訣別
「百年も生きとらん分際でワシを子供扱いとは、人間とは不遜よな。本来なら不敬罪で処刑じゃが、もう、眠い、し、いいか、どう、でも……」
しゃべりながら男の子はうとうとと舟を漕ぐ。そして器用に立ったまま寝息を立て始めた。すぅすぅと安らかな寝息が聞こえる。
……
寝たーーーっ!! 勝手に話しかけてきたくせに寝たーーーっ!! なんなんだ、何しに出てきた! っていうか誰だよ! こんな場所にいる以上ただの子供ではないだろうけども!
――クルル
リスギツネが男の子に向かって不満そうに鳴く。男の子はハッと目を開けると、ものすごく眠たそうに目をこすった。
「ああ、すまん……でも、眠いし、どうでも、よくなって、きた……」
男の子は再び舟を漕ぐ。リスギツネが額に青筋を浮かべ、男の子のすねにがぶりと噛みついた。
「あだっ!」
顔をしかめ、ちょっと涙目になって男の子はリスギツネをにらむ。リスギツネはふいっと顔をそむけた。不満げに口をとがらせ、男の子はリスギツネを胸に抱えた。
「と、いうわけじゃ。出口を開けてやるからとっとと帰れ」
わずかに体を揺らしながら男の子は、シッシッと追い払うように手を払った。取り立ててトラック達に興味のある様子はない。剣士が返答に困って固まっている。トラックがプァンとクラクションを鳴らした。
「……ひとの家に勝手に入り込んでおいて、誰だ、とはずいぶんな言い草よの。安眠妨害で死罪、と言いたいところじゃが、まあ、いいか、眠いし」
とにかくひたすら眠いんだな。あれか、成長期か。だったら仕方ない。しっかり寝て大きく育っておくれ。睡眠不足はダメよ。この年頃は寝るのも大事なお仕事。
「ひとの、家?」
剣士が男の子の言葉を反芻する。そして「まさか!」と顔色を変えた。
「惰眠王、なのか……?」
地獄の六王の一柱、魔王を長男とする七兄弟の四男。『無限回廊』の主人である惰眠王が、この子!? そうなん!? だとしたら惰眠王、何百年成長期なん!?
惰眠王はとろんとした目でめんどくさそうにうなずく、っていうかまた舟漕いどる。リスギツネが手を引っかき、惰眠王はまたも不満そうな顔をした。
「どうしてワシがわざわざこ奴らの手助けなど……あだっ! いだだだっ! わかりましたやりますすみませんすみません」
リスギツネに指を噛まれて惰眠王は不満を引っ込める。なんか、完全にリスギツネに尻に敷かれとるな。リスギツネ強ぇ。っていうか、どうしてリスギツネがここにいんの? ミラと一緒にいたんじゃないの? それとも別ギツネ? 惰眠王は小さくため息を吐くと、眠たそうな目でトラックを見た。
「まあ、お主らにはリスギツネが世話になっとるし、お主らを邪険に扱うとリスギツネに噛まれるし引っかかれるし、うるさくて寝れんし、もうロクなことないから早く帰ってくれホント」
惰眠王がぱちんと指を鳴らすと、トラックのすぐ横の壁が揺らぎ、歪み、トラックが通れるほどの大きな扉を形作った。ぎぎぎ、と軋みを上げて扉が開く。扉の向こうには妖精の道によく似た異界が広がり、遠くにケテルへと続く街道が見える。
「ほれ、そこから帰れるじゃろ。寄り道せずにまっすぐな。変なとこに足を踏み入れると永遠に出られんくなるから、まあ、なんだ、もう、眠い、から、好きにして。じゃ」
何度も目をしばたたかせながらそう言って惰眠王はトラック達に背を向ける。トラックがプァンとクラクションを鳴らした。無視して帰ろうとしていた惰眠王にリスギツネがクルルと鳴く。ものすごく嫌そうな顔をして、惰眠王は振り返った。
「帰れんって、どういうことじゃ。そこから出るだけじゃろうが。ほれ、三、二、一、バンジー!」
