冒険者
冒険者たちの奮闘に応えるべく、トラックもまた戦場を縦横に駆けていた。アディシェス兵は圧倒的な物量でケテルを飲み込もうと迫ってくる。それは、一つには姑息な計略に頼らずとも絶対に勝てるという自信であり、もう一つにはケテルに決定的な敗北を刻むことで戦後の統治を円滑に行うという意図によるものだろう。いかなる反論の余地もない完全な勝利をアディシェスは求めているのだ。そしてそのことが、ケテルにかすかな未来への希望をつなげている。アディシェスが本気で手段を選ばずに向かって来たら――たとえば部隊を数百人程度の単位に分けて冒険者たちを包囲し、交代しながら間断なく攻め立てれば、たぶんケテルに勝ち目はない。ケテルが辛うじて戦いを継続できているのは『正面から堂々と』アディシェスが攻めてきてくれているからに過ぎない。もっとも、戦上手で知られるアディシェス伯のことだから、正面から攻めると見せかけて、いや、正面から攻めながら、別の準備もしている可能性はある。そして、その『別の手段』に対抗するだけの余裕はケテルにはない。正面から来る敵を蹴散らし、ウルスを、そしてアディシェス伯その人を、打ち倒す以外に道はない。
トラックは【フライハイ】で空中に浮かんで戦場を俯瞰し、冒険者たちが抗しきれず突破されそうになる場所を見定める。【怒りの陽電子砲】で広範囲の敵を薙ぎ払い、【熱風五千キロ】でクレーターを作って地形を変え、進軍を阻む。敵の放つ矢の雨を【サイクロントルネードハリケーン】で吹き散らして仲間を守り、【突撃一番星】で敵の突撃の勢いを削ぐ。【手加減】一族の完璧な働きによって敵兵は誰ひとり死ぬことはなく、意識だけを奪われて戦場に横たわる。膨大な数の後送が発生することによって通常の戦争では起き得ない負荷が発生し、アディシェス兵に混乱が見える。その混乱が、ケテルが戦線を維持できている一つの要因になっている。
それでも、アディシェスの優位は揺るがない。後送の負荷は、後送後に兵士たちが意識を取り戻して戦線復帰することで帳消しになる。無限の敵と戦う状況は変わらないのだ。そして、疲労は確実に冒険者たちを蝕んでいる。
「放て!」
ルーグの発動した【無敵要塞ガイエス】の主砲が迫る敵軍を阻み、押し返す。『無敵要塞』の名の通り、その外壁は敵のあらゆる攻撃を防いで傷一つない。負傷し、あるいは限界まで疲労した冒険者たちはこの要塞に回収され、回復と休息を与えられていた。もはやこの要塞はケテル防衛の要だ。そして――たったひとりで【無敵要塞ガイエス】を発動し続けている十歳の少年だけが、回復も休息も与えられない。
――はぁ、はぁ
苦しげに息を吐き、ルーグが胸を押さえた。全身に冷たい汗をかき、顔色は蝋のように白い。時折激しく咳き込むルーグの目は、もはや焦点が合っていなかった。ぐらりと身体が揺れ、傍にいた冒険者が慌てて手を伸ばす。
「おい、しっかりしろ、ルーグ!」
声に応えたのか、うわごとなのか、ルーグはかすれた声でつぶやく。
「……守、らなきゃ、おれが、みんなを……傷付けた、以上の、もの……」
「もういい! これ以上は死んじまうぞ!!」
冒険者はルーグを支え、耳元で叫ぶ。ルーグはもう何も答えず、ただ発動し続けるスキルだけがその意志を伝える。ギリリと奥歯を噛み、ルーグを一度強く抱きしめ、冒険者は天に叫んだ。
「要塞内にいる全ての冒険者に告げる! 【無敵要塞ガイエス】は、現時点をもって消滅する! 総員、覚悟を決めろ! 俺たちを守ってくれるものは、もう、ない!!」
冒険者の右手が複雑な印を描き、ルーグの身体を穏やかな光が包む。光は慈愛をまとって吸い込まれていき、ルーグの身体から力が抜けた。瞼が閉じられ、寝息が聞こえる。そして、【無敵要塞ガイエス】の壁が、床が、天井が、分解されるように光の粒に変わり始める。
「十歳の子供に守られていた時間を恥じろ! 俺たちを守った十歳の子供を、守る力を持った己を誇れ!! 俺たちは冒険者だ! 冒険者は――」
