目掛けて放つ。放たれた剣は一直線に敵へと向かうも、すぐさまミュウの出現させた壁によって遮られた。

 直後、碧髪の少女は右の人差し指と薬指をトンと地面に落とす。呼応して空中にいるシェリナの真下から特級・創造魔法“フランヒュ──絶海糸”が発動される。銀色と朱色が混じった糸が生まれ、無数に絡まった状態で真上へと飛翔する。繊維系統の魔法でも極めて高位の魔法で、まず斬れない強度を誇り糸に縛られれば脱出することは不可能と称される魔法である。


「なんだ、もう終わりか?」


 剣を宙に浮かせ上に乗り、高みからこちらを見下みおろし、見下みくだしている王女がいて。

 “フランヒュ──絶海糸”は細切れに切断された。ミュウが“箱庭”を発動させてから三十秒ほど経過しており、魔法は既に五つを発動。されど外傷となしえたのは一つもなく、捉えることすらできず、剣だけを武器とする魔術師によって粉砕されてしまった。

 ミュウの魔法による拘束は不可能である。攻守一体であるシェリナの魔術とは、どうにも相性が悪いのかもしれない。創造魔法師にとっては難敵に相違ない。


「つくづく、貴様らの魔法は曲芸であると思うよ」


 足元にあった剣から飛び降り、着地する。顔を上げれば自信に、余裕すら感じさせる笑みをしている。ミュウに対し蔑みの色も言葉に乗せて、自慢の剣をクルリと回す。


「創造魔法? アズールの至宝? はっ、笑わせる。魔力を用い作り出す文明品として定義できるものは、この世に一つ……魔術だ。それ以外は全て二流品に過ぎぬ。現実を見よ。貴様の曲芸なる物らは全て私が斬り捨てた。偽が真に勝てるわけがないのだ。国としても文明品としても、劣るものということだ」


 クロネアの言葉は陶酔に満ちていた。

 自分の国と相手の国、比べるまでもなく魔術が至高だ、と。また、本来ならば言ってはならない侮辱の言葉も、この状況下では躊躇することなく発することができる。彼女はクロネアになったのだから。ただし、清純なる部分を全て排除し、穢れに特化した……彼女であるが。


 ミュウ・コルケットはそんな王女を静かに見つめている。

 ただただ、黙って、無表情に、眺めている。今もシェリナの口は閉じることなく、淡々と魔法を侮辱していた。自国が作り出した英知の結晶ともいえるそれを、ひたすらに馬鹿にされることはアズール人ならば当然に怒るものであろう。けれど、ミュウは怒らなかった。正確にいえば嬉しかった。だから、相手の言葉に応えるように、創造魔法の使い手は笑うのだ。


「“竹林囃子ちくりんばやし”」


 囃子とは、笛、大鼓、小鼓、太鼓を用い、謡や能をはやしたてることを指す。

 ただしここでは一切それらは登場せず、はやしたてるのは竹と林。

 二人のいた広間一面に。

 竹林が出現した。

 それも、視界を全て覆うほどの……圧巻たる数である。


「こざかしい」

  

 すぐさまシェリナが剣を振るい、竹林を斬り捨てる……も、斬られた竹林は落ちながら他の竹林にぶつかり、奇妙で面妖な音を奏でるのみ。まるで斬った者を笑うかのようであった。そしてほんの数秒で、斬った個所からまた竹林が生え出ては、王女の視界を緑だけの竹と林で覆うのだった。

 カラカラカラ、竹と竹とが鳴り響く。

 シャリシャリシャリ、林の葉が小刻みに揺れる。

 劇場を盛り上げるかのような、風流豊かな音色の演奏。


「虫唾が走る」


 剣を数十浮かせ、シェリナを中心に高速回転。威力と剣圧を備えた破壊は、瞬く間に竹林を蹴散らしていく。されど蹴散らすことはできようとも、完全に伏すことなど出来るわけもなく、すぐに元通りとなってあの音色を響かせる。……魔法師を討たねば消えぬかと判断して、自らが一歩前へ出た。その時であった。突如として林の枝が王女の足と腕に巻き付き、数秒程度であったものの動きを拘束。拘束したのだ。

 

「“茨百足いばらむかで”、“盲目の腕撃”」


 ヌッと。

 二つの魔力体で作られた物体が竹林より現れた。

 今までどこにいたというのか、甚だ理解しがたいが、しかし現実に、体長四メートルを超える巨大な百足と、眼球のペイントが至る所に塗られた巨大な右腕が、数秒動けなくした一人の女性を目がけ、猪突猛進の鬼神が如く……突貫する!

