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ドワーフ村

 ギルドマスターの執務室で、この部屋の主は表情を押し殺し、ひとりの男を見つめている。男は机越しにマスターを見つめ返していた。その表情には諦念めいたものが浮かんでいる。マスターは厳かに口を開いた。


「自分がしたことの意味を、分かっているな?」


 張り詰めた空気の中、イーリィは不安げに胸の前で手を組み、トラックは静かにその場に停車していた。




 イーリィのお見合いの席に現れたコルテス・リーガという男は、コメルによって捕縛され、商人ギルドで尋問を受けることになった。イヌカのもたらした証拠を突きつけ問い詰めると、コルテスは思いのほかあっさりと、リーガ商会がゴーストカンパニーであることを認めた。コルテスは元々ただの零細商人で、しかも商売に失敗し借金で首が回らなくなって廃業寸前だったのだそうだ。もう夜逃げするしかないと思っていたところに声を掛けてきたのが、トランジ商会を名乗る怪しげな男たちだった。


「借金を肩代わりしてくれるって。その代わり、言うとおりにしろ、と」


 トランジ商会が要求してきたのは、言わば商売の『フリ』だった。資金も商品も人員も全てトランジ商会が用意し、コルテスは受け取ったものをそのままトランジ商会に戻すだけ。自分が一体何をやっているのか、そのことも分からないまま、コルテスはひたすら指示通りに日々を過ごしたのだという。するとある日、トランジ商会は、コルテスの前に一人の若者を連れてきた。


「今日からこいつがお前の息子だ」


 その若者は南東街区から連れてこられた食い詰め者だったようだ。『息子』と二人、コルテスは言われるがままに商売のフリを続けた。やがて見かけ上の売り上げはどんどん膨らんでいき、商人ギルド内でリーガ商会は徐々に噂になり始めた。そして五日ほど前、コルテスを訪ねたトランジ商会の人間は驚くような指示を持ってきていた。


「評議会議長の娘と見合いをしてもらう」


 その言葉に、『息子』であった若者は怖気づき、姿を消した。しかし見合いはしなければならない。トランジ商会がまともな商人ではないことは、コルテスには分かっていた。逆らえば消される。焦燥と動揺の中、『息子』の代役を探したコルテスは、店にある商品の中にいた『彼』に目を留めた。


「同じ哺乳類だし、ギリ何とかなると思って」


 メンタル強すぎるわ。息子の見合いの代役に牛って、しかもそれで乗り切れるって思うその楽観がむしろうらやましいわ。そんなわけで畜産十一号は見合いの席に駆り出され、精肉を免れた。

 コルテスは実行犯ではあるものの、実質的なことは何も知らされていなかったようだ。トランジ商会が何のためにリーガ商会を使って意味のない取引を繰り返したのか、リーガ商会を急成長しているように見せかけて何をしたかったのか、コルテスには何も答えられなかった。コメルはコルテスの証言からすばやくトランジ商会の関係各所に緊急査察を行ったが、そこはすでにもぬけの殻だった。コルテスが失敗したことを察知して身を隠したのだ。誰もいないトランジ商会の事務所で、コメルは苦々しく顔をゆがめた。


「……こちらの動きが筒抜けか。身中に虫、かな」


 関係する事務所の捜索は徹底的に行われたが、トランジ商会の内実を示すものは何も出なかったらしい。まるで最初からトランジ商会などなかったというように。相当の資金力を持ち、多数の人員を動かしながら、わずかな時間で影も残さず消える謎の集団は、ルゼやコメルの表情に暗い影を落としていた。ヘルワーズの証言が頭をよぎる。


「獣人売買以後、ガトリン一家が起こした南東街区外の事件はすべて、評議会議員を総辞職に追い込むためにやったことだと聞いている。商人ギルドの幹部を名乗る男からの依頼で」


 今回の事件も、もしかしたら『商人ギルドの幹部を名乗る男』が背後で糸を引いているのではないか。それは商人ギルドにとって二重に深刻な事態を示している。一つは『商人ギルドの幹部を名乗る男』がまだ目的を諦めていないということで、もう一つは評議会議員の家族が狙われたかもしれないということだ。今回は幸い実害なく終わったが、もっと直接的な実力行使が行われない保証はない。そもそも狙われる範囲は家族に留まるのか。親戚は、恋人は、友人は、顧客は? 事態は想像以上に商人ギルド内部を動揺させていた。




 男は神妙な顔でうなずき、はっきりと返事をした。


「モー」


 どんな裁定も受け入れる。その顔は静かにそう語っている。語っているんだけども、そもそもなんで畜産十一号がここに呼ばれとんじゃーーーっ! そしてこのものものしい雰囲気はなんなんじゃぁーーーっ!!

 マスターは畜産十一号にうなずきを返し、そして執務机の引き出しからカウベルを取り出すと、縄を結わえる輪っか部分を持って、畜産十一号に突き出した。畜産十一号の瞳が戸惑いに揺れる。


「俺が現役のころに使っていたカウベルだ。手入れはちゃんとしてある」


 ……マスター、あんた現役時代にそのカウベルで何してたの? そして今でもきちんと手入れするほど大切なものなの?


