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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
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03 病める時も健やかなる時も ②

 食に執着は無い、などとのたまいながらも、生まれてこの方その日の食事に苦労したことなど数えるくらいにしかない。肉など一年のうちに数えられるくらいにしか食せない者がほとんどである中で、量は少なくとも質の高いものばかり口にして来た私は、十二分に贅沢者だと言えるのだろう。だからだろうか、飽食こそ罪とは思いながらも、リアには出来る限り美味なものを口にして欲しいと思ってしまう。


 そんな事をつらつらと考えていると、チーズの焼ける少し焦げたような苦く甘い香りが鼻腔を突き、ふと我に帰る。鉄板の上では軽くジュウジュウと空腹を刺激するような音を立てながら、カブとチーズにこんがりと焼き色が付き始めていた。


 そろそろかと横目に見ながら、煮物の鍋を覗き込む。どこかとろけたミルクのような色をしているカブは、フォークの先で突くとホロリと崩れ、欠片を(すく)って舌先に載せてみる。途端に広がる程良い甘みが、錬金術の実験に集中して疲れた脳に、染み込むように刺激する。砂糖を足すべきかどうか考えるも、彼女にはこれくらいの甘さが良いだろうと頷く。


 スープの方は先程から既にフェンネルの甘い香りを撒き散らしており、いつもならば得意ではない匂いではあるものの、カブとは異なる薬草の甘みである故にそれほど気にはならない。匙で一口掬えば、フェンネルの茎からしっかりと出汁がとれており、じわりとした熱が腹の底に広がると共に、薬草独特の滋味が舌の上でまろやかに溶けていく。レンズ豆を口に含めば、ホクホクとした食感の隙間からジワリと溢れ出すスープがより美味に感じる。


 上手い具合に焼き上がったカブとチーズの焼き物は、昨晩の残りで硬くなっていた黒パンがサクサクとした食感を取り戻し、カブの自然な甘みとチーズの旨味が絶妙に混じり合っていた。


「悪くない」


 丁度、砂時計の砂も落ちきり鉄の箱の封を解けば、真白い湯気が立ち昇ると共に焼けたパンの香ばしい匂いが部屋中に広がった。いつものように焼き上がっていることを確認して頷くと、リアとラスを呼ぶべく声を挙げる。


「ラス」


 常ならば耳の良いラスは、私の声にすぐさま気付いてリアを連れてくるのだが、今日はどうしてか反応がない。何かあれば呼ぶようにとは伝えてあるが、よもや家の中で私に危機を知らせられないような不測の事態が起きたのではあるまいなと、不安を抱きながら階下へと駆け下りる。



「リアっ」

「あぅ?」



 首を傾げて振り返るリアの手には、私がこの部屋を出ていった時と変わらず、光の詰められたキューブが握られている。まだ飽きずに遊んでいたかと言う思いと共に、一先(ひとま)ずは何事も無さそうであるということへの安堵に息を吐き出す。陽が沈みかけているからか、部屋の中は薄暗く少しばかり冷え込み始めていた。


「おいで」


 片膝をついて手を広げると、リアが条件反射のように私に駆け寄って来て、腕の中に飛び込んだ。軽く感じた衝撃と共に、いつもはジワリと熱いくらいに感じるはずの温もりが、今はやはり少し冷えているらしい。


 私のさして強くもない熱を伝えようと、全身を包み込むように抱き締めて、ようやく部屋の『惨状』が目に入る。否、さして散らかされている訳でもない……ただ、部屋の中央に建てられた荘厳な建物は、むしろ何故入ってきた瞬間に気付かなかったのかと不思議に思う程度には巨大すぎる積み木であった。



 薄暗い部屋の中で、チラチラと埋み火のような光を閉じ込めたガラスの箱が、無数に折り重なり積み上げられて、幻想的な光のアーチを形作っている。そんな芸術的すぎる『犬小屋』もといウサギ小屋の中に、ラスは居た。身の置き所がない、とでも言わんばかりに耳を伏せて身体を縮こまらせるという、哀れを誘う姿で。


 これは確かに、私へ伝令を飛ばす事態でもないのだろうが、これで中身がヘルハウンドだとは全く信じ難い。


「……はしゃぎ過ぎだ、リア」


 ポンポンと頭を撫でながら呟くと、リアは良く分からないような表情で首を傾げた。随分と遊ばれたものだな、と思いつつ慎重にラスを光の宮殿から引きずり出す。スンスン、と泣きそうな情けない音で鼻を鳴らして顔をすり寄せてくるラスを、良く頑張ったと撫でくりまわしてやりながら、この壮大な『積み木』をどうしたものかと苦笑する。




「一先ず、食事だ」




「「くしゅん」」




 仲良くくしゃみで返事を返して来た一人と一匹に、私は今度こそ笑ってしまいながら温かな食卓へと向かった。





 その夜、リアが倒れた。





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