覚醒には緊張感とピンチが必要らしい
アリステルの銃弾に対処して、なんとか捕獲しよう。頼みの綱のカムイはマオリに阻まれた。
マオリの装備は左腕の小型クロスボウと名品っぽい槍だ。
「私の名はマオリ・ファーレンス。武人として、一騎打ちを申し込む!」
カムイとマオリの周囲を兵が取り囲み、即席のリングができていく。
「あたしは応じた方がいいと思うよん? 全員相手にするよかいいでしょ?」
「カムイ、そっち頼むわ」
「わかりました。ダイナノイエが王子カムイ、お相手いたします!!」
「かたじけない。よき勝負にしよう」
あっちの武人組はあれでいい。アリステルの言う通り、被害は減る。
「問題は俺だよなあ……」
「手加減はしないよー。やばいやつなのはカロンを抜けてきた時点で判明したしね。本気で狙うから、死んだら生き返らせてあげる!!」
そしてまた狙撃が始まる。さっきよりも避けるのがしんどい。俺だけにターゲットを絞ればこうなるのか。
「うりゃうりゃうりゃ! 早めに降参しようね!」
「国王ってのはそうもいかなくてな!」
体を雷化させて、かすった瞬間に透過できるか試す。少々痛いが、つねられている程度だ。復元も容易だし、この事実は隠しながら戦おう。
「雷爆符! 急急如律令!!」
札を数枚飛ばし、その中に転身の札を混ぜておく。これで敵兵が防御しているうちに、アリステルまで一番近い札へ移動だ。
「雷転身!!」
「それは通らないなあ!」
近場に投げた札をすべて撃ち抜かれた。驚くべき射撃精度だ。
「ふっふっふ、移動してくるのはお見通しさ! そこまでわかれば、こっちに近いやつから撃ち落とす!」
「にしたって全部落とせるのはおかしいだろ」
「あとその紙みたいなやつ! 魔力じゃないから限りがあるね!」
「そこまでわかるんかい」
陰陽符は作る必要があるので、無限消費はできないのだ。ストックはまだあるが、作り方を俺とリリアしか知らないので、作るには時間がかかる。誰にも教えたくないし、そもそも制作過程で魔力込めるから俺かリリアじゃないと無理。
「あんま使いたくないんだよなあ」
「温存して勝てると思わないことさ。全部使わせてあげるよ。消耗戦で潜入工作員が勝てるわけないっしょ!」
「こいつ……対人経験が豊富だ。ただの狩人じゃないな」
「あたしの故郷は山が多くてね。そこじゃ得物は魔物だけじゃない。人も魔物も動物も狩る。悪い人間と魔物は殺処分。動物は食料としていただく。どの部位をどう撃ち抜くかまで染み付いてるよ。何でも狩って覚えるのさ!」
射撃がどんどん正確になっている。確実に俺の動きを学んでいるのだ。
「ぐっ!」
肩にくらったか。痛みはカットして回復魔法をかけつつ攻撃魔法をばらまくが、すべて弾かれてしまう。こいつは面倒だ。
「ふっふっふ、手詰まりかな?」
弾ききれなかった弾丸が俺をかすめていく。地味にダメージが蓄積されるな。
「ああ、俺にクリーンヒットさせたのはすごいぞ。ヴァンかももっちくらいだ」
なんだかんだで直撃は避けてきた。ガードキーとか剣で弾いたり、雷化して逃げたり。なのでヴァンとの勝負かももっちとの模擬戦の時くらいなのだ。
シルフィやイロハが手加減無しで攻撃してきたら致命傷だろうけど、そんな機会はほぼないわけで。
「ほんと? あれと一緒とかやばくない? あたしの時代来てる?」
「ああ、だから少しマジでやる」
ここで完成に近づけておこう。まず今できることを100%の精度にする。
今まで使っていた俺の左腕は雷だ。本物はコートの下でチャージを終えている。
「インフィニティヴォイド!!」
虚無の弾丸の生成が完了し、アリステルめがけて撃ち出された。
「撃ち落とす!!」
アリステルの魔弾をかき消しながら、幻影兵を貫いていく。
「おおっと!? やばいかなこれは!」
距離があるため避けられるが、幻影兵を複数貫いても弾速はほぼ落ちないことがわかった。まだ詰みじゃない。俺でもなんとか戦えそうだな。
「はー……ちょい焦ったし……」
まだ打開策はあるな。一方でカムイは苦戦中である。基本的に攻撃魔法と武術による接近戦で戦うカムイは、マオリの槍捌きによって懐に入れない。
「速い。そして重い!」
「ここまで私と戦えるとは見事だカムイ殿。だがこの程度で驚いてもらっては困るぞ! 炎神憑槍!!」
マオリが槍に炎を灯して、舞うように火力を上げる。そしてカムイの背後にうっすらと炎が見えた。
「カムイ! 後ろだ!!」
「えっ、うわああ!?」
突然発生した炎を両腕で防ぎ距離を取る。だがカムイの驚きようは、ただ不意打ちをくらっただけとは思えないほどだ。
「えっ、幻影……じゃない!? 焦げている!?」
カムイが自分の腕のダメージに驚いている。火力じゃないな。そもそもカムイは手練だろうに、なぜ気づけなかったんだ。
「私の生み出す炎は魔力と闘気によるもの。故にその温度も自在。お見せしよう、変幻自在の炎の舞を!」
