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第三十二話


山岳地帯を越え、麓の街ヴェルナに辿り着いた勇者一行――レオン、ガルド、ミリア、そしてリリィ――は、宿屋「山羊の角」で毒入り料理に襲われた事件の翌日の朝を迎えていた。

前夜の混乱は街全体に波及し、毒で倒れた客たちは薬師の手当てで一命を取り留めたものの、意識は戻らず、宿屋は不穏な空気に包まれていた。一行は休息を切り上げ、毒を仕掛けた者の調査に乗り出していた。

空は薄曇りで、冷たい風が石畳の道を吹き抜けていた。

レオンは剣を腰に下げ、「昨夜の毒は偶然じゃねえ。魔王の手下が絡んでる可能性が高い」と一行に告げた。ガルドが戦斧を肩に担ぎ、「なら、そいつをぶっ潰して吐かせりゃいいぜ」と豪快に笑った。ミリアは杖を手に、「でも、どうやって見つけるの? 宿屋の主人は知らないって言ってるし…」と心配そうに呟いた。

リリィはスコップを手に無表情で立ち、「料理の匂い、野菜と調味料に混ざってた。そこから調べる」と淡々と提案した。レオンが「いい考えだ。農家と行商人を当たろう」と頷き、一行は街へと繰り出した。



ヴェルナの市場は前日の事件で静まり返り、商人たちの声も控えめだった。レオンとガルドは野菜を宿屋に卸している農家を訪ね、ミリアとリリィは調味料を扱う行商人に聞き込みを始めた。レオンが農家の老人に「昨日、宿屋に届けた野菜に何か変なものはなかったか?」と尋ねると、老人が「いや、いつも通りだよ。毒なんてありえねえ」と首を振った。

一方、ミリアが行商人の女に「調味料に何か混ぜ物は?」と聞くと、女が「そんなことするわけないだろ! うちの品は信用第一だ」と憤慨した。

どの証言も手がかりに乏しく、一行は苛立ちを募らせていた。

レオンが市場の隅で農家の息子に話を聞いていると、物陰からフードを目深に被った人物が現れた。

灰色のローブに身を包み、顔が見えないその人物が、素早く手を振り、レオンに向けてナイフを投擲した。

刃が風を切り、レオンの首筋を狙って飛んできた。

その瞬間、リリィが鋭い視線でナイフを捉え、狩猟刀を一閃させる。


金属音が響き、ナイフが弾かれ、石畳に落ちた。

レオンが「何!?」と剣を抜き、リリィが「逃げる」と呟き、フードの人物を追いかけた。

フードの人物は市場の路地裏へと逃げ込み、狭い石畳の道を駆け抜けた。

リリィは小さな体を活かし、素早く追跡した。

彼女の足音が軽やかに響き、銀髪が風に揺れた。

フードの人物は路地を曲がり、木箱や荷物を盾にしながら逃げたが、リリィの動きはそれを上回った。

彼女は無表情で狩猟刀を手に、距離を詰め、ついに路地の行き止まりでフードの人物を捕まえた。

リリィが「動くな」と冷たく言い、狩猟刀を突きつけると、人物は観念したように動きを止めた。

リリィがフードをめくると、そこには宿屋の主人の顔があった。

瘦せた顔、灰色の髪、鋭い目――昨夜の動揺した表情とは異なり、今は冷たい汗を浮かべていた。

リリィが「お前か! 毒を入れたのは」と狩猟刀を突きつけると、主人が「待て…俺は…」と呟いた瞬間、その体が異様に膨張し、皮膚が灰色に変色した。

次の瞬間、人間の姿が崩れ、2メートルを超える魔物へと変貌した。

筋肉質な体に鋭い爪が生え、口から唸り声が漏れた。

主人は魔物だったのだ。



魔物は大振りのナタを取り出し、リリィに向かって振り下ろした。

ナタの刃が風を切り、石畳を砕いた。

リリィは距離を取り、狩猟刀を構えて応戦した。魔物の太刀筋は異様に速く、一撃が重く、リリィの小さな体には圧倒的な力だった。

彼女は無表情で魔物の攻撃を避け、ナタの軌道をいなしたが、次々と繰り出される攻撃に手一杯になりつつあった。

魔物が「グオオ!」と咆哮し、ナタを横に薙ぐと、リリィは体を低くしてかわし、狩猟刀で魔物の脚を切りつけた。血が飛び散ったが、魔物は怯まず、さらに激しく攻撃を続けた。

