第四十四話
帝都「アルテミス」の近衛兵訓練施設は、城壁の内側に広がる広大な敷地に位置していた。
石造りの建物が立ち並び、訓練用の広場では兵士たちが汗と埃にまみれながら鍛錬に励んでいた。
魔王を倒した勇者一行――レオン、ガルド、ミリア、そしてリリィ――は、帝都での休息期間中、近衛兵の訓練を支援していた。
レオンとガルドは教官として招かれ、兵士たちに戦闘技術を指導していた。
広場の中央で、ガルドが大声で指示を出していた。
「もっと腰を落とせ! 敵は隙を見逃さねえぞ!」彼の巨体が動くたびに、地面が微かに震えた。
ガルドの戦斧が陽光に反射し、兵士たちに緊張感を与えていた。
レオンが「ガルドの言う通りだ。剣を振るだけじゃなく、敵の動きを読むんだ」と冷静に補足し、模範演技を見せた。
レオンの剣さばきは流れるように美しく、兵士たちはその動きに目を奪われた。
広場の端にある木陰で、ミリアとリリィがその様子を眺めていた。ミリアが「レオンとガルド、教えるの上手だね。兵士たち、どんどん上達してる」と笑うと、リリィが無表情で「…うん。ガルド…うるさいけど…強い」と呟いた。
リリィの白いワンピースがそよ風に揺れ、白銀の髪が陽光に輝いていた。
紫の瞳は無感情だが、仲間たちの姿をじっと見つめていた。
彼女の小さな体に携えられた2本の狩猟刀はまるで彼女の一部のように自然にそこにあった。
訓練が一段落し、兵士たちが水を飲んだり、汗を拭いたりし始めた。
レオンが「今日はここまでだ。よく頑張った」と兵士たちに声をかけ、ガルドが「次はもっと厳しくいくぞ! 覚悟しとけ!」と豪快に笑った。
ミリアが「リリィちゃん、私、ちょっとレオンたちに飲み物持っていくね。見てててくれる?」と尋ねると、リリィが「…うん。ミリア、行って」と呟き、木陰で一人待つことにした。
ミリアがレオンとガルドのもとへ向かうと、リリィは一人で訓練施設を見て回ることにした。
彼女は好奇心から、訓練場の隅にある武器庫や休憩所を覗いてみた。
石造りの建物の中はひんやりとしており、鉄の匂いが漂っていた。
リリィが「…広い」と呟き、スコップを手に持ったまま歩き回った。
彼女の足音は小さく、まるで幽霊のように静かだった。
その時、休憩所の近くで数人の兵士が会話をしている声が聞こえてきた。リリィは物陰に隠れ、兵士たちに気づかれないようにそっと耳を傾けた。
兵士たちは訓練を終えたばかりで、汗だくのまま水を飲みながら話をしていた。
彼らはリリィの存在に気づかず、気軽に会話を続けていた。
一人の兵士が「なぁ、勇者一行の女たち、めっちゃ美人だよな」と呟くと、別の兵士が「だろ? 特にあのミリアって女、スタイル抜群だぜ。細い腰に長い脚…あんな女を抱いてみてえ」と下卑た笑いを浮かべた。
もう一人が「俺はリリィって子がいいな。人形みたいでさ、小柄で可愛いだろ? あんな子を弄んでみたいぜ」と言い、仲間たちと笑い合った。
リリィは物陰でその会話を聞き、無表情のまま状況を分析した。
彼女はレオンやガルドから、兵士というものは睡眠や食欲、そして性欲といった欲求が普通の人よりも強い傾向にあると聞いていた。そのため、彼らの会話に強い嫌悪感は抱かなかったが、聞いていて気持ちの良いものではないと感じた。
「…ちょっと嫌な感じ」と呟き、紫の瞳に微かな苛立ちが浮かんだ。
兵士たちの会話はさらに続き、「ミリアってさ、優しそうな顔してるけど、戦場じゃ魔法で敵を焼き尽くすんだろ? そんな女を組み伏せてみたいぜ」と一人が言うと、別の兵士が「リリィも見た目は可愛いけど、二刀流の狩猟刀で敵を薙ぎ払うらしいな。俺、そういうギャップに弱いんだよ」と笑った。
リリィが「…ミリアのこと…変な話…嫌」と呟き、そっとその場を離れることにした。