「いけない、炎を回避できない。魔導風水盤よ! 凶兆を探知しろ!」
「そんな時間など与えんよ!!」
炎は激しく舞い上がり、こちらまで届きそうになる。そこでようやくわかった。まったく熱くない。肌で感じる熱量と、実際の火力が完全に別なんだ。そこに炎があると視認するまでわからないほどである。
なるほど、これを背後に出されると厳しいな。
「これぞ試験による激闘の果てに開花した、新たなる我が力!!」
「螺旋水龍掌!!」
カムイは自分の周囲に渦巻く水を出すことで、なんとか炎を耐えている。
「そっちばっか気にしてると危ないよん!」
「ちっ、お前はお前で厄介だな」
銃弾が少しだけ見切れてきた。こういう戦闘に慣れてきたのだろうか。もともと素人なので、感覚を研ぎ澄ますというのがとっさにできない。
「はあああぁぁぁ……」
「おっと、試させないよ!」
弾丸は多少くらうのも計算のうちだ。致命傷以外は復元できる。リベリオントリガーを研ぎ澄まし、当たった箇所を瞬時に放電させて再構成していく。そうすることで俺をギリギリまで強制的に追い込むのだ
「なにそれ!? どうやってんのさ!!」
「さあな」
ライジングギアはまだ開発の余地がある。巨大化させた拳をぶつけたり、防御と多人数を相手することに使っていたが、それだけでは足りない。虚無の混ぜ方と練り方は覚えているはずだ。今くらい集中できていれば、きっとできる。
「よくわかんないけど危険だね! 今すぐ決着をつけるよ!」
こちらに飛んでくる魔弾を右手のひらで受ける。右手に貼り付けられた白い魔力により、弾丸は溶けるようにして消えた。
「やばいスイッチ押したかな?」
いける。ここで必要なのは傲慢さだ。普通なら勇気とか自分を信じる心なんだろう。だが俺にそんなもんはない。ならば世界が変われ。俺の望むように動け。
ただゆっくりとアリステルに向けて歩き出す。
「取り押さえて!」
突き出される敵兵の槍は、俺の体に触れた先から消えていく。
だが厳密には溶けているわけでも消しているわけでもない。
爆縮を続けている炉心に手を突っ込んでいるようなもの。分解と破壊だ。
「どういうことさ! マジでどうやってんの!?」
もしも当たったらなんて考えるな。それは思考を乱し、集中が途切れる。できて当然だ。できない世界など必要ない。俺を満足させるまで変わり続けろ。俺に屈しろ。
「とにかく撃ちまくるよ! みんな協力して!」
周囲の兵士も攻撃魔法に切り替える。その一発一発がどの順番で飛んでくるか、どの部分に当たるかなんとなくわかる。あとは自分の体に流れる虚無の強弱を変更できればいい。
「止まれ!!」
剣士が俺に斬りかかろうとする。そちらに顔を向け、余裕の笑みを浮かべてやる。
「触れてみるか?」
兵士の動きが止まる。完全に未知の現象だ。槍が消えるくらいだから、自分が消えるかもしれない。そんな不安が動きを止める。
そしてわかった。会話するだけで虚無のコントロールが少しぶれる。まだまだこの状態は完成じゃないな。必要以上に喋るべきじゃない。
「そこか」
幻影兵しかいない場所を狙い、水をすくい上げてぶつけるイメージで虚無を放つ。
白い波動が幻の兵士を十人くらい溶かして飲み込んでいく。まだ範囲が狭いな。
「やばいやばいやばい。あれは無理! みんな撤収!!」
逃げてくれると助かる。今の一撃は精神がすり減るほど消耗した。攻撃に転用するのはまだ先だ。だが勇者科メンバーは確保する。
「雷瞬行」
アリステルまで最短距離を移動する。目の前でそっと首筋に右手を近づけた。
「動くな……」
限界まで平常心を装って声を絞り出す。かなり無茶した。これ同時にやっちゃダメだ。吐き気通り越して五感が薄くなる。この状態を維持する構造がない。随時魔力だけで全部補うのは無理だ。何かでエネルギータンクと供給の役割を見つけなければ。
「銃を捨てろ」
「アリス!」
「動かないでマオリ。そこからじゃ無理」
いい判断だ。多少怯えてはいるのだろうが、それでも冷静に判断できている。周囲の状況確認もしているようだ。
「三日月さん、カムイ回収」
「はっ」
カムイを連れて三日月さんがやってくる。虚無を解除してアリステルを掴み、あとは三日月さんに寄り掛かった。このあたりが限界だな。
「シルフィに言っておけ、次で決着をつける」
それだけ言い残して、三日月さんは俺とカムイとアリステルを運んで飛んだ。
「見逃してもらえたのでしょうか」
空の上でカムイが不思議そうにしている。三日月さんは俺達を落とさないよう、速度を落として飛んでくれているのだろう。
「消耗戦はしたくないのさ。決戦の場にするには、不確定要素が大きい」
「あたし人質だしね。っていうか捕虜?」
「手荒なことはいたしません。安心してください」
「寝る。あとは任せた」
空の上で意識は途切れた。




