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衝突

 魔導人形(ゴーレム)とは、魔法によって造り上げられた動く人形のこと、だそうだ。材質は様々で、木から造られたものはウッドゴーレム、鉄で造られたものはアイアンゴーレム、石ならストーンゴーレム、土ならクレイゴーレム、魚の骨から造られたフィッシュボーンゴーレム、なんて変わり種もある。総じて動きは緩慢で、力が強く、創造主に絶対服従。簡単な命令を実行する知能もあるが、あまり複雑なことはできず、自らの意志で行動することもない。動くなと命令されれば身が朽ちるまで動かずにいる。そういう存在。

 セシリアは険しい顔つきでミラがいる助手席側をにらんでいる。ミラの身体は小さいので、セシリアからは姿が見えないはずだが、何らか魔力的なものを感じ取っているということなのだろう。ミラはセシリアの敵意をまったく意に介さず、ぼーっと座ったままだ。トラックが再び戸惑いのクラクションを鳴らす。


「トラックの言うとおりだ。この子はハイエルフの姫君だぞ? 木製でも鉄製でもない、生身のエルフだ。確かに感情表現は乏しいが、ゴーレムだなんて……」

「だからこそ、危険なのです!」


 常になく強い口調でセシリアが叫んだ。剣士は驚いたように口を閉じる。


「……それ(・・)は、生き人形(フレッシュゴーレム)。人やエルフなどの身体を素材として造られた、魔術師にとっての最大の禁忌です」


 セシリアの顔が嫌悪にゆがむ。そして忌まわしき生き人形の危険性を静かに説明し始めた。




 生き人形は遥か昔、不老不死の研究の中で考案された一つのアイデアから始まったという。自らを、あるいは恋人を、家族を、その肉体をゴーレム化することで、永遠を手に入れることができるのではないか。数多の魔術師がそのアイデアに夢を抱き、実現に挑んだ。

 しかしその挑戦はことごとく失敗した。ゴーレム化された者は意思や感情を失い、創造主の命令に服従する。魔術師たちはその制約を打破することができなかったのだ。ゴーレムを作成するどの過程で心を失うのか、それを解明できたものは誰もいなかった。

 魔術師たちはゴーレム化による不老不死を諦めた。すでにゴーレム化された者たちを元に戻す術はなく、魔術師たちにはその意思もなかった。魔術師たちが自分や自分の家族を実験に使うはずもなく、意思なき奴隷と成り果てたのは敵国の捕虜や貧しい者、あるいは旅人であったという。彼らは魔術師たちに使役され、あるいは打ち棄てられたのだが――


「しばらくの後、生き人形たちは急に暴走を始めたのです。ただのひとつの例外もなく」


 生き人形と呼ばれた彼らは、ある日突然周囲に牙を剥いた。壊し、殺し、そして唐突に自壊する。場合によっては一つの町を道連れにして、彼らは次々に滅んでいった。


「……生き人形は破壊しなければなりません。そうしなければやがて暴走し、多くの犠牲者が出ます。たとえ元がハイエルフの王女であったとしても、ゴーレム化された今では制御不能な破壊兵器に等しい」


 セシリアの声音が、険しい表情が、杖を強く握る手が、事態の深刻さを伝える。今、この瞬間にも、ミラが暴走を始めるかもしれない。そして暴走する生き人形には、町をひとつ滅ぼすほどの力があるのだ。少なくともセシリアはそう考えている。


「それに、それ(・・)からは覚えのある魔力の気配がします。ドワーフ村を呪ったあの魔法使いの気配です。あの男が関わっているとすればなおのこと、速やかにそれ(・・)を処分すべきです。暴走させるためにあの男が送り込んだ、という可能性もあるのです」


 セシリアの強い嫌悪の原因の一つはどうやらその魔力の気配らしい。ジンを苦しめ、ドワーフたちを死の危機に陥れたあの魔法使いに、セシリアは激しい憤りを感じているようだ。愉快犯のような、他者を弄んで喜ぶ者が関与しているなら、警戒するのも道理だろう。でも、それはミラが背負うべき責任だろうか?

