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第四十九話

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帝都アルテミスの港は、夜の帳が下りると静寂に包まれる。波の音が遠くで響き、潮の匂いが冷たい風に混じる。港の端に立つ古い灯台は、長い間使われていないにもかかわらず、今夜は不気味な気配を漂わせていた。

三日月の淡い光が海面に揺れ、勇者たちの足元を照らしていた。


勇者レオン、戦士ガルド、ヒーラーミリア、そしてリリィの四人は、魔王軍の戦術家クロノスの手がかりを追ってこの灯台にやってきた。

リリィが数日前に路地裏で得た情報――「月が欠ける夜、港の灯台にクロノスが現れる」という言葉を頼りに、彼らは今、灯台の扉の前に立っていた。


レオンは剣の柄に手を置き、鋭い目で扉を見つめた。

「準備はいいな。クロノスが本当にいるかどうかは分からないが、油断するなよ」

ガルドが拳を鳴らし、豪快に笑った。

「へっ、クロノスだろうが何だろうが、ぶっ飛ばしてやるぜ!」

ミリアはリリィの手をそっと握り、優しく微笑んだ。

「リリィ、無理しないでね。私たちがいるから、安心して」

リリィは小さく頷いたが、彼女の青い瞳には一抹の不安が宿っていた。

あの路地裏での出来事――情報を得るために払った代償が、彼女の心に重くのしかかっていた。


---


レオンが重い鉄の扉を押し開けると、錆びた蝶番が軋む音が響いた。灯台の中は暗く、湿った空気が肌にまとわりついた。

四人が一歩踏み入れた瞬間、闇の中から二つの影が飛び出してきた。

顔を布で隠した男たちが、短剣を手に襲いかかってきたのだ。


「ちっ、待ち伏せか!」

レオンは瞬時に剣を抜き、男の一人の腕を斬りつけた。ガルドはもう一人の男の腹に拳を叩き込み、鈍い音とともに相手を壁に叩きつけた。

戦闘は一瞬で終わり、気絶した男たちが床に倒れた。


「どうやら当たりのようだな」

レオンが低い声で呟き、仲間たちに目配せした。リリィの胸が早鐘を打った。

この気配、敵の存在――彼女の情報が本物だったのだ。

だが、同時に、路地裏の男の冷たい笑みが脳裏をよぎった。


一行は螺旋階段を慎重に登り始めた。

灯台の内部は狭く、壁には古い苔が生え、時折海風が隙間から吹き込んでくる。

階段の途中でも、数人の敵が襲いかかってきたが、レオンの剣とガルドの拳、ミリアの癒しの魔法で次々と倒していった。リリィは短剣を手に後方から援護しつつ、仲間たちの背中を見つめた。


「みんな、気を付けて……」

リリィの小さな声は、戦闘の音にかき消された。


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長い階段を登り切り、四人は灯台の頂上にある部屋にたどり着いた。

そこは円形の部屋で、窓から三日月の光が差し込み、床に奇妙な紋様が描かれていた。部屋の中央には、ローブを目深に被った男が立っていた。

男は何か呪文のようなものを唱えており、その声は低く、不気味な響きを帯びていた。


「クロノスか!?」

ガルドが叫び、男に殴りかかった。だが、彼の拳は透明な障壁に阻まれ、鈍い音を立てて跳ね返された。

レオンが剣を振り上げるが、剣先もまた同じ障壁に弾かれた。


「魔法の結界……! ミリア、支援を!」

レオンが叫ぶと、ミリアが杖を掲げ、結界を解く魔法を唱え始めた。

だが、その瞬間、男が素早く手を振った。

ローブの袖から細かい粉が撒き散らされ、部屋中に広がった。


「くっ、なんだこれ!?」

ガルドが咳き込みながら叫んだ。四人は咄嗟に口を覆ったが、すでに遅かった。粉を吸い込んだ瞬間、体から力が抜けていく感覚が襲ってきた。

レオンが膝をつき、ガルドが壁にもたれかかり、ミリアが杖を取り落とした。

リリィは床にへたり込み、震える手で短剣を握りしめた。


「この感覚……あのときと同じ……!」

リリィの脳裏に、数日前の路地裏での出来事が蘇った。あの男が唱えた呪文、力を奪う感覚――今、目の前で起こっていることは、あのときと同じ効果だった。

彼女は必死に体を動かそうとしたが、手足はまるで鉛のように重く、言うことを聞かなかった。


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男は四人が動けなくなったのを確認すると、ゆっくりとローブのフードを捲った。その顔を見て、リリィの心臓が凍りついた。

