06 優しい魔法の使い方 ④
《食事ノ時間だナ!》
バサバサと嬉しそうにやって来たナジークの足には、ヒラタケの入ったカゴ。
《私とフィニアス師の食べる分は、まだだけどね。ありがとう、ナジーク……重かったでしょ?》
《肉のタメなラ、軽イものダ》
胸を張って翼を広げるナジークに、私は笑って一昨日狩ったヤマシギの熟成肉を一切れ差し出した。ナジークは私やエルよりもよっぽど食にうるさくて、彼によるとワタリガラスは皆そうらしいけど、それでよく冬の森とかを生き抜けると思う。
《ヤマシギ!》
いつもの冷静で大人っぽいナジークはどこへ行ったのか、狂喜乱舞してお肉に飛びかかる姿は何倍も若返ってみえる。そもそも、ナジークが何歳くらいなのかも知らないけど。
《兄さんは?》
《子リスを狩ロうとシて、逆ニ遊ばレテたナ。アのダイアウルフも、マダマダと言ウ事ダ》
《まあ、一匹狼で狩りをするのって厳しいし、私だって兄さんがいなかったらこんなに楽々ハクビシンとか狩ってこれないよ》
この分じゃ、兄さんもお腹を空かせてるだろうし、ハクビシンを多めに生でとっておいて良かったと思う。私達は逆に、熟成させておいたヤマシギを多めにもらう事にして、香り付けにクミンの種と一緒に鍋に入れてザッと炒める。
その瞬間、ブワリと広がるクミンの独特な甘さの残る匂いと一緒に、ハクビシンとヤマシギの濃厚なお肉の脂が混じり合って、一気にお腹の空く香りが鍋からこぼれてきた。その香りを絡めるみたいにヒラタケとコハルユリを炒め合わせて、追加で家から持ち出した香辛料と隠し味をちょっとだけ。後は水を入れて、じっくり煮込むだけだ。
(そんなの待ってられないから、ズルっこするけど)
エマおばさんみたいに、いつも自分の仕事をしながら家族の食事を苦労してる人に知られたら、目をつりあげて怒られそうな魔法使い流の料理術だ。大体のシチューは、長い時間を低い温度で煮込まないとお肉が柔らかくならないし、おいしさも半減な感じがする。ただ、エルに言わせれば『魔法使いが自分で調理をしない故に、料理人が苦労するのだ』ってことらしくて、自分で料理する魔法使いのエルは色々と魔法ズルっこの方法を知っている。
(シチューのコツは、お肉に長い時間煮込まれたと『カン違い』させること!)
正直に言えばこの魔法がどういう原理で成り立っているのかは、まだ理解出来ていないけど……美味しくできるなら問題ない、はずだ。フィニアス師には『理解していない魔法を使うなど言語道断』って口酸っぱく言われているけど、そんな彼は私が連日作っているシチューが、そんな魔法で作られていることを知らない。
そもそも私もエルも、魔力を流し込んで料理の材料を加熱している。それなら、その魔力を流している時の波長を覚えさせて、それを時間単位で区切って重ねがけする事で、長時間加熱しているかのように錯覚させる……らしいけど、もう良く分からないから考えるのは後回しだ。
《チェルテ・オーディア……セクト・イゾラ・テンス……エンプリフィオ・リベル!》
この数年間で、すっかり見慣れた魔法陣を呼び起こしながら最後の術句を紡ぐと、みるみるうちに鍋の中のお肉達から出汁が染み出して、今にもホロリと崩れそうな柔らかさでツヤツヤときらめく。完成だ。
「マスター、ご飯ですよ」
ニコニコと振り返れば、フィニアス師はどこから出していたのか、読みかけの分厚い本をパタリと閉じた。そんなに荷物があるようには見えない、って言うか手ぶらに見えるのに。私が盛り付けたお椀の中を見て、どうしてか立ち尽くしたフィニアス師に首をかしげる。
「どうかしましたか、マスター。お腹、空いてないです?」
「ああ、いえ……問題なく頂けますよ。道中で連日このようなご馳走にありつける事など、これまでであれば考えられませんので。君の手並みには、毎度驚かされると申しますか」
「ごちそう、ですか?確かに、冬にしては運良くいいお肉が手に入ってますけど、レシピはかなり……その、手抜きなものをお出ししちゃってるんですけれども」
オロオロとしながら私が呟くと、フィニアス師はちょっとだけ笑って私に座るよう促した。
「君はあの凝り性の……ナサニエルの元で育っておりますからね。何を作ったとしても、彼の料理に比べれば見劣りがしてしまうのは当然の事でしょう。一般的な平民の食事内容をご存知ですか?」
「えっと……いえ、知らないです」
私が知っている家族以外の人なんてユーリとエマおばさんくらいで、ユーリのお家に行った事はあっても、ご飯を食べるどころか長居もした事はなかった。
「切る、焼く、煮るが全ての、未だに原始的な料理が基本ですよ。シチューを作るにせよ、ましてや屋外で提供するものに、ここまで香辛料や食材にこだわる事など有り得ません。この時期であれば、庶民が新鮮な肉類にありつける事はありませんし、貴族の食卓にのぼるものでさえ保存食である塩漬け肉が基本ですから」
「えっと……つまり私は、今まで貴族様よりも立派な食事をとって生きてきた、ってことですか?」