リリィの紫の瞳が魔物の動きを捉え、冷静に間合いを測った。

だが、魔物の力が予想以上に強く、ナタの一撃が狩猟刀に当たると、衝撃で彼女の手が震えた。「重い…」と呟きながら、リリィは後退し、防御に徹した。

魔物がナタを振り上げ、再びリリィに襲いかかった瞬間、彼女は体を捻り、攻撃をかわしたが、路地の壁に背を預ける形になり、逃げ場が狭まった。

魔物が「死ね!」と唸り、ナタを振り下ろした。

その瞬間、魔物の胸から剣が生えたように見えた。刃が魔物の背中を貫き、黒い血が噴き出した。魔物は苦悶の表情を浮かべ、うつ伏せに倒れ込んだ。

その影からレオンが現れ、剣を手に息を整えた。

「リリィ、大丈夫か?」と声をかけると、リリィが無表情で「助かった。ありがとう」と呟いた。

レオンが「間に合ってよかった。お前が追いつかなかったら、見失ってた」と剣を収めた。



魔物はまだ息があり、地面でうめき声を上げていた。レオンが剣を突きつけ、「毒を入れたのはお前か? 魔王の手下なんだな」と問うと、魔物が「グ…そうだ…魔王の命令だ…ヴェルナを混乱させ、勇者を潰す…」と苦しげに吐いた。

リリィが無表情で「魔王はどこにいる?」と尋ねると、魔物が「北の…廃墟…黒い城…そこに…」と途切れ途切れに答えた。

レオンが「黒い城か…具体的な場所を言え」と詰め寄ると、魔物が「知らねえ…俺は下っ端だ…ただ命令を…」と言い、咳き込んだ。

必要な情報を聞き終えたレオンが「もう用はねえな」と呟くと、リリィが無表情で近づき、ポケットから小さな袋を取り出した。

袋の中には、昨夜の料理に混ぜられていた致死性の毒と同じもの――リリィが耐性を持つ薬草から抽出したもの――が入っていた。

彼女は魔物の口を無理やり開け、「これで終わり」と呟き、毒を押し込んだ。魔物が「グアッ!」と呻き、もがいたが、数秒後に動きを止め、息絶えた。

黒い血が石畳に広がり、路地に静寂が戻った。

レオンが「リリィ、お前…冷徹だな」と呟くと、リリィが「魔王の手下。死ぬべき」と淡々と答えた。レオンが「まぁ、そうだな。だが、毒を使うとはお前らしい」と苦笑した。

リリィは無表情で狩猟刀を鞘に戻し、「毒を使ったからこれでお返し」と呟いた。



レオンとリリィは宿屋に戻り、ガルドとミリアに事の次第を報告した。

ミリアが「リリィちゃん! 大丈夫だったの!?」と駆け寄ると、リリィが「うん。レオンが助けてくれた」と答えた。

ガルドが「宿屋の主人が魔物かよ! 毒もそいつの仕業だな」と戦斧を握り、レオンが「魔王の命令らしい。北の廃墟、黒い城が手がかりだ」と地図を広げた。

ミリアが「リリィちゃん、毒でトドメって…すごいけど、怖いよ」と呟くと、リリィが「わからない。魔王を倒すためなら、何でもする」と淡々と答えた。レオンが「その冷たさが俺たちを救う時もある。ヴェルナはもう安全じゃねえ。すぐ出発するぞ」

と決断し、一行は次の目的地へと動き出した。

リリィの紫の瞳に、魔王への執念が静かに宿っていた。


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