勇気を出して飛び込め、とでも言いたいのか、惰眠王は足でリズムを取りながらトラック達を促す。「お前だけでも」と言いかけた剣士を遮り、トラックは再度クラクションを鳴らした。惰眠王は目を眇めて剣士を見ると、嫌悪の表情を浮かべて吐き捨てる。
「裏口とは姑息なマネを。創世を為したとふんぞりかえっておるくせに、やることがいちいちみみっちいんじゃ」
ぐちぐちとつぶやき、惰眠王は背を伸ばすと、剣士をまっすぐに見つめて言った。
「あきらめよ。じゃ、お疲れ」
しゅたっ、と手を上げ、惰眠王はまたトラック達に背を向けた。ドライに切り捨てられた剣士が呆然とその背を見送る。ちょっと待って、と言うようにトラックがクラクションを鳴らした。リスギツネが惰眠王の手を逃れてその頭の上に昇り、頭皮に爪を立てる。
「いだだっ! ええぃ、やめよと言うに! お前ワシの眷属じゃろうがだだだだすいません口が過ぎましたごめんゆるして」
リスギツネは惰眠王にがぶりと噛みつき、惰眠王は派手に血塗れである。頭を切ると傷が小さくても意外とびっくりするくらい血が出るよね。心底めんどくさそうに振り向き、惰眠王は剣士に向かって口を開いた。
「お主のそれ、ギフトじゃろ?」
急に話を振られ、戸惑いながら剣士はうなずく。惰眠王ははぁー、と長い息を吐いた。
「ギフトは存在そのものと強く癒着しておっての。分離が難しいんじゃ。その鎖を消すことは簡単にできるが、それをやるとお主自身の魂も消える。それじゃ意味ないじゃろ?」
それに、と惰眠王は非難めいた視線を剣士に向ける。
「お主、ギフトの力を利用しとるじゃろ? それも何度も。そういうことをしとると、ギフトはお主の魂を侵食する。逆に言うとな、お主はギフトに依存しとる」
惰眠王の言葉に剣士の顔色が変わる。拳を強く握り、惰眠王をにらむ。
「俺が、ギフトに依存してる?」
「違うのか?」
惰眠王は冷淡に剣士を見つめ返している。剣士の身体が怒りに震える。
「俺が、この力に、どれだけ――!」
「ならばなぜ利用した?」
「それは!」
叫び、剣士は惰眠王の視線に言葉の続きを失った。言い訳はいらぬと、惰眠王は同情も共感も斬り捨てる。
「お主がギフトを利用したのは、不相応な力を求めたからよ。成しえぬことを成したいと望んだからよ。無敵でも万能でもない、人であるとはそういうことよ。ギフトに身を委ねるということは、人であることを放棄することよ。お主は自ら人を辞めたのよ」
剣士は強く奥歯を噛む。反論できないのは図星だから、だろうか。惰眠王の声に優しさはないが、その代わり侮りもない。沈黙が訪れ、剣士は視線を落とした。惰眠王は何度目かのため息を吐く。
「……まあ、力を持てばそれを使わずにはおられんのもまた、人なのかもしれんがのぅ」
説教する義理もなし、眠いし、はよ終わらせて寝たいし、という意思がありありと感じられる様子で惰眠王はつぶやいた。リスギツネが惰眠王の頭をガリガリと引っかいている。つべこべ言わんとはよ助けぃ、ということだろうか。惰眠王はリスギツネを胸に抱えなおして言った。
「お主のこの鎖の繋がる先は無限回廊のその先の向こう、断絶した星界の涯てじゃ。ワシはお主のギフトをそこから呼び出すことができる。お主が望むならそうしてやってもよい」
惰眠王の口調が変わる。どこか神聖な響きを帯びて、預言者の神託が重々しく剣士を打つ。
「人の生を取り戻したいと願うなら、お主は人外の力と決別せねばならぬ。お主自身の力でギフトを否定せねばならぬ。己の力のみで悪魔を斬り伏せねばならぬ。それが叶ったとき、お主を縛る鎖は自ずから砕け散ろう。じゃがそれが叶わねば、お主は悪魔に生を奪われ、魂はこの『無限回廊』を渡る嘆きの風となろう」
