第六二話
今日、帝都アルテミスの朝は静かだった。
石畳の通りを歩く私の足音が、薄い霧の中で小さく響く。レオン、ミリア、ガルドの作戦が始まった。
暗殺者――暗殺用ホムンクルスを誘き出すため、私が囮になる。心の中では、微かなざわめきがあった。
「…危険。でも、仲間と一緒。怖くない」と私は自分に言い聞かせた。
白いワンピースと薄い青色のボトムスを着ている。
戦闘用の装備ではなく、普段着を選んだ。レオンの指示だ。
「自然に見えるように」と。
彼らは遠くで私を見守っているはずだ。
人通りの少ない通りを選んで歩く。
市場の喧騒が遠くに聞こえ、風が私の白銀の髪を軽く揺らす。
スカートの下には、二振りの狩猟刀を隠している。冷たい金属の感触が太ももに触れ、安心感を与えてくれた。
周囲に気を配りながら、ゆっくりと歩く。
石の壁が並ぶ路地に入る。薄暗い影が私の足元に落ち、足音が反響する。
自然に振る舞うよう心がけたが、心の奥で何かが見張っているような感覚が広がっていた。
「…誰か、いる?」と私は呟き、紫の瞳で周囲をうかがった。
路地を抜け、やや開けた空間に出た瞬間、背中に冷たい水をかけられたような感覚が流れ込んできた。
かつて魔王の右腕と戦ったとき、感じた冷たい殺意が再びまとわりついてきた。
心臓が一瞬止まりそうになった。
「…危険」と私は即座に判断し、その場から転がるように離れた。次の瞬間、地面にハルバートが突き刺さった。
鋭い金属音が空間に響き、埃が舞い上がった。
立ち上がって振り返ると、そこに立っていた。
同じ背格好、同じ顔。鏡に映ったような少女がいた。
違うのは、漆黒の黒髪と燃えるような赤い瞳だ。私の心は波立った。
「…私と同じ?」と呟き、混乱が広がった。彼女の赤い瞳が私を捉え、冷たく光っていた。危険を感じ、反射的にスカートから狩猟刀を二振り取り出した。
金属の柄が手に馴染み、戦士としての本能が目覚めた。「…戦う」と私は呟き、疾風のような速さで踏み込んだ。
狩猟刀を振り下ろす。鋭い刃が空気を切り、少女に向かった。
だが、彼女はハルバートを器用に振り回し、私の攻撃を防いだ。
金属同士がぶつかる音が鋭く響き、火花が散った。次の瞬間、彼女がハルバートを振り回し、私を弾き飛ばした。体が地面に叩きつけられ、痛みが背中に走った。
「…痛い。でも、立つ」と私は呟き、すぐに立ち上がった。紫の瞳に決意を宿し、再び踏み込んだ。
二刀流を活かし、手数を増やした。
左の刀で横に斬り、右で上から叩き込む。多角的に攻め、一撃一撃にガルドの剣のような重さを込めた。だが、少女はハルバートを巧みに操り、防いだり避けたりしながら反撃してきた。
彼女の動きは流れるようで、私の攻撃をすべて読んでいるようだった。
赤い瞳が冷たく光り、殺意が私の肌を刺した。
「…強い」と私は呟き、息を整えた。
戦いは続いた。
石の地面に足跡が刻まれ、埃が舞う。私の白いワンピースが土で汚れ、汗が額に滲んだ。
彼女の黒髪が風に揺れ、ハルバートの刃が光を反射した。
互角の戦いだったが、心の中では不安が広がっていた。
「…勝てる? 仲間が来るまで、持つ?」と私は考え、刀を握る手に力を込めた。
彼女の赤い瞳が私を追い、冷たい笑みが浮かんだ気がした。
突然、背後から足音が聞こえた。レオン、ガルド、ミリアが駆けつけてきた。
「リリィ!」とミリアの声が響き、緑の瞳が心配でいっぱいだった。
レオンが剣を手に持ち、ガルドが大剣を構えた。
「…暗殺者だ! 援護する!」とレオンが叫んだが、私と少女の戦いは隙を与えなかった。刀とハルバートがぶつかり合い、金属音が空間を満たした。
ミリアが「リリィちゃん、気をつけて!」と叫び、魔法を準備したが、戦いの速さに追いつけなかった。
レオンたちが私たちを取り囲むように立ち、ただ見守るしかできなかった。
数分か、数十分か…時間は分からなかった。
心臓の鼓動だけが大きく響き、汗が目に入った。少女の赤い瞳が私を捉え続け、殺意が濃くなった。
「…終わらない」と私は呟き、疲労が体を重くした。
だが、諦める気はなかった。仲間がいる。ミリアの声、レオンの気配、ガルドの存在。それが私の支えだった。
突如、狩猟刀とハルバートを鍔迫り合わせた瞬間、奇妙な感覚が広がった。
周囲に魔法陣が現れ、青白い光が私と少女を包んだ。体が強制的に動きを止められ、刀が止まった。
「…何?」と私は呟き、紫の瞳で魔法陣を見た。少女も同じく動きを止め、赤い瞳が一瞬揺れた。
次の瞬間、レオンが「今だ!」と叫び、剣を少女に振り下ろした。
だが、少女の瞳がレオンを捉えた瞬間、彼の体が痺れ、動きが鈍った。
「…レオン!」と私は心の中で叫んだ。すると、少女の体から濃厚な煙が噴き出した。
黒い霧が視界を覆い、石の地面に影が広がった。煙が喉を刺激し、咳き込んだ。
ミリアが「リリィちゃん!」と叫び、魔法で煙を払おうとしたが、時すでに遅しだった。
煙が晴れると、少女の姿が消えていた。ハルバートだけが地面に突き刺さり、静寂が戻った。私の心は混乱と安堵で揺れた。
「…消えた。勝てなかった?」と呟き、刀を下ろした。体は疲れ果て、ワンピースが汗と土で汚れていた。
ミリアが駆け寄り、「リリィちゃん、大丈夫!?」と抱きしめた。レオンが「…逃げられた。だが、彼女の力は本物だ」と呟き、剣を鞘に収めた。ガルドが「くそっ、油断したぜ! 次は逃がさねえ!」と叫んだ。
開けた空間に冷たい風が吹き、血の匂いが薄れていった。私の紫の瞳は、地面に突き刺さったハルバートを見つめた。
「…同じ顔。同じ私?」と呟き、心に疑問が広がった。彼女の赤い瞳、殺意、力――それが私の一部なのか? 過去の封印された記憶が、かすかに浮かびそうで、また沈んだ。
ミリアが「リリィちゃん…怖かったね。でも、よく耐えたよ」と呟き、髪を撫でた。彼女の温もりが、私を安心させた。
レオンが「リリィ、この戦いで分かった。暗殺者はお前と同じ存在だ。だが、次は準備を整える。必ず倒す」と呟き、決意を込めた目で私を見た。
ガルドが「そうだぜ、リリィ! 俺たちがお前を守るからな!」と笑った。
私の心は静かに戻った。
「…仲間。ありがとう」と呟き、無表情のまま微笑んだ。だが、赤い瞳の少女の影は、心の奥に残り続けた。彼女との再戦が、いつか訪れる。その日まで、仲間と共に強くなるしかない。