 咄嗟に剣で前を守るが数本のそれらでは決して持つわけもなく、破壊され、術者である女性に衝撃が走った。衝撃は消えることなく相手を容赦なく上空へ吹き飛ばす。金髪の女はそのまま天井にまで飛ばされて、派手な音を響かせながら激突した。


「ガッ!」


 ぐらりと倒れこみ、天井から離れる。

 ただ。

 視界の隅に何かがあって。

 自然とそちらを見れば。

 天井からにゅるりと生え出た大砲がジィッと王女を見つめていて……。

 

「ッ!?」


 気づいたのが早いか遅いかの刹那、砲撃がシェリナを直撃したのだった。

 ヒュルルルと落ちてくるクロネアの次期女王。そのまま落ちてくれば竹林が生い茂る魔法が出迎えてくれるものの、剣を空中に集合させその上になんとか着地する……が。

 赤い。

 視界のどこかが赤かった。顔を上げれば、竹林がシェリナがいる空中にまで伸びてきていて、その先端から何やら赤い物体が出ており、見れば、蜥蜴とかげである。赤い色をした蜥蜴が、シェリナの周りを囲むように多数出現し、あっけにとられる彼女を笑うかのように、プクゥーと膨らみながら光を発し────。


「“紅蜥蜴べにとかげの造形花”」


 爆発する。

 さらに、周囲にあった竹林が台風のように巻き込まれながら一点に集中。

 ギュルギュルと軋みながらも絡み合う音が徐々に増していき、一本の巨大な槍と化して、“竹林囃子”からの連携魔法技となり即座に放たれる。


「“竹林槍円弾”」


 まるでレーザーのように一直線に駆けたそれは、狙い通り命中する。

 衝撃でパラパラと竹林の一部が落ちてきて、“紅蜥蜴の造形花”で起こっていた煙も晴れてきた。目標の状態が露わとなる。……そこには、剣を何十本も集め卵のような形をした姿があった。卵の殻である剣が徐々に崩壊し、中の人間が表に出る。

 ハァ、ハァと肩で息をして、自身に今起こった攻撃の流れが、全て相手の計算通りであったことを瞬時に悟った。流れるような連携と、息つく暇もないほどの瞬撃。魔術師である以上、魔力で身体を守っているためアズール人やカイゼン人と比べて頑丈さは別格である。なれど、さすがの彼女でも、痛みは当然にあった。空中にいた状態から床へと降りる。


「私たちアズール人にとって魔法は大切なもの」


 うん、と朗らかに笑う少女。


「魔法とは摩訶不思議な現象を作りだすこと」


 そして、ゆっくりと歩く。


「でもね、一つ面白いことがあってね」


 魔法。

 魔力を用いて摩訶不思議な現象を作りだすこと。これに関しては定義として問題なく、周知のものとなっている。ただ、この魔法を生み出す際に必要なものに関して、魔力と別のものが必要とされている。魔力だけでは決して魔法は作れない。もう一つ必要なものがあるのだ。


 “断夏”という陣形魔法がある。照りつける日光を弱め、同時に大地から涼しい風を届ける魔法。これを発明したのは当時、十才にも満たなかった子供である。作った理由は至極明白、「暑いのが苦手」だったから。

 “ネビュウラ────厚曇”という自然魔法がある。空一面を曇りに変え、星や太陽が見えないようにしてしまう魔法。発明した魔法師は四十を超えた女性。作った理由は、結婚できない自分の眼前でイチャイチャしているカップルが天体観測しようとしていたので「嫌がらせでやった」とのこと。

 “帝騎士・十霊団”という創造魔法がある。アズール騎士団の歴代隊長の中でも特に強いとされた隊長を十人、一時的に像として作り出す特級・創造魔法。第三代アズール王が旅先で賊に襲撃され、命の危機に瀕した際、「妻と子供を守るため」にその場で生み出した情念の産物。


 そう、魔法とは確かに魔力が必要であるが、もう一つ必要なものがある。

 作り出した魔法師の想いである。ただ、これが実に多種多様、千差万別で全くといっていいほど「定義」できるものがない。ある者は適当な理由で、ある者はふざけた理由で、ある者は必死な理由で。特にアズール人を始め、クローデリア大陸で魔法と共に生きてきた人々は想像力・感性が非常に豊かであり、それが大きく魔法との相性が良かった。

 ゆえに、魔法を生み出す際に必要な“それ”に関しては定義をあえて決めないこととされた。自由に奔放に適当に、各々が好きなように魔法を作り出せるよう、人の数だけ無限に形があるよう、そんな想いが込められている。


「私たちアズール人は、魔法と共に生きてきた。だから魔法に対して凄く思い入れがあるよ。でもね、魔法と魔術って比べる必要があるのかなとも思うんだ。私はないと思うな。優劣を決める必要もないし、競うものでもない。互いに尊重し合えればいい」

「……」

「だから嬉しいなって」


 徐々にではあるが、確かに、ミュウ自身から出る魔力の濃さが異常に強くなる。それは、とても穏やかな波長であった。自然魔法の天才、リリィ・サランティスの濃さとは違う色合い。けれどはっきりとわかる強者の魔力。