彼女の心に小さな波紋が広がったが、感情を表に出さず、冷静にミリアのもとへ戻ることを決めた。
リリィが物陰から出て、静かに歩き去ろうとしたその時、兵士の一人が彼女の後ろ姿に気づいた。
「…おい、あれ、リリィじゃねえか?」と呟き、仲間たちに目配せした。
兵士たちはふざけて猥談をしていたが、帝都の近衛兵として選ばれた優秀な戦士たちだった。
彼らは相手の練度を見抜く眼力を持ち合わせており、戦場での経験から直感的に危険を察知する能力があった。
リリィの後ろ姿を見た兵士たちは、彼女の歩き方や狩猟刀を持つ姿勢に異常なまでの落ち着きと自信を感じた。
リリィの小さな体からは、まるで猛獣のような気配が漂っていた。
一人の兵士が「…あいつの動き、普通じゃねえ。戦士としてのレベル…めっちゃ高いぞ」と呟くと、別の兵士が「だな…。下手したら、ガルドやレオンよりも危険なんじゃねえか?」と呟いた。
兵士たちの背筋に冷たいものが走った。
彼らはリリィの戦闘者としての高レベルさに本能的に気づき、一種の怖気を感じた。「…俺たち、変なこと言ってたけど…あいつに聞かれてたらヤバかったんじゃねえか?」と一人が呟き、仲間たちが「だな…。あんな子に睨まれたら、俺、戦場で死ぬかもしれねえ」と苦笑いした。リリィの後ろ姿が遠ざかるのを見ながら、兵士たちは彼女に対する畏怖の念を抱いた。
リリィが木陰に戻ると、ミリアがちょうどレオンとガルドに飲み物を渡し終えて戻ってきた。「リリィちゃん、お待たせ! 見ててくれてありがとう」と笑うと、リリィが無表情で「…うん」と呟き、ミリアの横に座った。ミリアのそばは、リリィにとって一番落ち着く場所だった。彼女の心に広がった波紋が、ミリアの温かさに触れることで静かに消えていった。
ミリアが「リリィちゃん、訓練場見て回ってたの? 何か面白いものあった?」と尋ねると、リリィが「…武器庫…鉄の匂い」と呟き、兵士たちの会話については話さなかった。
彼女はミリアに心配をかけたくなかったし、兵士たちの下品な話をミリアに聞かせる必要はないと感じていた。
リリィが「…ミリア、好き」と呟き、ミリアの腕に寄りかかると、ミリアが「私もリリィちゃんが大好きだよ」と笑い、リリィの頭を撫でた。
リリィの紫の瞳に微かな安心感が宿り、心の平穏が戻った。兵士たちの猥談は彼女の心に一瞬の不快感を与えたが、ミリアの存在がそれを全て癒してくれた。
リリィが「…ミリア、暖かい」と呟き、無表情のままミリアの腕の中で目を閉じた。ミリアが「リリィちゃん、疲れたなら少し休もうね」と言い、二人は木陰で穏やかな時間を過ごした。
やがて、レオンとガルドが訓練を終えて戻ってきた。
レオンが「ミリア、リリィ、待たせたな。兵士たちの訓練、なかなか悪くなかった」と笑うと、ガルドが「だな! 俺の指導が良かったからだぜ!」と豪快に笑った。ミリアが「二人ともお疲れ様。リリィちゃんも見ててくれてありがとう」と笑い、リリィが「…うん」と呟いた。
レオンが「さて、次はクロノスの調査だ。リリィ、ミリア、王都での情報収集はどうだ?」と尋ねると、ミリアが「まだこれからだけど、リリィちゃんが一緒なら大丈夫だよね」と笑った。リリィが「…ミリアと一緒なら…できる」と呟き、スコップを握り直した。一行は新たな敵との戦いに備え、訓練場を後にした。
リリィの心には、兵士たちの猥談が微かな影を落としていたが、ミリアのそばにいることでその影は薄れていた。彼女にとって、ミリアはただの仲間ではなく、心の拠り所だった。
一方、兵士たちはリリィの戦闘者としての高レベルさに畏怖を抱き、彼女に対する見方を変えた。
リリィ自身はそんな兵士たちの反応に気づかず、ただミリアのそばで穏やかな時間を過ごしていた。一行は新たな戦いに向けて歩みを進め、帝都の夕陽が彼らを照らした。




