第二十四話
港町「サレント」は、再び平穏を取り戻していた。勇者一行――レオン、ガルド、ミリア、そしてリリィ――は、街の衛兵と共に山の北にある廃墟の砦で盗賊団を殲滅し、町を襲う脅威を根絶した。
戦いは短時間で終わり、砦は血と死体で埋まったが、リリィの冷徹な戦いぶりと仲間たちの連携が勝利をもたらした。
盗賊団が元帝国兵士であり、魔王との戦いで国に見捨てられた末に堕ちた過去を持つことも、リリィの涙と詰問で明らかになっていた。
夕暮れが迫る中、一行は疲れ果てた体と血に汚れた装備を引きずり、サレントの宿屋へと戻った。
宿の扉を開けると、暖炉の火がパチパチと鳴り、温かな灯りが一行を迎えた。レオンは剣を壁に立てかけ
「これで一区切りだ。体を休めよう」と呟き、ガルドは「風呂だ! 血まみれで気持ち悪いぜ」と豪快に笑った。
ミリアは杖を置いて
「私も汗と血でベトベトよ。リリィも一緒にお風呂入ろうね」と優しく提案した。
リリィは無表情で小さく頷き、「うん」とだけ答えた。彼女の白い服は血と土で赤黒く染まり、銀髪には戦いの痕跡がこびりついていた。スコップとナイフを手に持つ彼女の小さな体は、戦いの重さを静かに物語っていた。
宿屋の二階には、簡素だが清潔な浴室があった。
木製の浴槽とシャワーが備えられ、湯気が立ち上る中、ミリアとリリィは服を脱いで中へ入った。
レオンとガルドは別の部屋で汗と血を流すことにし、女二人だけの静かな時間が始まった。ミリアはリリィの汚れた服を籠に入れ、「まずはシャワーで洗おうね」と言いながら湯を調整した。リリィは無言で立ち、ミリアが差し出したシャワーヘッドを受け取った。
温かい湯がリリィの体に触れると、血と土が流れ落ち、床に赤黒い水たまりを作った。
ミリアはスポンジに石鹸を泡立て、リリィの背中を優しく洗い始めた。
「戦いで汚れちゃったね。でも、すぐきれいになるよ」
と穏やかに言うと、リリィは「ありがとう」と小さく呟いた。その声には感情がほとんどなく、いつもの無機質な響きだった。
だが、ミリアにはそれが彼女なりの感謝だとわかっていた。
盗賊団との戦いで涙を流し、老夫婦の死を思い出したリリィの姿が、ミリアの胸に深く刻まれていた。
リリィの背中を洗いながら、ミリアはふと手を止めた。
彼女の視線が、リリィの白磁のような肌に吸い寄せられた。
血と汚れが落ちたその肌は、透き通るほど白く、まるで人形のように完璧な透明感を放っていた。
戦場で盗賊の首を刎ね、血に染まる姿からは想像もつかない、華奢で小柄な体。
細い肩、薄い胸、幼さの残る手足。
ミリアは同性ながら、その美しさに息を呑んだ。
リリィの銀髪が濡れて首に張り付き、水滴が肌を滑り落ちる様子は、まるで静かな湖面に落ちる雫のようだった。
ミリアの視線が顔に移ると、そこにはさらに驚くべき美貌があった。
リリィの顔は幼く見えるが、人間離れした整った造形を持っていた。
深い紫の瞳は感情を映さず、長い睫毛が静かに縁取る。
小さな鼻と薄い唇は、まるで精巧な彫刻のようで、戦士というよりは貴族の令嬢か、あるいは神話に登場する妖精を思わせた。ミリアは思わず見惚れ、心の中で呟いた。
「こんな子が、あんな戦いを…」
その時、リリィが首を傾げ、ミリアの視線に気づいた。彼女は無表情のまま、どこか不思議そうにミリアを見つめた。
「どうしたの?」と小さく尋ねる声に、ミリアは我に返り、慌てて笑顔を作った。「ごめんね、リリィちゃん。ちょっと見とれちゃって…。本当にきれいな肌と顔だねって思ったの」
と正直に答えた。
リリィは一瞬目を細め、「そう?」と呟いた。その反応に感情はほとんどなく、ただ事実を確認するような響きだった。
ミリアはスポンジを手に再び動き出し、リリィの腕を洗いながら話を続けた。
「うん、本当にきれいだよ。白くて透明で…まるで人形みたい。戦ってる時は気づかなかったけど、こうやって見ると、すごく華奢で小さいんだね」
リリィは無言で聞き、ミリアの手の動きに身を任せた。
湯気が二人を包み、浴室に静かな水音だけが響いた。ミリアはリリィの小さな手を洗いながら、砦での戦いを思い出した。
リリィが狩猟刀で盗賊を斬り、血に染まりながらも表情を変えなかった姿。
そして、戦いの前に盗賊に泣きながら詰問した瞬間。そのギャップが、ミリアの心を揺さぶった。
