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夕暮れに影が伸び

 剣士とイヌカの対決が見事な茶番に終わり、すみっこで体育座りをしながら地面にのの字を書いているイヌカをよそに、太陽はすっかり真上まで昇っていた。それはすなわちお昼ご飯の時間、ということであり、いよいよセシリアさんの功夫が試されるときだ。ハルが早くと急かし、セシリアが大きなランチバスケットのふたを開ける。そこには今朝早くから作った大量の卵サンド……だけではなく、ハムサンドもツナサラダサンドもポテサラサンドも、さらにはイチゴのフルーツサンドまで、鮮やかな色彩のサンドウィッチが輝いていた。


「わぁっ!」


 ハルが感嘆の声を上げてランチバスケットを覗き込み、ミラが「すごい」と目を輝かせる。ミラに抱かれたリスギツネが「クルル」と鳴くと、セシリアは「あなたはこれね」とリュネーの花を差し出した。リスギツネは嬉しそうに花を食べ始める。


「あ、こら! 先に食べるな!」


 怒るハルをなだめ、セシリアはみんなを見渡すと、


「それでは、いただきましょうか」


と言った。「いただきます」の声が唱和し、みんなが一斉にランチバスケットに手を伸ばした。


「おいしい!」


 ちゃっかりセシリアの膝の上に座って、ハルが大きな声を上げる。セシリアがハルの顔を覗き込んでうれしそうに笑った。ルーグがハムサンドを食べながらハルを見ている。それに気付いたイーリィが両手を広げ、いたずらっぽい顔で言った。


「抱っこしてあげよっか?」

「いらねーよっ!」


 顔を赤くしてルーグが怒鳴る。「ざんねん」と言いながらイーリィはくすくす笑った。


 清かな風が渡る丘の上で、降り注ぐ日差しにセシリアは目を細める。ハルはその小さな体のどこに入るのか、全ての種類のサンドウィッチを食べ、その全てで「おいしい」と言ってセシリアを喜ばせた。両手をフルーツサンドの生クリームでベトベトにして、鼻の頭にもクリームを付けて。それはきっと、ハルが考える遠足の姿で、ハルが考える子供の姿で、ハルが考える家族の姿なのだろう。ハルとトラック達の関係に確かな証しなど存在しない。だからこそ、『本物らしさ』が必要なのだ。

 ランチバスケットいっぱいにあったサンドウィッチがすべてなくなり、ハルは満を持して自らが選んだおやつをみんなに披露する。水ようかんにくずもち、みたらし団子に回転焼き。ぴったり銅貨三枚だよ、と自慢げなハルに、セシリアは少し大げさに驚いてみせた。ミラもルーグもおやつを用意しており、ハルに交換を持ちかける。いったい何を交換したら得なのか、一番たくさんの種類を食べるにはどうすればいいのか、ハルはうんうんうなりながら頭をひねって考えていた。ああ、なんか、よかった。ハルが楽しそうで、よかった。

 その後、イヌカがひょいっと横からおやつをつまんでハルに泣かれ、イーリィにめちゃくちゃ怒られたり、ハルをなだめるためにトラックがスキル【キッチンカー】を発動しておかみさんを呼び出し、杏仁豆腐(サバみそ味)を振舞ったり、食事の後の全員参加の鬼ごっこでイヌカが完全に気配を消して隠れていたら誰にも見つけてもらえず、寂しくなって自分から鬼の前に姿を現わしたり、鬼役の剣士に見つかったことに驚いたミラの様子に驚いたリスギツネが逃げ出して鬼ごっこどころではなくなり全員で大捜索になったり、そのことで剣士がセシリアにめちゃくちゃ怒られたりしたものの、トラック達の遠足は和やかに進んでいった。そして、どんなものにも終わりは来る。楽しい時間にも、終わらなければいいと願うことであっても。太陽が少しずつ傾き始めていた。


 ケテルの町を一望できる場所に、ハルとトラックはいた。ハルはトラックのキャビンの上に座っていて、【念動力】で落ちないように支えられている。これは、やっぱりあれだろうか。トラックなりの肩車なんだろうか。

 ちなみにルーグは剣士とのリベンジマッチ、イヌカはルーグのセコンドをしていて、イーリィとセシリアはミラと遊んでいるようだ。午前中にひたすらリスギツネとお手の練習をしていたミラは、その成果を二人に見せて褒められ、照れたように笑っていた。リスギツネ、お手どころかお座りもおかわりもハイタッチも火の輪くぐりも水中大脱出もフライングキャメルスピンもできるようになっていた。ミラの訓練技術ハンパない。もしかしてビーストテイマーを極めし者ですか?