瘦せた頬、無精ひげ、蛇のような冷たい目――それは、路地裏でリリィに情報を与え、彼女の唇を奪った男だった。


「お前……!」

リリィがかすれた声で呟くと、男は薄ら笑いを浮かべた。

「おや、覚えててくれて嬉しいね、お嬢ちゃん。ここに来るように仕向けたのは、俺さ。クロノス? ハハ、悪いな、今日はあいつ、来ねぇよ」


男の言葉に、レオンの目が怒りで燃えた。

「貴様……何のつもりだ!?」

男は肩をすくめ、リリィを指差した。

「まぁ、せっかくこうやって揃ったんだ。いい機会だから、話してやるよ。このお嬢ちゃん、クロノスの情報を欲しさに、俺にいい思いをさせてくれたんだ。ほら、覚えてるだろ? あの華奢な体、控えめな胸、柔らかい唇――いやぁ、美味かったぜ」


リリィの顔が真っ赤になり、すぐに青ざめた。彼女はミリアたちに知られたくなかった。

あの路地裏での屈辱、情報を得るために耐えた行為――それが今、仲間たちの前で暴かれてしまった。リリィの目から涙が溢れ、彼女はうつむいた。


「リリィ……そんなことが……」

ミリアの声は震え、悲しみに満ちていた。

レオンとガルドも言葉を失い、ただ男を睨みつけた。

だが、薬の効果で誰も動けず、男の嘲笑だけが部屋に響いた。


「まぁ、楽しかったぜ、お嬢ちゃん。クロノスには近づかねぇ方がいい。次はもっと高い代償を払ってもらうからな」

男はそう言い残し、窓から身を投げた。

次の瞬間、彼の姿は闇に溶けるように消え、灯台には静寂が戻った。


---



しばらくして、薬の効果が薄れ、四人は徐々に体を動かせるようになった。

レオンが剣を拾い、ガルドが拳を握りしめたが、男はすでにどこにもいなかった。リリィは床に座り込んだまま、顔を両手で覆い、静かに泣いていた。


「リリィ……」

ミリアがリリィに近づき、そっと彼女を抱き寄せた。リリィの小さな体は震え、涙がミリアのドレスを濡らした。


「ごめん、ミリア……みんなに、知られたくなかった……私、汚いことして……仲間なのに、こんな……」

リリィの声は途切れ途切れで、恥ずかしさと悲しみに押しつぶされそうだった。

ミリアはリリィの髪を優しく撫で、静かに言った。


「リリィ、汚いなんてことないよ。君は私たちのために、クロノスを追うために、頑張ったんだよね。それって、すごく強いことだよ。どんな

ことがあっても、君は私の大事なリリィだよ」


ミリアの声は温かく、まるでリリィの心を包み込むようだった。リリィはミリアの胸に顔を埋め、さらに強く泣いた。


レオンが静かに口を開いた。

「リリィ、無理して一人で背負うな。俺たちも悪かった。もっと早く気づいてやるべきだった」

ガルドも拳を握り、悔しそうに言った。

「くそっ、あの野郎、絶対見つけてぶっ飛ばしてやる! リリィ、俺たちで一緒にクロノスを捕まえようぜ!」


リリィは涙を拭い、ゆっくりと顔を上げた。

ミリアの優しい笑顔、レオンとガルドの力強い言葉が、彼女の心を少しずつ癒していった。


「うん……ありがとう、みんな……」

リリィの声はまだ弱々しかったが、そこには再び立ち上がる決意が宿っていた。


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灯台を後にした四人は、宿屋に戻り、次の作戦を練り始めた。 

クロノスはまだ遠く、今回の情報も罠だった。

だが、リリィの心には、仲間たちの支えがしっかりと根付いていた。あの路地裏での屈辱も、灯台での裏切りも、彼女を折ることはできなかった。


ミリアはリリィの手を握り、そっと呟いた。

「リリィ、これからも一緒に戦おうね。どんなときも、私がそばにいるよ」

リリィは小さく頷き、ミリアの手を握り返した。


三日月の光が海に揺れる夜、勇者たちの戦いはまだ終わらない。

クロノスの影を追い、彼らは新たな一歩を踏み出した。


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