惰眠王の冷蒼色の瞳が剣士を見据える。剣士の目が戸惑いに揺れた。ギフトを克服する方法がある。それは剣士がセシリアの許に戻ることができる、その可能性を示していた。
「……ギフトは、消せるんだな?」
「お主次第じゃ。己の道は己で拓け」
剣士は目を閉じ、惰眠王の言葉を沁み渡らせるように呼吸を整える。剣士が目を開けた時、その顔にははっきりとした意志が宿っていた。必ず生きて戻る、その強い意志が。
「悪魔を、呼んでくれ」
リスギツネがクルルと鳴いて、惰眠王が楽しげに笑った。
「問うことを禁じ、迷うことを禁じ、逃げることを禁じ、拒むことを禁ず。汝に許されたるは従うのみ。異界の断層を越え、召喚に応じよ」
惰眠王の瞳が冷たい輝きを放ち、巻き起こる風が髪を弄ぶ。その身体が淡く青白い光に包まれた。それは転移魔法の光に似ているが、それよりもずっと純度が高い感じがする。呪文を綴る傲慢な声は地獄の王にふさわしい威圧感を以って空間を歪ませる。剣士の胸に繋がる鎖がのたうち、うねり、巻き取られていく。物理的な存在ではないのだろう、鎖は巻き取られた端から霧散して消えた。やがて『無限回廊』のはるか奥からかすかに声が聞こえる。
「イィィヤッホゥーーーッ!!」
歓喜の声を上げながら凄い速さで何かが向かってくる。それは速度を落とさず、ほとんど一瞬でこちらに到達すると、ためらいなくその尖った爪を剣士に振るった。剣士が居合の要領で爪を切り払う。生物にありえない金属音を立ててそれは斬撃を防ぐと、舌打ちをして距離を取った。それ――悪魔は、異形化した剣士の姿をしている。
「まさか呼んでくれるたぁ思わなかったぜぇ。今更こっち側に寝返るかい? だったら口を利いてやってもいいぞ、なぁ、惰眠王」
悪魔は下卑た笑いを浮かべて惰眠王を見る。惰眠王は不快そうに鼻にシワを寄せた。
「影の分際で大きな口を叩くな。心配せんでもすぐに消してやる。こやつの用事が終わったらな」
トラックがプァンとクラクションを鳴らす。剣士は首を横に振り、はっきりと言った。
「手を出すな。これは、俺の戦いだ」
剣士が袈裟懸けに斬りかかり、悪魔は「おっと」と大げさに驚いてみせた。斬撃は空を切り、悪魔がその爪を剣士の喉に伸ばす。身を沈めてそれをかわし、立ち上がる勢いのまま剣士は剣を横薙ぎに払った。悪魔は後方に飛びずさる。赤く裂けたような悪魔の口が笑みの形に歪んだ。
「無言で襲ってくるなんざひっでぇなぁ。俺とお前の仲だろ?」
「黙れ!」
にやにやと侮るような目で剣士を見下す悪魔に叩きつけるように叫び、剣士は長剣を突き出す。悪魔は右手のひらでそれを受け止めた。硬質な金属音が響く。
「冷たいねぇ。いつもいつも、俺はお前に望まれて力を貸してやってたってのに」
悪魔は剣の刃を掴むとそのまま引き寄る。剣士の身体が前に泳ぐ。とっさに剣を手放したものの間に合わず、剣士は悪魔の左の拳に腹を抉られて吹っ飛んだ。文字通り床を転がり、剣士は激しくせき込む。悪魔が勝ち誇った笑みを向けた。
「何を勘違いしてやがる。俺はお前ができないことを代わりにやってやってたんだぜ? お前が弱くて、どうしようもねぇから俺がやってやったんだ。何にもできないお前が、この俺を殺せるわけねぇだろうが」
剣士はよろよろと立ち上がり悪魔をにらむ。悪魔は剣士の足元に剣を放り投げた。剣を持とうが持つまいが同じだと言いたいのだろう。嘲笑を張り付けて悪魔が言った。
「お前が望んだんだ。全部、お前が望んだ。俺は願いを叶えてやっただけだ。お前が望み、俺が殺した。お前が、殺したんだ」