 ハルとトラックは無言のまま、じっとケテルの町を見ている。一望するとよくわかるけど、ケテルの町はとても大きな町なんだなぁ。大きな門と高い壁に囲まれているけど、上から見下ろしたときに目を引くのは中央広場にある教会の大鐘楼だろうか。ケテルには高さのある建物は少なく、尖った屋根の大鐘楼だけが突出している。大鐘楼よりも高い建物はケテルには無く、評議会館がそれに次いで高さがある建物なのだが、それは教会に敬意を払って敢えて大鐘楼より低くしているのだとか。ちょうど三時の鐘の音が、遠くトラック達のところまで届いた。


「ねぇ、トラック」


 ケテルの町を見ながら、ハルが問いかける。


「『ハル』って、どういう意味?」


 プァン、と、トラックは淀みなく問いに答えた。ハルは少し驚いた顔をして、そしてうれしそうに「えへへ」とはにかんだ。




 日暮れの時刻を迎え、トラック達はケテルの冒険者ギルドに戻って来た。ゴミはすべて袋に入れて持ち帰っている。来たときよりも美しく、が遠足の基本でございます。トラックから降り、イーリィはトラックに微笑んだ。


「誘ってくれてありがとう。とても楽しかったわ」


 イヌカが大きく伸びをして、「ま、息抜きにはなったな」と小憎らしいことを言ってイーリィににらまれる。ルーグがハルに駆け寄って言った。


「じゃあな。また遊ぼうぜ」


 ハルは大きく「うん!」とうなずく。ルーグはハルに少し顔を寄せ、声を落としてひそひそと話した。


「……イヌカはさ。おれと組むと、おれの安全を一番に考えるんだ。臆病なくらいに慎重で、それは全部おれのせいなんだよ。だからさ――」


 ルーグの顔が少しだけうれしそうに緩む。


「――おれのことを考えずに戦うイヌカが見られて、よかった」


 ハルがおかしそうに笑う。


「だいすきじゃん」

「うるせぇ」


 ハルの頭をくしゃっと乱暴に撫でて、ルーグはギルドの中に入っていった。イヌカとイーリィも軽く手を振った後、ルーグを追ってギルドの建物に消えた。それを見送った後、剣士は大きくあくびをすると、


「ご苦労さん」


と言って宿に戻った。なんだかんだで剣士が一番ハルとルーグの相手をしてくれていたんだよなぁ。面倒見のいい奴である。ありがとね、そっちこそご苦労さん。

 夕日が赤くケテルを染め、トラック達を照らす。トラックも、ハルも、ミラも、セシリアも、なんとなくその場に留まっている。解散、じゃあね、と言えば、遠足が終わる。終わるのは、さみしい。


「あの……」


 セシリアが少しためらいながらトラックに声をかけた。プォン? とトラックが応える。勇気を集めるように呼吸をして、セシリアは言った。


「少し、歩きませんか? このまま終わってしまうのは、なんだかもったいない気がして……」


 ハルとミラが顔を見合わせ、うれしそうに笑った。トラックがプァンと了承を伝え、向きを変える。セシリアがハルと右手をつなぎ、ハルは右手でミラの左手を握り、ミラは自分の右手を、【ダウンサイジング】で少し小さくなったトラックの助手席の扉に添えた。ハルの歩幅に合わせてトラック達はゆっくりと、中央広場を回る。わずかに藍色になり始めた空の下で、四人の影がケテルの石畳に伸びていた。

イーリィ不在時の冒険者ギルドの受付は、ジュイチさんが滞りなく事務を処理してくれるので安心です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハルのおやつのチョイスが渋いwww まあ、中身はおじいちゃんだしねw
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