第二十九話
迷いの森を抜けた勇者一行は、小さな村「エルド」に辿り着いていた。
魔王討伐の旅は過酷さを増し、魔王の手先との戦いが続く中、一行は休息と補給のためにこの村に滞在していた。
村の外れにある宿屋の一室で、レオン、ガルド、ミリア、そしてリリィは暖炉の火を囲んでいた。
外では春の風が木々を揺らし、村人たちの穏やかな笑い声が遠くに聞こえていた。
旅の疲れを癒す静かな時間が流れていた。
リリィは窓辺に座り、スコップを膝に置いて無表情で外を見つめていた。彼女の銀髪が月光に照らされ、紫の瞳が闇を映していた。
ミリアはリリィの隣で毛布を手に、「リリィちゃん、寒くない? 少し休んだ方がいいよ」と優しく声をかけた。
リリィは首を振って「大丈夫」と呟き、スコップを握り直した。
彼女の小さな体は、迷いの森での戦いで傷ついた痕跡を残していたが、すでに回復していた。
レオンとガルドは暖炉の近くで酒を飲みながら、旅の計画を話し合っていた。
レオンは剣を磨きながら
「次の目的地は北の山脈だ。魔王の手がかりがあると村長が言ってた」と地図を広げた。
ガルドは杯を傾け、「山か…魔物がうじゃうじゃいるだろうな。俺の長剣が唸るぜ」と豪快に笑った。
だが、二人の会話はふと途切れ、視線がリリィに向かった。
彼女の無感情な姿と、戦場での異常な強さが、二人の頭から離れなかった。
「なぁ、レオン」とガルドが杯を置いて口を開いた。
「リリィのあの実力、何なんだろうな。俺たち、戦闘訓練を何年も積んでるのに、あいつ…訓練受けてないだろ?」
レオンは剣を磨く手を止め、眉を寄せてリリィを見た。「ああ…確かに不思議だ。村育ちで、老夫婦に育てられただけのはずなのに、あの戦い方は尋常じゃない」と呟いた。
レオンは立ち上がり、暖炉の火を見つめながら考えを整理した。
「リリィの戦い方を思い出してみろ。迷いの森での魔術師戦、あいつは痺れ薬で動きが鈍っても、スコップを一振りで魔術師の障壁を切り裂いた。あの精度と力…訓練なしでできるものじゃないはずだ」
ガルドが頷き、「そうだな。あのスコップ、ただの農具じゃねえ。刃に変形させて首を刎ねるなんて、俺でも一瞬でやれねえよ。動きも無駄がねえし、まるで戦うために生まれたみたいだ」と付け加えた。
レオンは地図を手に持ったまま、「だが、リリィ自身は戦闘訓練を受けた記憶がないって言ってる。村で老夫婦と暮らしてただけだ。
盗賊団を壊滅させた時も、訓練じゃなく本能で動いたらしい」と呟いた。
レオンはリリィの過去を思い出した。
彼女が12歳の誕生日の日に盗賊団に村を焼かれ、老夫婦を殺されたこと。
その復讐として盗賊を皆殺しにしたこと。
そして、その後も感情が薄いまま、殺人に呵責を感じなかったこと。
老夫婦の「強く、優しく生きなさい」という言葉を胸に、「正しいこと」を模倣するようになった彼女の異常性が、レオンの頭を離れなかった。
「俺は思うんだが…リリィの強さは、本能的なものじゃないか?」とレオンが言った。ガルドが目を丸くして、「本能? 訓練なしでそんな戦い方ができるのかよ?」と返す。
レオンは頷き、「ああ。人間なら誰でも、命の危機に瀕すると潜在能力が目覚める時がある。リリィの場合、盗賊団との戦いでそれが極端に開花したんじゃないか。訓練がない分、技術じゃなく直感と反射で戦ってる」
ガルドが杯を手に持ったまま、「確かに、あいつの動きは予測不能だ。