ギリリと奥歯を噛み、剣士は床の剣を拾って再び悪魔に斬りかかる。刃は簡単にかわされ、悪魔の回し蹴りを食らって剣士は再び床に転がった。
「学習しろよ相棒。お前ができることなんて何もないんだよ。だから俺がいるんだろ? お前のために俺がいるんじゃないか。世界が怖いお前を、他人に怯えるお前を、俺が守ってやってるんだろうが!」
強く咳き込み、剣士は緩慢な動作で身を起こす。回し蹴りのダメージ、以上の消耗が気力を奪う。
「……もう、そんなガキじゃない」
「いいや、ガキだね。現実が何も見えちゃいない」
悪魔の見下げる目を拒絶するように吠え声をあげ、剣士は大きく剣を振りかぶって斬りかかる。悪魔は、もはや避けようとする素振りもなく、ニヤニヤと剣士を見つめるばかりだ。剣が悪魔の肩口を抉る――こともなく、硬い音を立てて止まった。剣士の顔が驚愕に染まる。悪魔が無造作に一歩踏み出し、右手で剣士の喉を掴んだ。
「これが現実なんだよ、相棒。お前は俺なしじゃ生きられない。だってそうだろ? お前はいつだって、都合が悪くなると俺に意識を委ねてきたんだ。本当の困難に自分で立ち向かったことなんてないんだよ。世界と向き合うこともできねぇ臆病者が、一人で生きるなんてありえねぇだろうがよ」
優しく諭すように悪魔は囁く。剣士が苦しそうにうめいた。心配するな、と悪魔が慈悲深い微笑みを浮かべる。
「ずっと一緒だ。なぁ、相棒――」
――ズガァァァン!!
細く絞られたトラックの怒りが悪魔の顔を直撃し、轟音と共に爆風が巻き起こる。悪魔が「があぁぁっ!」と叫び、両手で顔を覆った。解放された剣士が膝をつき、喉を押さえて咳き込む。
「部外者が割り込むんじゃねぇ――」
――ズガァァァン!! ズガァァァン!! ズガァァァン!!
さらに三条の荷電粒子砲が立て続けに放たれ、悪魔が後方に吹き飛ぶ。それはたぶん、「お前の御託は聞き飽きた」というトラックの意思表示だろう。
「やめろ! これは俺がやらなきゃならないんだ!」
剣士のかすれた声を無視して、トラックは車体を悪魔の方に向けたままぶぉんとエンジン音を鳴らす。悪魔が怒りに顔をひきつらせた。
「邪魔しようってんなら、一瞬で死んでみるか?」
悪魔の五指が蒼くいびつな炎を宿し、トラックに向けて放たれる。トラックは【フライハイ】で上に逃れ、天井ギリギリまで上昇してから悪魔に向かって急降下した! 【突撃一番星】の銀の光をまとったトラックを悪魔の拳が迎撃する! 力と力が正面からぶつかり、トラックと悪魔はまったく同じように壁まで吹っ飛んだ。両者の力は全くの互角、ということだろう。悪魔は背中を強かに打ってうめき、トラックは荷台の後部を大きくへしゃげさせた。リスギツネがクルルと鳴き、惰眠王が落ち着かせるようにリスギツネの背を撫でる。
「ワシが手出しをしても興醒めじゃろ」
リスギツネは惰眠王の顔を見上げ、安心したようにおとなしくなった。惰眠王はまるで心配していない様子でトラックと悪魔の戦いを見ている。それが無関心なのか信頼なのかはその顔からは読み取れない。
「てめぇ、明らかにさっきより強くなってんじゃねぇか。ふざけやがって」
悪魔がトラックを苦々しく睨む。ふん、当然だ。さっきは悪魔が剣士の身体を乗っ取ってたから本気出せなかっただけだもんね。トラックは悪魔に答えず、強くアクセルを踏み込んだ。ギャリギャリと床を削り、急加速したトラックは悪魔に突っ込む! 悪魔は大きく背を逸らし、トラックの突撃を頭突きで迎撃した! フロントガラスが粉々に砕けてトラックの車体が後ろに吹っ飛ぶ。悪魔が痛そうに右手で額を押さえる。
「よせっ! お前は――」
――プァン!!
