第四十二話
魔王とその右腕である執事を倒し、帝国の都「アルテミス」に平和が訪れたかに見えた。
勇者一行――レオン、ガルド、ミリア、そしてリリィ――は王都で休息を取っていた。
レオンとガルドは魔王の残党を追う調査に出かけていたが、リリィとミリアは王都の賑やかなストリートで束の間の穏やかな時間を過ごしていた。
王都の服屋が並ぶストリートは、色とりどりの布や装飾品で溢れていた。
ミリアが「リリィちゃん、このドレス似合いそう!」と笑顔で言うと、リリィが無表情で「…ミリアが選ぶなら…着る」と呟いた。
リリィは小柄で実年齢よりも幼い容姿だったが、白銀の髪に白磁のような白い肌、紫色の瞳が気品を感じさせ、どんな服を着ても目を引く存在だった。
ミリアはリリィを着せ替え人形のように扱い、次々と服を試着させた。
リリィが淡い水色のドレスを着ると、店主が「まるで妖精のようだね!」と感嘆の声を上げた。
ミリアが「本当、リリィちゃんって何を着ても可愛いね」と笑い、リリィが「…ミリアが喜ぶなら…いい」と呟いた。
ドレス姿のリリィはまるで絵画のようで、通りすがりの人々が思わず振り返った。
平民の普段着であるシンプルなチュニックを着ても、彼女の美しさは際立ち、ミリアが「リリィちゃん、平民の服でも高貴に見えるね」と感心した。
一通り買い物を終えた二人は、ストリートの端にある小さな食堂で昼食を取ることにした。木製のテーブルに座り、ミリアが注文したのは王都名物のハーブ入りシチューと焼きたてのパンだった。リリィがシチューを一口食べ、「…美味しい…ミリア、好き?」と呟くと、ミリアが「うん、私も好きだよ。リリィちゃんが食べてくれて嬉しい」と笑った。
リリィは初めて食べる料理に小さな満足感を抱き、無表情ながらも紫の瞳に微かな光が宿った。
だが、その穏やかな食事の最中、リリィの鋭い感覚が何かを捉えた。食堂の窓から見える路地裏に、ローブを目深に被った人物が立っていた。リリィが無表情でその人物を見つめ、「…見てる」と呟いた。ローブの人物は動かず、ただじっと二人の方を観察しているようだった。
リリィは襲ってくる様子がないこと、殺気も感じられないことから、すぐに反応せず、シチューを食べ続けた。だが、彼女の心は冷静に状況を分析していた。
「…敵…? 違う…でも…気になる」と呟き、パンを手に持ったまま視線を路地裏に向けた。
ミリアが「リリィちゃん、どうしたの?」と尋ねると、リリィが「…なんでもない」と呟き、再びシチューに集中した。
ローブの人物はしばらく二人の様子を見ていたが、やがて路地裏の奥に姿を消した。リリィはその動きを目で追い、無表情のまま状況を記憶した。彼女の直感は、何かがおかしいと告げていたが、今はミリアとの時間を楽しむことを優先した。
一方、レオンとガルドは王都の外れにある古い砦で調査を進めていた。魔王の残党が潜んでいる可能性があると聞き、二人で探索に来ていたのだ。
砦の地下室で、レオンが古い書類を見つけ、「…これは魔王の作戦記録だ。戦術家と呼ばれる者がいたらしい」と呟いた。
ガルドが「戦術家? 聞いたことねえな。どんな奴だ?」と尋ねると、レオンが「表舞台には出ず、影から魔王を支えていた頭脳派だ。魔王が倒された後も生き残っている可能性がある」と答えた。
書類には、戦術家の名前――「クロノス」――と彼の特徴が記されていた。
クロノスは常にローブを被り、姿を隠して行動する知略家で、魔王の軍勢を裏から操っていた。
レオンが「こいつが生きてるなら、帝国にとって新たな脅威になる。すぐにミリアとリリィに知らせないと」と呟き、ガルドが「だな。リリィの直感なら、クロノスの気配に気づくかもしれねえ」と頷いた。二人は王都に戻ることを決め、急いで馬を走らせた。
その頃、リリィとミリアは王都であてがわれた小さな家に戻っていた。
家は王都の中心から少し離れた静かな住宅街にあり、木造の二階建てで、庭には小さな花壇があった。
ミリアが「リリィちゃん、今日買ったドレス、明日着てみようね」と笑うと、リリィが「…うん。ミリアが喜ぶなら」と呟いた。
二人は買い物の荷物を整理し、暖炉の前に座って温かいハーブティーを飲んでいた。
リリィが突然、ティーカップを置き、「…ミリア、話がある」と呟いた。
ミリアが「どうしたの、リリィちゃん?」と尋ねると、リリィが「食事中…ずっと見てる人がいた。路地裏に…ローブを被ってた」と淡々と報告した。ミリアの表情が一瞬引き締まり、「ローブ…? 殺気は感じた?」と尋ねると、リリィが「…感じない。襲う気配もなかった。でも…気になる」と答えた。
ミリアが「そう…。リリィちゃんが気になるってことは、ただの通行人じゃないかもね。少し警戒しておこう」と呟き、杖を手に持った。
彼女の心に微かな不安が芽生えたが、リリィを怖がらせないよう、笑顔を保った。
「リリィちゃん、もし何かあったら私が守るからね。安心して」と言い、リリィが「…ミリア、ありがとう」と呟き、無表情のままミリアの手を握った。リリィの小さな手は冷たかったが、ミリアの手の温かさに触れると、紫の瞳に微かな安心感が宿った。
その夜、リリィは家の二階にある自室の窓から外を見ていた。月明かりが王都を照らし、遠くで衛兵の足音が響いていた。
彼女の視線は鋭く、昼間のローブの人物を思い出し、「…誰…? 敵…?」と呟いた。
リリィの直感は、何か大きな脅威が迫っていることを感じ取っていた。
一方、王都の外れに潜むクロノスは、暗い部屋で地図を広げていた。
ローブの下から覗く青白い顔には、冷たい笑みが浮かんでいた。
「リリィとミリア…魔王を倒した勇者一行の一人か。興味深い。まずは様子を見て、弱点を見極めるとしよう」と呟き、指で地図上の王都をなぞった。
クロノスは戦術家として、直接戦うよりも敵を追い詰める策を好む男だった。
彼の計画はすでに動き始めており、リリィとミリアは新たな戦いの渦に巻き込まれようとしていた。
翌朝、レオンとガルドがリリィとミリアの家に駆けつけた。レオンが「リリィ、ミリア、重要な話がある。魔王の戦術家が生きてる可能性がある」と告げると
ミリアが「戦術家…? それって…」と呟き、リリィが「…ローブの人…?」と呟いた。
レオンが「ローブ? どこで見たんだ?」と尋ねると、リリィが「昨日…食事中。路地裏にいた」と答えた。
ガルドが「間違いねえ、そいつがクロノスだ! リリィの直感、やっぱすげえな」と叫び、レオンが「これからもっと警戒が必要だ。クロノスは知略家だ。直接戦うより、策で追い詰めてくる」と警告した。
ミリアが「リリィちゃん、私たちが一緒なら大丈夫だよ。レオンとガルドもいるし、みんなで乗り越えよう」と笑い、リリィが「…うん。ミリアと一緒なら…怖くない」と呟いた。一行は新たな敵との戦いに備え、王都での平穏な日々は再び緊張感に包まれた。クロノスの影は静かに、しかし確実に迫っていた。




