07 人間である、ということ ①
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07 人間である、ということ
あの日、夢見た世界がそこにあった。
歩き出す準備は、もう出来てる。
私の物語を始めよう――この約束を、握り締めて。
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「この壁、どこまで続いてるんですか……」
「何事にも果てはあるものですよ」
いつものように淡々と返すフィニアス師の言葉も、耳を素通りして目の前の壁に吸い込まれていくような感じがした。森を抜けて唐突に現れたそれは、ひとつひとつ丁寧に切り出された石が、一分の隙もなく噛み合いそびえ立っていて。その壁は首が痛くなるほど見上げれば高く、ひどくゆるやかな曲線を描いて地の果てまで続いているように見えた。
「普通、お城の手前には大きい村とか、町とか……そういう段階、みたいなのを踏んでおくものじゃないんですか」
「ほう、良くご存知ですね。今回はとにかく速度が重視、ということで普通の人間ならば通らない、道なき道を敢えて行ったのです。本来ならば多少の時間がかかろうと、野盗もおおっぴらには活動できない、安全な街道を選んで行くものですが。もちろんそちらには、大小の集落が連なっておりますし、野宿もせずに済みますよ」
「なっ」
私が絶句してフィニアス師を見つめると、師は飄々とした顔で私を見つめ返した。
「冬の森で君に苦労を味わって頂くつもりだったのですが、存外と宿に泊まるよりも野宿の方が快適そうにしていたものですから、私としても複雑でした」
「そんな、私だって寝る場所は人間と同じがいいですよ……多分」
強く主張するつもりが、途中から自信がなくなって言葉が尻すぼみになっていく。村の人を除けば、私が沢山の人間を見たのなんてあの祭りの日くらいだ。知らない人しかいない人里で眠るよりは、慣れた森の中でロロ兄さんと一緒の方が安心できるに決まっていた。
「ですが君は、そんな集落などに行き当たるかも分からない、前人未踏の地を目指して行くのではないですか。そう、遠くない未来に」
「っ……」
その話はしたことがないはずだったけれど、フィニアス師には知られていても何の不思議もなかった。この旅は単なる予行演習で、次に旅立つ時は地図もない世界を、終着点も分からない道をひたすらに駆けていかなくちゃいけないんだ。
「得るものは、ありましたか」
フィニアス師の言葉に、師と過ごした数日間のことを思い返す。魔法の練習とか、野宿の仕方とか、道に迷わない方法だとか……そういう話だけじゃなくて、私がこの旅で教わったもの。それは多分、今まで知らなかった世界のことと、今まで知っているつもりでいた場所のことを、どれだけ知らなかったのかということ。
この世界に一歩踏み出すことができたのだと、いうこと。
「はい。まだ私一人じゃ難しいかもしれないけど……兄さん達と一緒なら、歩いていけると思います」
胸元に光る、ユーリの魂の欠片をそっと握りしめた。脈打つ森の緑に、背筋が自然と伸びるのを感じる。彼の目を見てはっきりと答えれば、フィニアス師は満足したように頷いて、手品を披露するみたいに片手を指し示した。
「それでは、王都へと参りましょうか。城壁だけで驚かれていては困りますからね」
「まだ驚くことがあるんですか……」
私がガックリと肩を落とすと、いつものように私達の話を黙って聞いていたロロ兄さんが喉奥で笑った。
《また、フィニアスにやり籠められているのか》
《……そんなんじゃないもん》
私がふてくされてボフリと兄さんの背中に顔を埋めると、ますます背中を震わせて笑われる。
《まア、気長ニだナ》
バサバサと羽音を立ててナジークが肩に止まると、慰めるように私の耳を甘噛みした。ワタリガラスはくちばしが鋭いから、ちょっと痛いし、別に落ち込んでるわけでもないから複雑な気分だ。
そうして暫く兄さんの背中に揺られていると、行く手に沢山の人が集まって長い行列を作っているのが見えた。
「検問です」
私が聞くまでもなく、フィニアス師が淡々と告げた。
《検問だって》
《……検問とは、怪しい者ではないか、何をしに来たのかを来訪者に問い質す場だったか》
私が頷くと、兄さんは少し間を置いた後に、言いにくそうな調子で伝えてきた。
《我々は、検問を抜けられるのだろうか》
「えっ……」
思わず口に出してしまうと、フィニアス師が器用に片眉を上げてこちらを振り返る。
《普通ノ旅人はダイアウルフに乗ルドコろカ、見タ事も無イだろうナ。人間ノ移動手段ハ、古来ヨリ馬と相場ガ決まっテいるゾ》
《ましてお前は、髪色の都合もあってフードを取れないだろう。ナジークは検問を通る時に空を移動してもらえば良いだけの話だが、俺とお前だけでも十二分に怪しいのではないか》
ナジークと兄さんの言葉に青褪めていると、これみよがしな溜め息が行く手から聞こえてくる。
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