剣士の声をトラックのクラクションが遮る。剣士が意表を突かれた顔でトラックを見つめた。悪魔がバカにしたように吹き出す。
「なに言ってやがる。たかだか一年前に会ったお前にこいつの何がわかる? こいつはなぁ、卑怯で、臆病で、自分が傷つくことを怖がってばっかりいる――」
――プァン!!
腹立ちを込めたクラクションの重圧が悪魔に言葉の続きを飲み込ませる。トラックはぶぉんとエンジン音を鳴らし、プァンとさらにクラクションを重ねる。剣士は呆然とトラックを見つめ続けていて、悪魔は下らないとトラックを嘲る。
「ゴミが仲良く群れて何ができるって? ゴミとクソが集まったってゴミクソにしかならねぇだろうが!!」
悪魔が右手をかざし、重く澱んだヘドロのような闇が凝集する。闇は空間を腐らせながら沁み広がってトラックに迫った。トラックは【怒りの陽電子砲】で闇を焼き払う。轟音と共に爆煙が広がり、間髪を入れずに煙を割って悪魔がトラックに襲い掛かった! トラックは【マチガイル】で応戦する! 悪魔の爪にアルミバンを抉られながら、トラックのサマーソルトキックは悪魔を吹き飛ばした。また壁に打ち付けられ、「ってぇなクソが!」と悪魔が悪態をついた。
ははは
不意に、場違いな笑い声が響いた。皆が声の主を振り返る。剣士は呆れたように笑っていた。悪魔が渋面で「……壊れたか?」とつぶやいた。剣士はおかしそうに笑い続ける。
「俺は、独りでやらなきゃって思ってたんだ。何でも独りで」
「ああそうだ。お前が他人に関われば相手が不幸になる。お前は他人に関わるべきじゃない」
悪魔の言葉に剣士は首を横に振る。悪魔の顔に焦りが滲んだ。
「違ったんだよ。勝手に思い込んでいただけだったんだ。勝手に、独りじゃなきゃって」
剣士は自分の胸から伸びる鎖を手に取り、長剣の刃を当てた。悪魔の顔色が変わる。
「おい、何をするつもりだ。冗談だろ、なぁ? できるはずねぇだろ!」
「お前の言う通りだ。俺は卑怯で臆病で、だからお前を手放せなかったんだ。お前を憎みながら、お前を、力を、失うことが怖かった。でも」
剣士はトラックに視線を向ける。トラックはプァンとクラクションを返した。剣士は覚悟を決めたようにうなずくと、剣を振りかぶる。悪魔が明確な焦燥を浮かべ、剣士に向かって走った。
「バカよせっ! お前の仕込みにどんだけかかったと――」
「もう、お前はいらない」
長剣が鎖へと振り下ろされ、澄んだ音を立てて砕ける。手を伸ばした悪魔の指が剣士に触れるギリギリのところで止まった。いや、止まったというより、後ろに引っ張られて届かなかった、というのが正確だろうか。剣士との繋がりを失い、悪魔は本来あるべき場所――封印された断層の向こうへと帰されるのだ。悪魔の足が床を踏みしめて抗い、抗いきれずに床を削る。
「ひでぇ、言い草だ」
恨み、憎しみ、裏切りを詰る瞳が剣士を睨み据える。しかしそれはにもう剣士を動揺させる力はなかった。引力に敗北した悪魔の足が宙に浮き、あっという間に悪魔は『無限回廊』の果てに消える。あっけないほどに、何一つ残さずに、悪魔は姿を消した。
――クルル
リスギツネが鳴き声を上げ、惰眠王が満足そうに目を細めた。
最近流行りのAIなら、トラックのプァンとリスギツネのクルルをいい感じに翻訳してくれるだろうか。