 剣士がトラックのキャビンを見る。トラックは少し硬いクラクションを鳴らした。セシリアはわずかにうつむき、小さくため息を吐くと、冷たい表情のままトラックを見上げた。


それ(・・)がゴーレムだということは簡単に証明できます。それ(・・)を外に出していただけますか?」


 トラックはセシリアに答えない。セシリアはわずかに表情を緩めた。


「騙し打ちのようなことはしません。信じてください」


 数秒、ためらうようにハザードを焚いたトラックは、やがて助手席のドアを開けた。ミラの身体を念動力でふわりと浮かせ、床に降ろす。ミラはぼんやりと目の前にいるセシリアを見つめた。ゴーレムには意思も感情もないというが、そう言われればミラもそう見えてくるような気も……


「ゴーレムは例外なく、その額に『真理』を示す古代文字が刻まれています。普段は見ることができませんが、魔力を与えれば浮かび上がる。こんなふうに」


 セシリアは左手でミラの前髪を書き上げ、右手をその額にかざした。右手が淡い光に包まれ、それに反応するように、ミラの額に一つの文字が浮かび上がる。蒼く冷たく輝くその文字は――


「これが、ゴーレムの証。命なき生き人形であることの証明です」


――『肉』の形をしていた。


 ……


 ……過酷っ! ゴーレムの運命過酷すぎっ! ゴーレムになると額に『肉』って刻まれちゃうの!? しかも例外なく!? そりゃ暴走もするわ! 鏡見て額に『肉』って書いてあるのを見たら、周囲を巻き込んで自滅したくもなるわ! そしてなんという偶然、なんという悲劇! この世界で『真理』を表す古代文字が、まさか『肉』と同じ形状をしているとは! ひとをゴーレムにする、その行為の罪深さがよく分かった! そんな過酷な運命を背負わせるなんて、絶対に許されていいはずがない!!


「ゴーレムを滅ぼす方法は一つだけ。『真理』を表す古代文字は、その一部を消すと『死』を表す古代文字になる。額の文字はゴーレムの体内を巡る魔力を制御しています。『死』の文字はその、魔力の循環を停止させ、ゴーレムは自壊する」


 言いながらセシリアはミラの額に右手を当てた。ミラの目が虚ろにセシリアを見つめる。セシリアが右手に力を込め――


――プァン!


 強く鋭いクラクションの音に、セシリアは小さく身体を震わせた。額から手を離し、苦しげな表情でトラックを見る。


これ(・・)を放置すれば、ケテルは滅ぶかもしれないのです! これ(・・)はもはや命ではない。他の命を危険に晒すことはできない! 優先順位を間違えてはいけません!」


 セシリアの叫びに、しかしトラックはミラをふわりと念動力で抱きかかえ、隠すように助手席に乗せた。理解されなかった悲しみがセシリアの顔に広がる。


「トラックさん!」

「……かもしれない、か」


 口を閉ざしていた剣士が、やや苦い表情を浮かべてつぶやく。セシリアが剣士に顔を向けた。剣士はセシリアを見つめる。


「そういう理由でこの子を殺す(・・)というなら、お前はその前に俺を殺さなきゃならない。じゃなきゃ二重基準ってことになるぜ?」


 セシリアがハッとしたように目を見開いた。その顔に後悔の色が滲む。


「あなたは、違う」

「違わないさ。可能性という意味ではな」


 穏やかな剣士の顔から、セシリアは目を逸らした。剣士は言葉を続ける。


「我慢しろ。仕方がない。あきらめろ。そういう抑圧に逆らって、俺たちはここにいるんじゃないのか? 誰かに犠牲を強いるものを蹴散らしたくて、俺たちは生き延びたんじゃないのか? 俺たちが犠牲にした人たちが望んだのは、この子をそれ(・・)と呼ぶ世界だったのか?」

「違います! でも――!」


 弾かれたように顔を上げ、セシリアが再び剣士を見る。葛藤に揺れるその瞳を受け止め、剣士はセシリアの言葉を遮った。


「可能性で誰かを裁く権利は誰にもない。この子はまだ何もしていない。俺たちのすべきことはこの子を排除することじゃなく、この子を守ることだ。誰も傷付けないように。そうじゃないか?」


 セシリアはうつむき、強く奥歯を噛んだ。納得がいった、という雰囲気とは程遠いが、我を通すことはあきらめたようだ。セシリアはトラックと剣士に背を向けると、無言のままギルドを後にした。剣士は小さく息を吐くと、トラックを見上げて言った。


「セシリアに王女の面倒を見てもらうのは無理そうだな」


 トラックが困ったようなクラクションを返す。ミラは相変わらず、おとなしすぎるほどおとなしく助手席に座っていた。




 えーっと、なんかね、前にもこんなシーン、あったような気がするんだけどね、久しぶりだしもう一回言っちゃうんだけどね。


 思わせぶりなセリフ満載やろうがぁーーーーっ!!

