第四十話
リリィが目覚めてから数日後、リリィはベッドの上で過ごす時間が多かったが、ある朝を境にその状況は一変した。目覚めた瞬間、体が驚くほど軽く感じられ、傷口から滲んでいた痛みがまるで嘘のように消えていたのだ。
医者が診察に訪れたとき、彼は目を丸くして何度もリリィの体を調べ直した。
「こんな回復速度は見たことがない……傷が完全に塞がっている。瘢痕すら残っていないなんて」
医者の驚愕の声に、ミリアは安堵の笑みを浮かべた。彼女はリリィのそばに寄り添いながら、その小さな奇跡を静かに喜んだ。
一週間も経たないうちに、リリィはほぼ完全に回復していた。傷跡が残らないことにミリアは心から安心し、リリィが再び歩けるようにとリハビリに献身的に付き合った。
最初はぎこちなかったリリィの足取りも、ミリアの手を借りながら日に日にしっかりとしたものになっていった。
二人が並んで庭を歩く姿を見た周囲の人々は、口々に微笑ましい感想を漏らした。
「まるで仲の良い姉妹みたいだね」
「いや、恋人同士と言ってもおかしくないよ。あの信頼感は特別だ」
そんな言葉が耳に入るたび、ミリアは少し照れくさそうに笑い、リリィは無表情ながらもどこか満足げにミリアの腕に寄りかかった。
目覚めてからのリリィには、確かに変化があった。以前からミリアには懐いていたものの、その距離感はどこか遠慮がちで、感情をあまり表に出さない少女だった。
しかし今は違う。ミリアがそばにいると、リリィの鋭い瞳が柔らかく緩み、口元に微かな笑みが浮かぶようになった。ミリア自身もその変化に気づき、心のどこかで嬉しさが膨らむのを感じていた。
ある日の午後、二人が庭のベンチで休んでいると、リリィが突然口を開いた。
「ミリア、魔法を教えてほしい」
その言葉にミリアは一瞬驚いたが、リリィの真剣な眼差しを見て頷いた。
「いいよ、リリィ。私で教えられることなら、なんでも付き合うから」
こうして、リリィの魔法修行が始まった。
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ミリアはリリィを連れて、屋敷の裏手にある小さな森へと向かった。そこは木々が風にそよぎ、小川が静かに流れる穏やかな場所で、魔法の練習にはうってつけだった。
ミリアは手に持った木の杖を軽く振って見せると、リリィに説明を始めた。
「魔法の基本は、まず自分の心を落ち着けること。それから、自然の中にある力を感じて、それを自分の意志で形にしていくの」
リリィは黙ってミリアの言葉に耳を傾け、小さく頷いた。
彼女の手にはミリアが貸してくれた予備の杖が握られていた。
最初の課題は簡単な光の魔法だった。ミリアが杖を掲げると、その先端に小さな光の粒が浮かび上がり、やがて柔らかな輝きとなって周囲を照らした。
「やってみて、リリィ。焦らなくていいから、自分のペースで」
リリィは杖を握り直し目を閉じて深呼吸をした。
しばらくの沈黙の後、杖の先が微かに震え、かすかな光がちらついた。
だが、次の瞬間、その光は消えてしまった。
「う……難しい」
リリィが珍しく苛立ちを口にすると、ミリアは優しく笑って彼女の肩に手を置いた。
「初めてにしては上出来だよ。私だって最初は光すら出せなかったんだから」
その言葉にリリィは少しだけ表情を緩め、再び杖を構えた。
何度も失敗を繰り返しながら、リリィは少しずつコツを掴んでいった。
ミリアは辛抱強く見守り、時には手を取って杖の動かし方を教え、時には言葉で励ました。
数日後、リリィが初めて安定した光を灯したとき、ミリアは思わず拍手を送った。
「すごい、リリィ! 本当に覚えが早いね」
リリィは無言で光を見つめていたが、その瞳には確かに喜びが宿っていた。
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魔法の練習は日々続き、リリィの才能は目覚ましい速度で開花していった。光の魔法から始まり、やがて風を操る術、小さな水の流れを生み出す術へと進んでいった。
ミリアは驚きながらも、リリィの成長を心から誇らしく思った。
「リリィ、もしかしたら私より上手になるかもしれないね」
そんな冗談を言うと、リリィは少しだけ首を振った。
「ミリアが教えてくれるから、上手くなれるんだよ」
その素直な言葉に、ミリアは胸が温かくなるのを感じた。
ある夜、練習を終えた二人は森の小川のほとりに腰を下ろし、星空を見上げていた。リリィがふと口を開いた。
「ミリア、ありがとう。私、目覚めてからずっと、ミリアがそばにいてくれて良かったって思ってる」
ミリアは驚いてリリィを見た。
普段感情をあまり言葉にしないリリィからの告白に、心が震えた。
「私もだよ、リリィ。君が元気になって、こうやって一緒にいられることが何より嬉しい」
二人はしばらく無言で星を眺めていたが、その沈黙は心地よいものだった。
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魔法の修行が進むにつれ、リリィは自分の力を試したいと考えるようになった。
ミリアはそんな彼女の気持ちを察し、ある提案をした。
「リリィ、そろそろ実践的な練習をしてみない? 森の奥に、ちょっとした試練の場があるの。私と一緒なら大丈夫だよ」
リリィは迷わず頷き、二人は新たな挑戦へと向かった。
森の奥には古い石碑が立ち、そこに宿る魔力を相手に戦う試練が待っていた。ミリアが援護に回り、リリィが主に魔法を放つ形で戦いが始まった。
最初は緊張からか動きが硬かったリリィだが、ミリアの声援を受けて徐々に冷静さを取り戻した。
風の刃で魔力を切り裂き、光の矢で石碑を打ち砕いたとき、リリィは初めて自分の力を実感した。
「やった……!」
息を切らしながら呟くリリィに、ミリアは満面の笑みで駆け寄った。
「本当にすごいよ、リリィ! 君ならもっと大きなこともできるって、私信じてるから」
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こうして、リリィとミリアの絆は魔法を通じてさらに深まり、二人は新たな未来へと歩み始めた。リリィの回復と成長、そしてミリアの支えが織りなす日々は、これからも続いていくのだろう。