シャワーで体を洗い終えると、ミリアは浴槽に湯を張り、「一緒に入ろう」とリリィを誘った。
二人は並んで湯に浸かり、温かさが疲れた体を癒した。
ミリアはリリィの銀髪を指で梳きながら、ふと思ったことを口にした。
「リリィちゃん、盗賊団を倒して…少し気持ちが落ち着いた? 戦うのって大変だよね。私たちと一緒にいるけど、いつもあんな風に戦ってるなんて…少し不思議に思うの」
リリィは湯を見つめ、静かに答えた。
「わからない。おじいちゃんとおばあちゃんを守りたかったから、戦った。それが…普通になった。盗賊を倒して…終わったけど、わからない」
その言葉に、ミリアの胸が締め付けられた。彼女はリリィの過去を知っていた。
盗賊団に村を焼かれ、目の前で老夫婦が亡くなった。
その復讐として盗賊を壊滅させ、感情が薄いまま生きてきたこと。
そして、盗賊が元帝国兵士であり、魔王との戦いで国に見捨てられた末に堕ちたことも。リリィの小さな体に、そんな重い過去が刻まれていると思うと、ミリアの目が潤んだ。
「リリィちゃん…辛かったよね。おじいちゃんとおばあちゃんのこと、思い出すと今でも泣いちゃうんだね」とミリアが言うと、リリィは首を振った。
「わからない。でも…泣いた。盗賊に訊いた時、おじいちゃんとおばあちゃんが頭に浮かんで…涙が出た」
その言葉に、ミリアはリリィの肩を抱き寄せた。
「それでいいんだよ。泣きたい時は泣いてもいい。リリィちゃんは強いけど、無理しなくていいんだから」
湯の中で、リリィの小さな体がミリアの腕に収まった。
彼女は無表情のままだったが、ミリアの温かさに少しだけ身を預けた。
ミリアはリリィの顔を改めて見つめ、心の中で思った。――この子は、戦う力は異常だけど、やっぱり幼い少女なんだ。
華奢で、小柄で、こんなきれいな顔と肌を持ってる。
魔王を倒す旅が終わったら、普通の女の子として生きてほしい。
村での穏やかな暮らしはもう戻らないかもしれないけど、私が見守ってあげたい。
「リリィちゃん、魔王を倒したらさ…普通の女の子として暮らしてみない?」
ミリアがそっと尋ねると、リリィは紫の瞳を上げ、「普通?」と呟いた。
ミリアが微笑み、「うん、戦わなくていい暮らし。友達を作ったり、好きな服を着たり、おいしいものを食べたり…そんな毎日。私がそばにいて、リリィちゃんの成長を見守りたいなって思うの」と答えた。
リリィは少し考えてから言った。
「おじいちゃんとおばあちゃんが、強く、優しく生きなさいって言った。優しくがわからないけど…ミリアと一緒なら、わかるかもしれない」その言葉に、ミリアの心が温かくなった。
「うん、一緒に探そうね。優しく生きるって、どういうことか。私もリリィちゃんに教えられることがたくさんあるよ」と笑った。
二人は浴槽から上がり、体を拭いて新しい服に着替えた。
リリィはミリアが用意した白いワンピースと青いベストを身にまとい、銀髪を乾かしてもらった。ミリアはリリィの髪を梳きながら、「きれいだよ、リリィちゃん。こんな可愛い子が戦わなくていい日が来るといいね」と呟いた。
リリィは無表情で「ありがとう」と答え、ミリアの手を見つめた。
浴室を出ると、レオンとガルドが暖炉の前で待っていた。
「お、二人ともさっぱりしたな!」とガルドが笑い、レオンが「砦の盗賊は片付いた。次は魔王の手がかりを探す」と告げた。
ミリアが「リリィちゃんも一緒に行くよね?」と尋ねると、リリィは頷き、「うん。魔王を倒す。それが正しいことなら」と答えた。
その夜、リリィは暖炉の前で膝を抱えて座り、ミリアの言葉を反芻していた。普通の女の子として生きる――それは、彼女にとってまだ遠い夢だった。
感情が薄い彼女には、優しさや穏やかさが具体的な形を持たなかった。だが、ミリアの温かい手と優しい声が、彼女の胸に小さな波紋を広げていた。
盗賊団を殲滅した今、彼女の怒りと悲しみは少しだけ静まり、新たな目的が芽生えつつあった。魔王を倒す旅が終わる日、リリィはどんな道を選ぶのか。
ミリアはそばで見守り、彼女が戦いを超えた未来を見つけられるよう願った。
宿屋の窓から見える港町の夜空に、星が静かに瞬いていた。
戦いの傷跡は癒えつつあり、リリィの白い肌と紫の瞳には、新たな希望の光が微かに宿り始めていた。