自らを守っていた壁が消え、戦場が目の前に姿を現す。見渡す限りの、敵。要塞に阻まれて行き場を失っていた殺意が、標的を得て押し寄せる。冒険者は拳を握り、抗うように吠えた。
「冒険者は、誰かを守ることのできる仕事だ!!」
最後の力を振り絞るように、檄に応えた冒険者たちが「おう!」と叫ぶ。それを合図に、
「突撃せよ!!」
アディシェスの兵が巨大なうねりとなって冒険者たちに襲い掛かった。
戦場の様子を見つめながら、ウルスは厳しい表情を浮かべている。圧倒的な戦力差があり、本来ならば一瞬で決着がついておかしくない戦いだった。しかし現実は、一万五千の兵が三分の一にも満たないケテル兵に――いや、実質は百人ほどの冒険者に、進軍を阻止されている。正面から堂々と、その作戦に誤りはないはずだが、これほど手こずるのは想定外なのだろう。
「よう持ちこてちょっな」
「親父殿!」
背後から声を掛けられ、ウルスは驚きの声を上げて振り返った。本陣にいるはずの総大将アディシェス伯が前線に近いこの場所に来るのは、ウルスにとって本意ではないのだろう。指揮官としての能力を疑われている、と思ったのかもしれない。困惑した表情のウルスがたしなめるように言った。
「お下がりください。総大将に万が一のことがあれば軍が崩れます」
アディシェス伯は鋭い視線で嫡男を見る。
「万が一が、起こっとな?」
ウルスが返答に詰まる。万が一が起こる、ということは、ケテル兵に前線を突破される、ということだ。それはつまり、アディシェスの戦術的優位が揺らいでいることを認めることになる。迷うウルスに表情を緩め、アディシェス伯は軽くウルスの背を叩いた。
「硬かことをゆな。暇じゃっで様子を見け来ただけじゃ」
アディシェス伯は前線に目を向ける。あちこちで兵士が吹き飛び、地面が抉れて地響きを立てる。土煙が上がり、地形が変わる。
「特級厨師は手強かか?」
ウルスは首を横に振った。
「特級厨師のみであれば、勝利は容易く我らのものとなったでしょう。だが、我らの兵を阻んでいるのはあの男だけではない。まるであの男の写し見のように戦う、冒険者と呼ばれる者たちが立ちはだかっている」
ウルスの声にはどこか敬意のような感情が乗っている。対照的にアディシェス伯は冷静に言った。
「あげん戦い方は続かん。時間は我らん味方じゃ」
ウルスはうなずき、しかしその表情は硬いままだ。冒険者たちの戦い方は長く続かない。だが、長く続かないはずの戦いを、すでに彼らはニ十分近く続けている。すでに限界など越えているのだとしたら、彼らはもしかしたら、心折れるまで戦い続けるのかもしれないのだ。アディシェス伯は小さく息を吐き、ウルスの肩に手を置いた。
「もうすぐ繋がる。そうすりゃ、終わりじゃ」
ウルスの瞳が哀切を宿した。この戦いの終わりを惜しむかのように。
「怯むな! もう少し持ちこたえろ!」
鉄棍を振るいながらマスターが味方を鼓舞する。ジンゴの居合が周囲の敵を吹き飛ばし、シェスカさんの双剣が風を巻き起こして敵を阻む。しかし、倒れた敵兵は速やかに後方に送られ、新たな敵が姿を現す。状況に慣れてきているのか、アディシェス兵の手際は急速に改善されつつあり、後送と戦力補充のタイムラグが短くなってきていた。対する冒険者たちは常に全力で各人の最強スキルを発動し続けている。回復を担っていた【無敵要塞ガイエス】を失い、冒険者たちにいよいよ限界が迫る。
「三十年の、ブランクは、キツいぜ」
大きく肩で息をして、ジンゴは小さくつぶやいた。刀を持つ手は下がり、両足は幅を広くとって辛うじて立っている。シェスカさんがフォローに動いた。斬りかかってくる正面の敵を、刀を跳ね上げて打ち払い、斜め前から突き出された槍をシェスカさんが弾く。そして――風を裂いて放たれた矢が、ジンゴの右肩に突き刺さった。
「ジンゴ!」
シェスカさんの悲鳴のような叫びが響く。矢の勢いに押され、ジンゴが地面に倒れた。戦線が、綻ぶ。綻びを押し広げようと、敵がジンゴに殺到する――
――超次元要塞起動まで、あと五分。
正真正銘、絶体絶命大ピンチ! か~ら~の~?