 イーリィが何かに気付いたように少し目を見開いた。その視線の先には、カウベルに絡まりぶら下がる翼剣紋のペンダントがある。


「ケテルの冒険者ギルドは、畜産十一号、お前を正式なギルドメンバーとして迎える用意がある」


 何でだよっ! 何がどうなってその判断に至ったんだよ!? マスターの言葉が理解できない、というように、畜産十一号が「モー?」と鳴いた。マスターは厳かに告げる。


「受け取れ、畜産十一号。新たな勇者の誕生を、俺たちは歓迎する」


 畜産十一号は一歩前に踏み出し、そっと首を下げた。マスターはその首にカウベルを掛ける。カウベルがカランと音を立て、畜産十一号の目に涙が浮かんだ。イーリィはホッとした様子で、畜産十一号を見守っていた。


 そんなわけで畜産十一号は、ジュイチという名前をイーリィから与えられ、今や立派なEランク冒険者である。もっとも本人は冒険者として働く意思はあまりないらしく、ギルドカウンターでイーリィの横に座り、受付業務を手伝ったり、イーリィの送り迎えをしたりしている。イーリィの側にいられることが嬉しいのだろう、何だか幸せそうな日々を過ごしているようだ。めでたしめでたし、ということだろうか。それにしても――


 懐が深すぎるどころの話じゃねぇわ冒険者ギルド! もはや組織としてどこを目指してるか分からんレベルだわ! そもそもギルドメンバーになるにはテストが必要じゃなかったんかい! 牛がメンバーになれるなら、ギルドのテストって何を測るものなんだよ!




 商人ギルドに渦巻く動揺をよそに、トラックは今日も荷物を積んで配送の仕事にいそしんでいた。年の瀬はいよいよ迫り、もう今年も残すところ三日である。トラックの助手席にはセシリアが座り、運転席には施療院の院長が落ち着かない様子でシートベルトを握り締めている。荷台には大量の酒、そしてコメルと剣士が仲良く体育座りをしていた。トラック達が向かう先は、ドワーフの村。トラックのCランクの初仕事は、年越しの宴会用の大量の酒をドワーフの村に届けることだった。


 ドワーフの村への道は思いのほか整備され、道幅も広く路面もならされている。ケテルの西部街区よりもよほど快適なドライブを楽しむことができるのは、ドワーフの技術力の高さを示すものだろう。ケテルとドワーフたちが取引する品は武具、装飾品の類から鉄などの金属、あるいは建築資材まで多岐に渡るため、大量輸送のための道の整備は利益に直結する最重要事項なのだ。大型の馬車が支障なく行き交うことのできる道幅と路面状態を実現しているのは、ドワーフの土木技術と維持管理能力の賜物である。

 ゆるやかな上り坂を、トラックは順調に進んでいる。すでに結構な高さまで登っており、窓の外からは眼下に小さくケテルの町が見えた。目を上に向ければ山々は雪を被り、青い空に白い鳥が二羽、気持ちよさそうに飛んでいた。

 山の民であるドワーフは、住んでいる場所も山の中、というか鉱山の近くに集落を築いて暮らしている。ドワーフは皆、優れた鉱夫であり、職人であり、そして戦士なのだという。いやぁ、エルフと並んでメジャーな種族、ドワーフをこの目で見ることができるなんて、ちょっとドキドキだわぁ。やっぱ背が低いのかな? 頑固で無口なのかな? 頭のいい酒樽なのかな?

 やがてトラック達の前に、大きな鉄の門が姿を現した。エルフは木の門だったけど、やっぱドワーフは鉄の門なんだなぁ。門の前まで進み、トラックは停車してプァンとクラクションを鳴らした。右のウィングが上がり、中からコメルと剣士が外に出る。剣士は体をほぐすように背伸びをして、コメルは門に向かって声を掛けた。


「バーラハ商会です! 酒をお届けに参りました!」


 コメルの姿を確認したからか、それとも『酒』という言葉に反応したのか、鉄の門が軋みもなく滑るように開いた。おお、なんかすげぇ。重さを感じさせない滑らかな動き。扉の向こうには、決して背の高くないコメルよりもさらに頭一つ分低い、がっしりとした体格の男が三人、背よりもはるかに長いハルバードを持って立っていた。男たちはコメルに駆け寄り、切迫した様子で叫んだ。


「酒っ!!」


 ……アル中かお前ら。真剣な顔が怖すぎるわ。コメルは苦笑いを浮かべて言った。


「ご心配なさらずとも、溺れるほどご用意しておりますよ」


 トラックがウィングを大きく開く。荷台に並ぶ酒樽を覗き見て、男たちはニカッと笑った。


「あれくらいでは、溺れんな」


 コメルは呆れ顔で降参、とばかりに両手を挙げた。男たちはカカカと楽しそうに胸を反らした。


「よく来てくれた。あやうく年を越せんところじゃったわ」


 男の一人が豪快にバシバシとコメルの背を叩く。コメルは痛そうに顔をしかめ、「遅くなって申し訳ない」と謝った。例年より少し届けるのが遅くなったのだろう。「飲めりゃなんでもええわい」と男が言い、他の二人が同意するように大きく頷いた。

 ああ、なんかドワーフって、おおむねイメージ通りだわぁ。ずんぐりむっくりしてて、がっしりしてて、だんごっぱなで、酒好きで。もう少し無口かなって気もしたけど、まあそこは許容範囲内だよね。主食が米だったお笑い系エルフよりもよほどイメージ通り。なんか安心した。


「さあ、中へ入ってくれ。村長も心待ちにしておる。さあ、さあ」


 男たちは急かすように村の奥を示した。コメルは男たちにうなずくと、


「行きましょう。皆さん」


 そう言って門をくぐる。剣士が小走りに駆け、コメルの隣に並んだ。ウィングを閉めたトラックは、コメルの後ろについてドワーフの村へと入った。

問い:ドワーフに造れないものってなーんだ?

答え:古酒。作った端から飲んじゃうから

(ドワーフジョーク集より抜粋)

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― 新着の感想 ―
[一言] >メンタル強すぎるわ。 wwwww >何でだよっ! 何がどうなってその判断に至ったんだよ!? wwwww >受付業務を手伝ったり、 !?!?!?www
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