「今一度、魔法の強さを魔術師である王女に魅せることができる今を、私は本当に嬉しく思うよ」


 七大魔法。その中で、最も想像力が必要とされる魔法がある。彼らは「想像による創造」と呼び、好んで扱う魔法師も多いとされる創造魔法。枝葉も多く、現在確認されている魔法の数は、987ある陣形魔法のゆうに五倍を超えるとされ、今もなお新たな魔法が誕生している。

 王族二人の戦いは苛烈さを増し、激闘に変わりつつある。

 ただ、後半戦は前半戦とは違い、長期戦になることはない。この二人の戦いもまた、それは同じであった。つまりは、この戦い、二人の想いとは相反して……。



「魔法の真骨頂、どうぞ御覧あれ」



 僅か三分で決するのだった。  



   * * *



 歩く二つの影。

 かれこれ歩いてどれだけの時間が経過しただろうか、両者はひたすらに歩き続ける。どこに向かっているのかわからない、終わりなき道なのか、ただひたすらに歩を進める。


「さて、戦争の方はどうなっているのだろうね。中々に興味深いが」

「貴方の“眼”があれば、どうなっているのか容易にわかるのではないのですか」

「いや、余が現在この姿になっているからには、眼を発動することはできないよ」

「そうですか。万能とはいかないのですね」

「まぁね」


 踏み歩く音だけが微かに響く。ずっと、延々と。


「余は神ではなく、クロネアの民だ。万能なんて言葉はさ、神にこそ相応しいと思わないかい?」

「神様を信じているみたいな発言ですね」

「あぁ、神はいると思うよ。どこかに必ずいる。そちらの方が神秘的で余好みだなぁ」

「そうですか。では、僕からも一つ言いたいことがあります」


 コツ……と、蒼髪の歩みが止まる。

 数歩先にいた相手も彼に合わせ、歩くことを止めた。「んー?」と振り返って、笑みを浮かべながら首を傾げる。


「そろそろ、時間稼ぎは止めていただきたいのです」

「どういうことかね?」

「貴方がここにいる以上、体内を自由に歩こうが歩かなかろうが大した意味はない。僕と話す際は周りの人間を強制的に排除するような空間を作り出した。そんな貴方が、わざわざ場所を選ぶ必要なんてない、ということです」

「いやいや、余としてはお兄さんとお話がしたかったんだよ」

「何をそんなに……焦っているのですか?」


 その、言葉を受けて。

 相手の表情が一瞬だけ動きを止めたことを、シルドは見逃さなかった。


「そんなに怖いのですか。僕に謎を解かれるのが」


 顔を伏せ、表情が読み取れないようにする存在。さらに言葉を重ねようとシルドが口を開くも、その前に、相手は右手をあげて軽く指を鳴らした。

 瞬間、両者がいた場所が図書館最上部に変わる。

 横を見れば外の景色が一望でき、夜の大平原が颯爽と風に揺れていた。シルドが鯨の体内にいる以上、どうしようかは相手の思うがまま。この場所へ移動させられたのも自由自在というわけであった。


「どうにも、余の気遣いがわかっていないようだね」

「気構えが足りなかったの間違いでしょう?」

「言うじゃないか。はん、最後の最後だというのに減らず口ばかり叩かれたとあっては、お兄さんの評価はダダ下がりだよ」

「では、ようやくお相手してもらえるというわけですね」

「…………」


 無言の返答。それを田舎貴族は承諾と解した。

 時間が迫っている。電子板でモモが退場したことを知った彼は、既に戦争が終局に向かいつつあることを充分に理解していた。おそらく残りのジン、ミュウ、ルーゼンらもそう長い戦闘はしないだろう。もしかしたら三人とも負傷していて、身を隠している場合もある。一番体力的に動ける自分がいかなくては、益々アズールに不利になる。

 しかし、焦ったところで事態が好転することなどないし、第二試練を合格できるとは到底思えない。やはり、心を落ち着かせて今の問題に全力で取り組むしかない……。役目は何か、やるべきことは何だ。自問自答し気持ちを高め、覚悟を決める。


「本当に、クロネアに来て良かったです」

「そうかい。余も、来てくれて良かったと思ってるよ」


 本当かよ、と言いたくなって苦笑してしまうシルド。先まで怒りの情を露わにしていた相手から、そんな返しがくるとは思ってもみなかったからだ。本当にトリッキーな鯨だと思わずにはいられない。

 相手は随分と優しそうな笑みをしていた。でも、ちょっと悲しそうな、楽しそうな、複雑な心情が入り乱れているような顔もしている。あちらも覚悟を決めているのか。それとも既に想定内なのか。わかる術はない。

 一度、大きく息を吸った。綺麗な空気だ、気持ちが安らぐ。グッと両手を握った。いい感じだ、程よい緊張である。時間は平等に流れゆき、世界のどこにいてもそれは同じ。彼らもまた世界の一つであろう。その中で、運命の戦いを始める両者に、世界は……何を見るのか。

 同時に笑って、真顔となり、想いを胸に、口を開く。



「僕は、あなたを解く」

「存分に踊りたまえよ、アズール人」



 第二試練、開演である。



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