06 優しい魔法の使い方 ③
その約束について、エルの視線の向こう側にいる人について、聞き出そうと思ったことはない。ただ、知ることだけが全てじゃないと思っていても、不安にならないと言えば嘘になる。ある日突然、大切なものがどこかへ消えてしまうんじゃないか、なんて。そういう時、ただ黙って寄り添うことはとても難しい……少なくとも、私にとっては。
(でも、私にとっての『家族』は、そういうものだから)
何があっても、どんな時でも、無条件に待ち続けること。その人の、帰り着く場所であり続けること。そうでありたいと思うなら、血の繋がりなんてなくても、隣で過ごした時間が短くても、例え種族が違ったとしても。
「フィニアス師の事は、とっくに家族だと思ってたんですけど」
「私が、ですか」
意外そうに目を瞬かせるフィニアス師に、私はコクコクと頷いた。
「たまに来て、息子には口やかましくお説教してくけど、孫にはどう接していいか分からなくて、いつも無口なちょっと怖いおじいちゃんみたいな」
「……君が私に抱いている印象について、我々は一度話し合う必要があるようですね?」
ニッコリと微笑むフィニアス師に対して、私は特に話し合う必要を感じなかったので、そのまま言葉を続けた。
「でも私は、そんなおじいちゃんが結構好きなんです。エルも口にしないだけで、きっとそうだと思います……だから、いつでも帰って来てくださいね。いつまでも、待ってますから」
「っ……」
息を飲む、音が聞こえた。多分そこには、これまでになく真実に近いフィニアス師の心があったはずで……だからこそ、その表情を見るのは礼儀に反するような気がして、そっと目をそらした。
しばらくの間、沈黙だけが満ちていた。それは少しだけ居心地の悪い空間だったけれど、私達の間には絶対に必要な時間だった。やがて、感情ごと吐き出したような、深々とした溜め息が響いた。
「……全く、君には敵いませんね」
思っていたよりもずっと柔らかな声に、目を見開く。それなのに、顔をあげた時にはいつもの淡々とした表情が待っていて、思わず笑ってしまった。
「なんです」
「ふふっ、なんでもありませんよ、マスター」
クスクスと笑う私に、フィニアス師も珍しく優しい顔をしたかと思えば、私の手元に視線を落とすと複雑そうな表情を浮かべた。
「君と言う人は……こんな話をしている時でも、解体の手を止めなかったのですね」
もはや見慣れた呆れ顔の先には、キレイに捌き終わったハクビシン……だったお肉の姿があった。確かにこれは、話の内容にはふさわしくない格好だったかもしれない、と後悔しても時既に遅く。
「えっと、もう身体に染み付いちゃってて……ほら、やっぱりお肉は新鮮さが大事ですし。熟成した方が美味しい時もありますけど、とにかく!そんなにお待たせしないで食事が出来ますよ!」
フィニアス師は、慌てる私を見て楽しそうにクツクツと笑うと、手近な倒木に腰掛けてゆったりと脚を組んだ。
「はいはい、慌てずとも気長にお待ちしておりますよ」
「そうしてください」
とは言え、あまり師を待たせておくわけにもいかないと、張り切って準備に取り掛かる。荷物の中で間違いなく一番重い、小さな鉄の塊を出して手の平に置いた。
《リベル・オーディア・フェリエ……アレステ・ラ・アエルテ……トランスミニアド》
鉄よ、その本質を解き放ち、我が意思に応えよ……変成。
思い描くのは、家にある鍋の形。その形をなぞるように、手の上の鉄塊が形を変える。
《イペンドレ》
エルから教わった、旅先でもかさばらずに調理道具を持ち運べる便利な技。ちょっと家のより薄いけど、出来上がった立派な鍋に満足して、残った材料の処理に取り掛かる。
《ユリート・イドラ》
鍋の中に水を呼び起こして、薄皮をむいたコハルユリの球根をひょいひょいと投げ入れていく。魔力を流し込んで水を加熱すると、種がはじけるかのようにポンポンと球根の頭が割れて、程よくいくつかの欠片になる。アク抜きはこれだけで十分、って合図だ。
アクの抜けたコハルユリをお湯からあげて、お湯を捨てた後の鍋に狩りたてホヤホヤなハクビシンとオルセアの種を入れて炒め始める。オルセアは菜の花に似た黄色くて小さい花を沢山つける植物で、花が枯れた後に出来る種の中には油を蓄える。貴族でもないと手の届かないオリーブ油とは違って、畑の隅っこで誰でも育てられるからお料理に欠かせない。
パチパチとはじけるオルセアに、ハクビシンがじゅうじゅうと音を立てながら、野性味のあふれる匂いを漂わせ始める。