 複雑な過去背負っとる感盛りすぎやろうがぁーーーーっ!!

 お前らが『犠牲にした人たち』って誰じゃい!

 そこまで言うなら過去編に突入するくらいやったらんかいっ!

 もやっとさせるだけさせといて放置とかやめてーーーっ!

 それからこの機会についでに言っとくけども!

『セフィロトの娘』ってなんじゃいっ!

 ボサノヴァか? 名曲なのか!?

 ワードが先行して内実がまったく分からんとですよ!

 お父さんの名前がセフィロトさんなんですか?

 お父さんじゃなくてお母さんのほうですか?

 もしそんなオチだったら、そんなオチだったら!

 ……

 それが事実だったら、受け入れるしか、ないのか? 事実は事実だもんね。劇的とは限らないよね。ドラマじゃないもんね。

 どうも。セシリアの父のセフィロトです。

 ……

 いやじゃぁーーーーっ!

 せめて、せめてここまで引っ張るだけの厚みのある事実であれ! 頼むよホント!




 セシリアが宿に帰り、ミラの宿をどうするか、という問題は振り出しに戻った。剣士の部屋に泊めることも検討されたが、剣士が「子供の世話なんてできん」と渋ったのと、何よりミラ本人に拒否されたため廃案になった。セシリアはゴーレムを意思も感情もないと言ったが、ミラはしばしば自分の意思を示しているように見える。額に『肉』の文字を持つ以上、ミラがゴーレムであることは間違いないのだろうが、だとするとこの矛盾は何なのだろう。それとも意思を持っているように見えるだけで、なんらかの命令に従っているだけなのだろうか?

 結局、灰マントの男たちの襲撃のことを考慮するとミラを一番安全に守ることができるのはトラックの中だろう、という結論に落ち着き、ミラは当面キャビンで寝泊まりすることになった。トラックの運転席の後ろには長距離を走る場合のために寝台があるので、寝泊まりすること自体は問題ない。成人男性が足を伸ばして寝ることができるほどの広さがあるため、八歳くらいの女の子であれば十分余裕がある。寝袋も用意してあるので、まあ俺が使ってたやつなんだけど、風邪をひくこともないだろう。でも、よく考えたらミラは睡眠をとるのだろうか? 食事は必要? ゴーレムなのだとしたらどちらも必要ないような気がするけど。

 日が沈み、辺りはすっかり真っ暗になっていた。剣士は宿に戻り、トラックは宿の裏手の定位置に停まる。馬小屋の馬がブルルと鳴いた。

 トラックがプァンと小さくクラクションを鳴らす。ミラはぼーっと顔を上げてバックミラー付近を見ていたが、やがてもぞもぞと動いて寝台に移動し、寝袋に入った。お、寝るのか。目を閉じてしばらくすると、ミラはすぅすぅと寝息を立て始めた。うーむ、こう見ると普通の子供と何も変わらん。本当にゴーレムなんだろうか? 寝るゴーレム、というのも違和感がある気がするけど。……まあ、実はそんなことはどうでもいいのかもしれないが。寝顔が可愛い、というだけで充分なのかもしれない。この子を守る理由なんて。

 ああ、なんだか無性に娘に会いたくなってきたなぁ。元気にしてるかな。嫁は、独りで苦労してるだろうな。二人に、会いたいなぁ。


 冬の夜の澄んだ空気に、冴え冴えと月の光が降り注ぐ。今日は雲もなく、星が空一杯に輝いていた。トラックは静かに停車している。明日にはおそらく、議長ルゼからミラの処遇に関する通達があるだろう。それがどんなものであれ、この子が幸せであってほしい。星を見上げながら、俺はそんなことを考えていた。

こんにちは。

……え? セシリアの? いえいえ、こちらこそお世話になっております。

……そうなんですか。ご両親ともセフィロトさんとおっしゃる。

……あ、いえいえそんな、お気遣いいただいて。

……おやき? 野沢菜の? 地元の名物なんですか。すみません、ありがとうございます。

……いえいえこちらこそ、よろしくお願いします。それでは。

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[一言] >「ゴーレムを滅ぼす方法は一つだけ。『真理』を表す古代文字は、その一部を消すと『死』を表す古代文字になる。額の文字はゴーレムの体内を巡る魔力を制御しています。『死』の文字はその、魔力の循環を…
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