俺やお前みたいに型にはまった戦い方じゃねえ。スコップを振り回すのも、ナイフで刺すのも、まるで野生の獣みたいだ」と呟いた。レオンは暖炉の火に目を戻し、「それに、あの無感情さだ。恐怖や迷いが一切ない。普通の人間なら、痛みや死を恐れて動きが鈍る。だが、リリィは違う。魔術師に痛めつけられても、表情一つ変えなかった。あれが彼女の強さの源かもしれない」と考察した。
ガルドは杯を置いて立ち上がり、戦斧を手に持った。「俺も思うことがあるぜ。リリィの強さは、あの異常性と関係してるんじゃねえか? 殺しに何も感じねえってのは、普通じゃねえ。訓練受けてねえのに強いってことは、頭の中が俺たちと違うんだろ」と言い放った。
レオンが「異常性か…確かに、リリィ自身が自分の異常性に気づいてたって言ってた。暴漢を殺した時、呵責を感じなかったって」と応じた。
ガルドは戦斧を肩に担ぎ、「あいつ、盗賊団を皆殺しにした時も、泣くでも怒るでもなく、ただ斬っただけだろ? それが訓練なしでできるってことは、感情がねえ分、戦いに集中できるってことじゃねえか。俺なんか、敵をぶっ潰す時でも血が沸騰するぜ。だが、リリィは冷たいままだ」と笑った。
レオンが「感情がない…それが戦闘能力を高めてるのか?」と呟くと、ガルドが頷いた。「そうだ。恐怖も怒りもねえから、冷静に敵の急所を狙える。訓練で身につける冷静さじゃなく、生まれつきの冷たさだ」
ガルドはさらに続けた。
「それと、あのスコップだ。あれ、ただの道具じゃねえよ。魔斬りの刃って呼ばれてるらしいが、リリィが手に持つとまるで生きてるみたいに動く。訓練なしで使いこなせるってことは、あの武器自体がリリィに合ってるんじゃねえか?」
レオンが「確かに、スコップが変形する仕組みは俺たちにも分からない。リリィが持つと刃になるってことは、彼女の力に反応してるのかもな」と応じた。
二人はリリィをちらりと見た。
彼女は窓辺で無表情のまま、スコップを膝に置いて外を見つめていた。
レオンとガルドは暖炉の前に座り直し、考察を深めた。
レオンが「リリィの強さは、本能と異常性、そしてあのスコップの組み合わせだと思う。訓練がない分、型にはまらない戦い方が逆に強みになってる」と結論づけた。
ガルドが「だな。俺たちみたいに戦術を考えて戦うんじゃなく、敵を斬るって目的だけに突き進む。あの冷たさが、訓練を超えた力になってるんだろ」と笑った。
だが、レオンは眉を寄せて「でも、それだけじゃ説明しきれねえ部分がある。迷いの森で二つの影に助けられた時、リリィの傷が一瞬で癒えた。あの力とも関係あるのか?」と呟いた。ガルドが「確かに、あの影も謎だぜ。リリィを助けたってことは、彼女に何か特別なものがあるのかもな」と応じた。
二人はリリィの過去――老夫婦との暮らしや盗賊団との戦い――を超えた何かがあるのではないかと疑い始めた。
ミリアが会話に加わり、「リリィちゃんの強さは、私たちを守るためでもあるよ。訓練がなくても、彼女は正しいことをしたいって思ってる。それが力になってるんじゃないかな」と優しく言った。
レオンが「正しいことか…確かに、リリィは魔王を倒す目的を自分の証明にしてるって言ってた」と頷いた。ガルドが「まぁ、理由はどうあれ、あいつが強いのは助かるぜ。魔王をぶっ潰すのに、あの冷たさが必要だ」と笑った。
リリィは窓辺で無表情のまま、「魔王を倒す。それが正しいことなら」と呟いた。
彼女の声には感情がなく、ただ目的だけが響いていた。
レオンとガルドは彼女を見つめ、訓練を受けていない少女の強さの謎に答えを見出せないままだった。
だが、その異常性が一行を支える力であることは確かだった。暖炉の火が揺れ、夜が更けていく中、勇者一行の旅は新たな疑問とともに続いていく。




